第26話 どこの馬の骨
13歳になり、鶴ならぬ父の一声で、神域の西宮から、女山にある生家、東家の宮へ帰ってきたというのに、滞在期間はものの2年となった。
15歳で結婚。
その直後、夫となった叔父と、西宮にまさかのとんぼ返り。
和穂が沙羅とおもわれる女性と、神楽殿ちかくの廊下で鉢合わせしたのは、15歳の時――初夜の前だとすると、結婚の直前で、めずらしく神域の神殿ちかくの鳩宮に出向いていた時ということになる。
――これも運命か。
ふたりの鉢合わせは、ある意味、奇跡的なタイミングだったことになる。
* * *
そのころの萬鳩の世界といえば、
なかには当主への
祖父が生きていたころの穏やかさは消え、金鳩の顔にも険しさを帯びるようになっていた。
こんな動乱期に女山にいないほうがいいと、父の親心で西宮に返したか?
――いや、策略であろう。
「策略? でもその年、あなたの父は、斑鳩宮で死んだのでしょう?」
……まさかのタイミングで、思いもよらぬ和穂からの一手。
将棋なら【飛車】か……こっちが飛び上がりそうである。
* * *
『
* * *
なんでもサラの父は、『鏡』に触れたという。
神器の鏡――触れることを許されるのは歴代、金鳩だけであった。
普通ならとんでもない大失態である。
ところが……東家末代までの汚点になるどころか、かん
そう――、
それができるのは、金鳩だけだ。
動乱で戦々恐々としていた金鳩は、
「だれかが神器を盗むか何かしようとしたのを、身を挺して守ろうとしたのではないか。どこかへ隠そうとしたのではないか」
……と、死んだ男をかばうように、都合よく解釈したというのだ。
それほどまでに、金鳩は男を信頼していた。
心酔させるのが上手いのだ。
男にカリスマ性があったのは事実だ。
人心掌握術とでもいうべきか――こう言えば相手はこう出ると熟知していた。
そして、時折みせる赤子のような笑顔――その目をみると呪術にかかるかのように相手の態度を軟化させた。
男衆はその手腕に羨望を抱き、心酔し、信者のように魂を捧げる者も多かった。
女衆はその美貌と人望に湧き、心酔し、
極悪非道の悪党がまとった着ぐるみは、まさかの愛されキャラ。
一枚や二枚、そのマスクを剥がしたところで、深層部に到達できない。
彼の本性を身内が暴露したところで、暴露したほうが悪者になるように仕組まれた、妖術師のマスクだ。
そんな父の死は、
あっけないものだった――。
* * *
【斑鳩宮事件】
金鳩の座で起きた事件。
サラの母を…つまり男とっては妻を…自死に追い詰めた場所。
祖父の分もあわせて、天罰か――…
「天罰がくだったのは、神器の鏡に触れた者に、だ」
(……へ?)
「用意周到な男が、そんなヘマすると思うか」
「金鳩でない自分が触ったらどうなるか、あの男が考えもしてなかったとでも?」
(……たしかに)
すごろくなら「10もどる」の気分。
「影武者だ」
(……あぁ~……なるほど)
分かったら分かったで、用意周到さに身震いがする。
あえて触らせたってことですよね、影武者に――…
「本当に触れられないものか、確かめるためだけにな」
「そのためなら影武者の命がどうなろうと構わない。知りたいのは、神器に触れるとどうなるか、だけだろうからな」
(ぃぃいやあぁぁ……ゔぅぅぁ、なんて重いんだろう)
実の父親の死をもってしても、そこまで疑わなきゃいけないのか――
「あなたの夫は……なんて?」
和穂が問う。
「何も知らぬ――夫のそれも、どこまでが本当か分からんが、あの男のことだ。着ぐるみを脱いで、名前も容姿も……別人として生きているかもしれぬ。なんなら髪の色も変えてな。出自が分からぬゆえ、萬鳩かどうかさえ――」
(…………!?)
さいごの一文が理解できない。
「何も知らぬと聞いたあと、実はあれは弟ではないと聞かされた」
やめてくれ……もう止めてくれ
頭がウニ 心はヤミ
心身ともに痛風になりそう
それでも話は容赦なくつづく。
今度は、夫からの打ち明け話だという。
一回、休憩をはさみませんか――…
* * *
自分たちは、寄合で知り合った身。
声をかけてきたのは、あの男だった。
風貌が自分と似ていて、実直だが野心もある「
どこの馬の骨とも分からぬ野郎が
馬飼を探しているという
笑い飛ばしてやろうと思ったが、その見目うるわしい風貌に似てると、遠まわしに言われて悪い気はしなかった。
自分は馬飼だと言うと、歳をきかれ、とっさに「十八」と答えた。
本当は十六だったが、自分を見定めに入ってきたと思うと、ナメられないようにと、ついサバを読んだ。
すると今度は、こちらの心の内を見透かしたように「じゃ、オレは十七で。オレが歳下だ」――にっこり笑みを浮かべて言ってきた。
「よし、今日からお前さんは、オレの兄さんだ。いい稼ぎになるとは思うが、人手が欲しくてね。点々とはするが、協力する気があれば礼は弾むが…どうだろうか」
その物言いといい、妙な落ち着きっぷりといい、本当の年齢はもっと上なんじゃないかと思った。自分がサバを読んだ十八よりも上……それも十分あり得た。
しかし仕事内容と金額をきけば、定住もせず稼ぎをもとめて移動していた身には、願ったり叶ったりのオイシイ話だった――というのだ。
(もしや……)
「ふん、少しは頭が働くようになったようだな。そうだろうな、夫も最初から、あの男に狙われていた――そう見立てるほうが自然だ」
父の兄、つまり叔父を演じ続けた夫もまた、つねに身の危険は少なからずあって、彼が死んで安心したかというと、そうではない。
男の素性をよく知るがゆえ、死んだとされても、より慎重になることはあっても、気楽になることはなかったであろう。
* * *
15歳の時、神域の西宮に戻ってから妊娠しているのが分かった。
初夜の時にできた子だ。
夫はというと、西宮に戻ってすぐに亡くなった父に代わり、東家当主となった。
西宮から東家に戻された結婚前の2年間と、結婚後のこのトントン拍子っぷり――思うところがないわけではないが、公務のため、夫は東家のある女山で過ごすことがほとんどとなった。
西宮で夫が不在の中、ひとり出産。
生まれたのは男鳩だった。
当主になったばかりで多忙きわめる夫――
父の顔をろくに見ることのない子ども――
どこまでもアノ男の残像がまとわりつく。
それでも生まれたのは女鳩でなくて良かったと思った。
『女は利用される』
母……、そして自分のようにはならずに済む、ぼんやりそう思った。
17歳の時、いよいよ生家、東家の宮にわが子とともに戻ることになった。
斑鳩宮事件のことがぶり返されることもなく、死んだはずの父が現れるなどということもなかった。
やっと……
今度こそはと、自分たちのこれからを立て直そうと思った。
そして事態は、棚ぼた的に好転する。
翌年の18歳の時――
金鳩の命により、「次期金鳩」だった夫は、正真正銘「金鳩」となった。
運命は味方してくれた。
そう思った。
神域でのあの一件までは――
「山神がわれらに仕向けた、あの屈辱的な一件があるまではな」
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