第24話 裏の裏はゾゾゾタウン

「この真相……誰が教えてくれたと思う?」



 えげつない裏話を消化しきれず、まだ胸やけ中だというのに、メインディッシュはこれからだと言わんばかりの問い。


 (もうデザートにいかせてくれ……)


 だけど……確かにそうだ。

 こんな具体的で、臨場感ありまくりの真相を、どうやって仕入れたというのだ。


 すると鳩女……わたしの心もちゃんと聴いていたようだ。



「臨場感……ふん、そりゃそうだ。その場にいたからな」



 は?

 という間も与えない。



「いつもその場にいたのだとさ」


 くっくっくと思い出し笑いするその声は、乾いた自嘲にしか思えない。



(なに、いつもって……)



「いつも」と言ったら「いつも」だ。


 母を誘拐した時も

 祖父を軟禁した時も

 殺した時も

 殺した後も――いつもだ――


 ・吊るし縄を仕掛けた男

 ・母を病死扱いで処理した医師

 ・母亡き後、ずっと父親代わりに面倒を見てくれた叔父

 

 「いつもいた男」――それは、父の腹違いの兄――つまりは、わが夫だ。


 のちに武智たけち金皇きんこうと呼ばれた金鳩。



(…………ゾゾゾ)


ここでゾゾゾと言わずして、いつ言うのだ。



 サラの母が13歳の時、行方不明

→じつは、誘拐。


 捜索に向かった祖父も、行方不明

→じつは、軟禁(というか恐喝……)


 母が妊娠中、祖父が谷合で転落死

→じつは、殺人。


 そして、最後、サラの母の病死

→じつは、自死(という名の殺人……)


 すべての黒幕は

 母と祖父を救った命の恩人

 ……を装った「サラの父」


 ――と思ったら


 黒幕2号「サラの夫」が登場……。



(どういうこと!?)

 わたしが口を出したくなる。



 最初から狙っていたのは

 「金鳩の座」


 出自からして無理……ならば婚姻関係を結び、成り上がればいい。誘拐、救出、支援、結婚、養育すべてが演技だった。


 その名演技っぷりと、じっくり時間をかけた演出っぷりは、まるで大物俳優が監督を兼任した映画のようだ。


 父と夫、二人三脚でロングランヒットを狙った「超大作」だったに違いない。



「あ、あなた……いつそれを聞いたの」


 和穂は聞かずにはいられなかった。


「もしお前と会ったのが神域の神楽殿付近だとすれば……それより後だろうな」


 けだるそうではあるが、脳みそは記憶している。


 ホッとしても仕方ないのに、自分が会った時より後だと聞いてホッとしてしまう。


 『せめて自分の知る内のサラは傷ついてほしくない』――自分でも浅はかな感情だと思う。


 それでもそう思ったのは、この後もっと心えぐられる話になることを予感していたからかもしれない。



 案の定、それはやってきた――



「さっきのを聞かされたのは初夜……事が済んだ後だ」


「……っ、あなた、どうしてそんな男のっ」


「そんな男?」


 静かにすごむ声が、感情の高ぶった和穂の問いかけを中断させる。


 そして意外な言葉が返ってきた。


「そうだな……お前にとってはそうであろうな」


 (あなたにとっては違うのか……)


「あの男は母の死後、6歳になる実の娘を西宮にしみやに隠した。そして13歳になるまで、父親代わりに叔父を置いた――。分かるか、幼子にとって頼れる大人がそれしかない。そばにいる男を父と思うのが自然であろう。」


 もともと父は、それまでも自分の世話は母にまかせっきりだった。


 それに比べ、この男はずっと自分のそばにいた。

 

 病気になれば手厚く看病してくれる。

 欲しいものがあれば何でも買ってきてくれる。


 そしてこの髪も――


「山神様のところへやってくる玉依姫はみな、黒髪だと聞く。きっと黒髪がお好きなのであろう。おじいさまやお母上様、そしてサラ殿の髪の毛は、亜麻色をしている。おじいさまとお母上様のように、悲しい死がサラ殿に起きぬよう、山神様のご加護を受けられるよう、黒髪にしてしんぜよう」


 縁起担ぎ、まじない、祈祷、何でもしてみせた。そう大人に言われて、どう幼子が疑うだろうか。


 黒髪にするのは「いいことをしている」……そう思ったさ。縁起ではなく、演技だとは知らずにな。


 それに――、

 夫に入内する頃の萬鳩といえば、四家の中で政治争いが頻発していて、政局が荒れていた。


「今思えば、それもあの男の仕掛けたことかもしれんがな」


 火のない所に煙を立たせるのが上手い男だ。やつが焚き付けた茶番劇というほうが理解できるほど、不自然に勃発する動乱だった――


 そう前置きした後、話は続いた。


 次期金鳩と目されていた夫さえ、その座はいつ覆されてもおかしくない戦々恐々とした状況下、われわれは結婚し、初夜を迎えた。


 営みを終え、東家当主の娘としての任、ひとりの女としての幸をかみしめた。


 その後まさか白目でもむきそうな自白を、夫から浴びせられようとは、夢にも思うまい。


 黒目で相手をにらむ間もなく、情状酌量を求める意見陳述まで始まった――



「わたしは弟に従っただけだ。従わなければわたしの命もなかった。すまない。だがこれまでの8年の月日――そなたをわが子のように慈しみ、今は妻として、愛しく思っている。それはまぎれもない事実だ。信じてほしい」



 そう言われて、確かにあの男なら、命を脅して人を服従させるのだろうと思った。


 それに、この男が6歳からずっとそばにいてくれたのは事実だ。名ばかりの父よりずっと信頼できたし、周りで頼れる男といえば彼だけだった。


 で、なんでさっき、お前と会ったのが神域の神楽殿ならその後だと分かるかというと、初夜の後、そこに行くことはなかったからだ。



「実は……弟から、婚姻の儀が済んだら、政局が安定するまで、西宮に隠れるようにと言われている。次期金鳩になれば、そなたは銀鳩になる。そうすれば、わが子孫は代々……、これこそ東家・東領の安泰。いや、われらであれば、萬鳩豊楽ばんきゅうほうらくの安寧の世をつくれると思わないか。それがおじいさまとお母上様の願いで、叶えば供養になると思わないか――」



 神域にある西宮という屋敷

 烏の和穂はその存在を知らない――

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