第23話 裏向きのウラ話
話の方向は「裏向き」に舵を切った。
裏話とは……
真実を指すのだろうか。
* * *
『一連の真相――…』
男はまず、交渉の材料にと、母を誘拐した。
↓
捜索する祖父をとらえて、脅す。
「東家に自分を住まわせ、娘と結婚させろ。さもなくば娘の命はない」と。
↓
祖父の承諾をえた男は、「命の恩人」の仮面をかぶって東家に潜入する。
東領ではなく東家で働くというのだ、東家当主である祖父の口利きがあったことは容易に想像できる。
↓
娘と結婚、そして妊娠したのを機に、口封じに邪魔者を消していく。
まずは、祖父を事故にみせかけ殺す。
つぎは、母を病死にみせかけ殺す。
男はもともと
東家当主、いや…
金鳩の座を狙っていたのだから
* * *
「そうではございませんの?」
そうなんでしょう?と言いたげな口調は、「サラ」に歩み寄ろうとする「カズホ」の想いに他ならなかった。探偵事務所ばりに調べ上げたのは、それだけサラを大事に想っていたからだろう。
話している和穂から伝わってくるのは「想い」だ。
しかし、目の前にいる「存在」からは、一層冷血な口調が返ってくる。
「そうではない」
その意味が分からないでいると、ふんっと呆れたように吐き出す。
「発狂して自死だ」
「…………え?」
「手ぬるいな」
その物言いは「サラ」にはほど遠い。
金鳩の妻となり、
* * *
母は、祖父とちがい、家にこもることが多かった。
そばには必ず侍女がいる。
祖父を亡くしてからは一層手厚く世話役がつき、隙がない。
昼夜をとわず金鳩と仕事をしながら、母のところへ通って病死にみせかけ殺す――さすがにそれは、あの男にも難儀だったのであろう。
そこで――、
金鳩の留守中に、金鳩の屋敷、
こともあろうに、だが、
大胆不敵とは、金鳩が不在の時に、という意味だったかもしれぬな。
* * *
「どうだ、ここが金鳩の座だ。娘を金鳩の后にしたくはないか」
「まぁ、まだ早いこと。それに、金鳩の后にならずとも幸せであればよいと……」
「……父上様と同じことを言うのだな、さすが直系の血筋だなぁ」
「え? 父上様?」
「やはり今でも父上様に会いたいか?」
「それはもう。きっと天国で母上様と仲よう暮らしていると願っております」
「どいつもこいつも、手ぬるいな」
「……どう…なされたの……ですか」
夫でありながら、初めて聞く口調と、人が変わったような顔つきに、動揺する妻。
それに対し、本番はこれからと言わんばかりに、大きな
床下から木箱を取り出す。
木箱の中には、高さ30㎝はあろう漬物用の壺が一つ。
壺のふたを開けながら「会わせてやろう」と夫。
なんのことか分からず、夫の手元をみる妻。
(父が何か遺してくれていたのかしら?)と期待したい娘の純心は、このあとの夫の言動で、じりじりと鈍く、そして確実に打ち破かれることになる。
男は敷きつめられた塩を、木箱のふたへ、こぼさぬように丁寧に放りやる。
間もなくすると、絹糸が見えた。塩と同化するような亜麻色の糸。
さらに奥には、白絹がたゆんだような布皮?
「あ……っ」
塩をどかす勢いで
顔を出したのは
細長い布――
彼女にはそれが何か分かった。
裁縫が得意だった彼女が
歌人であった父に贈った
「筆入れ」――
西家で糸を買ってくれたお礼に、とプレゼントしたものでもあった。
ふたの部分にあしらった
「大事そうに持ってたからなぁ、これくらいは冥途の土産にしてやらないとなぁ?」
夫の言葉を理解できないまま、身体のほうが先にガタガタと震え出した。
亜麻色の糸を、ガッとかき集めるように掴むと、ひねり上げるように持ち上げた。
「……ひっ」
「やっと理解したか、鈍いお人だ」
「い、ぃやぁぁぁあああっつ……!!!!」
むせ返り、今にも過呼吸になりそうな妻を前にしても、男に動揺はない。
「金鳩と仲良しといえば、東家のこいつが一番目立ってたからなぁ」
「……ぅぅぅぅう……」
「父を……ころ……おま……」
あまりの恐怖と、追いつけないでいる怒りの感情。
口がぶるぶる震えて言えなくなる。
「すべてあなた様のおかげで、と言ったのはお前さんだろうに」
くっくっくと化けの皮を自らはぎ取った男は、極悪非道の悪党の顔になっていた。
これは本当にさっきまで「夫」だった男だろうか?
しかし、夫に化けていた「鬼畜」はさら追いうちをかける。
「サラを殺すか、お前が死ぬか、ここで選べ」
何でもない選択肢かのように男はサラリと述べた。
「サラは……あなたの……子ども……ではないか……うっ」
わたしの夫であることは偽装であっても、サラの父であることは事実ではないか――そう絞り出す彼女を、腹から蹴とばすように言い放った。
「はははははは、あなたの子どもか、そりゃいい、そりゃそうだ」
そう言うと、男は【事実と真実の違い】とでも言いたげに解いてみせる。
「オレは金鳩にはなれないであろう。だが、サラが金鳩の后ってなら勝算がある」
「最初から……それが狙いで……」
「安心しろ、オレにも情はある。半分自分の血の入ったサラにはな」
「…………うぅぅっ……」
「この話、どこかにぶちまけるか? そんなことすりゃ、東家は終わりだ。お父上様もさぞ悲しかろうぞ、お前の代でお家つぶしとはなぁ。せっかくお父上様が、東家でもなんでもないオレ様を遠い親戚筋だって、金鳩に嘘ついてまで信頼を勝ち取ったのになぁ。東家、東領のみなが地に落ち、地を這って生きることになる。はて、東家の鳩は絶滅危惧種かのぅ?」
「…………うぐぅぅ」
憤怒で声にならず、食いしばる歯のきしむ音がする。
しかして、東家当主の直系遺伝子がそうさせたのだろうか――
思いがけず男から東家・東領の存続について切り出されるや、個人の感情より血筋の責務のほうが勝った。
無論、男は最初からそれを、織り込み済みだったかもしれないが……
「サラだけは……サラが后になるなら、命を奪うことはない……というのですね」
女はさっきまでの恐怖とうろたえから離れ、胆の底から低い声を絞り出した。その声は、しんとした斑鳩宮の金鳩の座の前を、じとぅっと這うように響いた。乱れた髪で女の眼球はみえない。
男はそれを気にも目にも留めず、「后になればな」と、高みから一言だけ返した。
しかし彼女はその言葉を聴くと、すぅっと憑き物がとれたかのように……いや、逆だ……なにか憑き物がついたかのように、冷静さを手にしていた。
男のそれと同類か、はたまた、異種の憑き物か――後者であると信じたい。
このあと、あっさりした声で二言
『母の遺言』
「ならばわたしはここで死のう」
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます