第25話 いわくつき物件『ナライ』

 サラは母の死後、6歳~13歳までの間、東家の生家を離れて暮らした。


 母を亡くし、心の傷が癒えぬまま、連れてこられたのは西宮にしみや

 そして、これが――、

 父親代わりの養育係、叔父(=父の異母兄)との同居生活の始まりでもあった。



 *   *   *


【西宮】とは――


 萬鳩の住まう女山ではなく、山神の住む神域にそれはあった。

 つまりサラは、女山にある屋敷ではなく、神域の西宮に出されたことになる。


 山神の身の回りの世話役だった萬鳩は、神域で寝泊まりすることを許されていた。

 金鳩やごく近しい直属部下の鳩卿くぎょうをのぞけば、普段、神域にいるのは、住み込みではたらく下級貴族の侍女がほとんどだった。


 御神饌ごしんせんを調理する竈殿へついどのや、御神酒おみきをつくる酒殿さかどのがあり、庭や池もあった。渡殿わたどのとよばれる部屋と部屋をつなぐ廊下もあり、立派な調度品もそろえられていた。


 神事のたびに幼き和穂がこっそり顔を出していたのは、ここ鳩宮はとみやの厨房である。


 ところが西宮は、その鳩宮からも死角になるような目立たぬ場所にあった。

 本来の用途は、次期神馬じんばを養育するための厩舎きゅうしゃだが、萬鳩が使役のために使う馬も飼っていた。

 

 馬の世話役の住居でもある西宮は、それゆえ離れにあった。


 ここで馬を飼っていたのが――サラの父の兄。つまり叔父である。

 

 6歳からの養父であり、

 のちに夫となる男。

 

 彼は医師といっても、馬を診るのが専門で、いわば「獣医」だった。聞けば、獣医として馬を安楽死させることもあったという。


 あの日――、

 

 吊るし縄を仕掛けたのは、母を安楽死させるためだっただろうか。

 その母を病死として処理したのは、彼が「獣の医師」だったからだろうか。


 馬と獣で、【ケモノ】……

 いや、馬に失礼だ。

 馬に謝ろう。


 *   *   *


 サラの父は、娘の養育場所として西宮を指定した。


 西宮にある萬鳩用の馬――すべて「馬主ばぬし」は父、「馬飼うまかい」は叔父


 (……なんか…ゾゾゾ)

 

 ゾゾゾは続くよ、どこまでも。

 まさかわが子を「馬」と同じように思っていたとは思いたくない。


 自分の留守が多いから、安全な場所で、信頼できる身内のもとで、わが子をのびのびと成長させたい……将来、金鳩の后になれば足しげく通うであろう神域で――


 そう思いたい……。娘を想う父の、親心だと――。


 次期金鳩、銀鳩の座をねらう政変が、水面下で忍び寄っていたなら、たしかに神域の、しかも離れで、馬飼の兄がいる西宮のほうが、安全だったのかもしれない。

 

 ただひとつ

 幼子サラの気もちを

 棚の上に置いてしまえば



 *   *   *


 いわく――

 「西宮に近寄ると風がふく」

 「山神の怒りにふれてはならぬ」

 と畏れられていたという。


 近づけばガタガタと壁をゆらす、おどろおどろしい風が吹くのだと――。それでも近づくと神隠しにあい、行方知れずとなる者もいたとか、いないとか。


 肝試しのように面白がって近づく者もいたが、二人、三人と戻らぬ異様な事態に、しだいに「西宮」の名を口にするのも畏れられるようになった。

 

 人々は、「西風ならいの間」とその名をにごし、不用意に近寄らないよう言いつけた。


 それがいつしか、


西風ならい吹けば 奈落の底」


 ……と尾ヒレまでついて、いよいよ誰も寄りつかぬようになった。


 以外は――



 *   *   *


 【関係者】とは――


 すなわち、西宮の住人である。


 西宮に常駐する侍女らは、いわば、買収された下級鳩だった。


 彼女らは、金を工面するため、または、ただ金欲しさに家の者に売られた身。

 つまりは事実上、身寄りがない。

 

 「脱走してもムダ……」

 

 その『絶望』は、彼女たちの心に、傷となって刻印されている。


 そんな彼女らの「オーナー」も父であり、「トレーナー」は叔父であった。



 (……ゾゾゾゾゾ)


  いよいよ、ゾの数も増える。



 はたから見れば親子にしか見えぬ叔父とサラだが、「ふたりが将来、金鳩と銀鳩になれば”御付きの侍女”になれる」とエサをまかれ、彼女らは言えばなんでも言う通りにした。


 こうして従順に飼いならされた。


 そりゃそうだ、それが彼女らにとって『希望』になったのだから。


 侍女として昇進・昇格し、その先に貴族の男衆とつがいになるチャンスが巡ってくれば、生家より裕福になれる。自分を売った家族を、見返すことができる。


 それが『希望』という仮面をかぶった【復讐心】であったとしても、生きがいを見つけた気がした。


 生家でひどい仕打ちを受けていたがゆえ、自分を買ってもらえたこと、飼ってもらえることに恩義を感じ、オーナー・トレーナーである父・叔父を、まるで神のように崇拝し、献身的に奉仕する者も少なくなかった。


 それが『希望』という仮面をかぶった【依存心】であったとしても、生きがいを見つけたのだ。


 やがて――、

 幼き「従順なしもべ」は、「巧妙な工作員」へと成長していった。


 ・鳩身の買取費用

 ・衣食住の無償提供

 ・無料の特殊技能トレーニング 

 


「きっちり回収させてもらいまっせ」



ハトワ金融道の鳩原はとばらはんが出てきそうだ……。


          

 *   *   *


 【ナライ】


 西風と書いてナライと読む。

 その西風は、どこ吹く風――?


 答えは、知る人ぞ知るだ。


 四六時中、外の監視をするために、厩舎きゅうしゃ屋敷のそこらじゅうに、侍女――関係者以外が近づくとガタガタ音をならし壁をゆらす役――が交代制で配置された。


 それでも近づこうとした者はお隠れに……。どのように施したかはどこ吹く風。

 

 神隠しの真相は

 人をあやめて罪隠し

 ――とな。


 願わくば、おのれの罪けがれをはらたまえ清め給えと、神殿のほうを向いて、乞い願う祝詞のりとをあげたという。



 *   *   *


 【西風ならいの間】


 ――と畏れられた、いわくつき物件『西宮』


 サラは母の死後、6歳~13歳までの間、東家の生家を離れて暮らした。


 母を亡くし、心の傷が癒えぬまま連れてこられたのは西宮にしみや

 そこがどんなところか…【知らぬが仏】とは…このことかもしれない。




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