第22話 お・も・て・む・き
「あなたのご家族の話、してもよいかしら」
わたくし、どうしても気になって、あの後調べてもらったの。あれは「サラ」ではなかったかと――
もしサラだったらまた会えるって……期待してね。
* * *
あなたのおじいさまは、歌人だったのね。
(あぁ! 萬葉って、万葉集の”まんよう”ってこと?)
和穂の話で気づき、現代人らしく「なるほどね」と感心してしまった。
山神のいる神域での神事――
東家当主で歌人として、歌会で和歌を披露されていた、あなたのおじいさま。
西殿当主で武人として、
あの頃は知らなかったのに、こんなところにも縁を感じずにはいられない。
そう――
あなたのおじいさまの歌を詠む声はとても美しかった。あまりに美しいので、
斑鳩宮といえば、金鳩が住まう屋敷、そして萬鳩にとっての聖域である。東家当主のおじいさまは、金鳩からの信頼も厚く、たいそう可愛がられていたそうね。
彼には見目うるわしい娘がいた。
しかし彼女が13歳の時、こつ然と姿を消した。
彼は金鳩にもお願いして、神域も含めて娘をくまなく探した。
ところが、今度は捜索中の彼が行方不明となった。
しかし数日後、彼らは無事に戻ってきた。
父と娘、そしてもう一人
自分たちを助けてくれたという
【一人の男】を連れて――
命の恩人であるその男は、父のすすめで東家で働くことになった。
その後、娘が15歳の時、父のすすめで男は娘の婿となった。
結婚後、すぐに妊娠――しかし、父が孫の顔を見ることはなかった。
外出中の谷合で足を踏み外して転落死。発見が遅かったため、遺体は欠損が激しく、見れる状態ではないと判断し、娘婿の男がその場で埋葬をしたという。
妊娠中だった娘は、父の不慮の死をひどく悲しんだが、新しい命を宿した身。
「父のためにも」――と東家当主の娘として、あなたの母は気丈にふるまっていた。
甲斐甲斐しく妻を支える夫は、命の恩人であることに加え、卓越した政治手腕が評判となり、東家の信頼を得て、またたく間に東家当主となった。
そして夫は、父と同様、金鳩の厚い信頼をも得たという。
父を亡くしたが、夫という頼もしい後ろ盾を得て、彼女は安心して出産しただろう。
生まれたのは女の子――
それが「沙羅の白妙」
……東鳩姫のサラだ。
* * *
「表向きはな――」
一瞬、幻聴かと思った。
(はぁ~、そうだったのかぁ~)と歴史物語に感嘆する暇すら与えられない。
脳みそしかないから口の動きは確認できないが、突き刺すように冷えた低い声は、目の前にいる鳩女だと分かった。
「やはり……。あなたは……真実を知っていたのね」
(な……どうゆうこと? やはり、真実って…)
今度は和穂がわたしに口をはさむ隙を与えない。
* * *
幸せな毎日――「あの男のおかげで」
それがまさか、白から黒に一気に返される時のオセロのように、すべてが「あの男のせいで」になる日が来るとは、母も思ってもみなかっただろう。
サラが6歳の時、母は病死した。
わたくしたちが会ったのは5歳。
翌年から会えなくなったのは、
そういうことだったのね。
サラの父親は母の死後、それまでに増して金鳩の
15歳のあの日、神楽殿に向かうわたくしとすれ違った時のあなたは、次期金鳩となる男の后として
聞けばその男は、父の腹違いの兄だという。
親子ほど歳の離れた叔父との結婚をすすめたのは、父だ。
一切の世話を侍女に任せておきながら、結婚相手を決めるのは父で、それが政略結婚であろうことは、八咫烏の世界にもあること……そこに不思議はない。
不思議なのは、娘の髪の毛を、黒色に染めさせたことだ。
まるで
いわく――
母を知る者に言わせれば、サラは母親の生き写しだという。
白絹のような肌に、亜麻色の髪。
いわく――
祖父を知る者に言わせれば、特にここが似ているのだという。
柔和な顔だが、時折みせるギロリと鋭い目。
東鳩姫――沙羅の白妙
生き霊でも見るような恐ろしさから、逃れるためだったのだろうか。
見た目だけでも黒髪に、おのれの心の安定でも図っていたのだろうか。
義理の父と、妻の残像は、その目にどのように映っていただろうか。
男が
自分で蒔いた種
だというのに――
* * *
表向きがあれば裏向きがあるのが世の常である。
「表向きはな――」と来れば
「裏向きは――だ」が対のカードだ。
和穂はさらりとカードをめくると、今度は花札のように相手に差し出す。
……あの時の金柑の甘煮にはほど遠い、苦い味のする思い出へ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます