第20話 ご対面の風が吹く

 感情を露わにした彼女は、ようやく萬鳩ニンゲンらしく思えた。


 しかし、人間らしい感情が、耳障りのいいものとは限らない――



「万能の神が情けないな」



 *   *   *


 山神が殺された後、女もあとを追うように死んだと聞く。『夫婦の和合神』だか知らんが、愛だの平和だの、きれいごとにまみれた目障りな存在がいなくなって、

 せいせいしたわ。

 

 神の小間使いはごめんだと思っていたが、人間の小娘より下に扱われるのはもっと御免だった。


 金鳩が神を斬ったら雷鳴と地鳴り、神殿は崩壊寸前。さすがに天罰がくだったかと思ったらこの地だ――。


 最初はトカゲを食っていたが、ここでなら神になれると思った。金鳩が神を殺したからなのか、この地でトカゲを食ったからなのか、わらわには神のような力が備わっていた。


 くっくっく。

 ――思い出し笑いをする鳩女。


 

 われらはトカゲを食っていたが、トカゲが食っていたのは何だと思う。


 人間の悪想念だ。


 生きている人間、死んだ人間には怒り・憎しみ・悲しみ・苦しみ・妬み・嫉み・恨み……それから地位・名声・金欲しさに発動する、残虐性を秘めた強欲がある。


 最たるものが、不老不死への執着だ。


 常軌を逸した欲を生み出し、死んでもしがみつく者がうじゃうじゃおる。



 ――そう言われ、この地にねっとり絡みつく冷気を帯びた湿気の正体は、想念そのものと思い知る。



 冥魔界に来る人間にはな、三種類ある。


 まずは、悪想念にまみれ悪事を犯してきた人間。つぎに、表立って悪事こそ犯してこなかったが悪想念におかされてる人間。どちらもブクブク灰汁あくのように悪想念が湧きでる選ばれし者、わが良き奴隷だ。


 さいごは、誰かさんのように罪を罪と思わず、「何もしていないのになぜ!?」と善人ヅラしてやってくる悲劇王かヒロイン。全体の五%、反吐が出る厄介ものだ。


 上からゼニ、ヅケ、カス

 ▶【高級奴隷】は悪事をいとわない

 支配層に君臨させて金になる、だからゼニ

 ▶【中級奴隷】は依存をいとわない

 潜在的な悪想念を利用し、いいことをしている気分で悪事に協力させる 

 それには洗脳漬けにさせるのが一番、だからヅケ

 ▶【低級奴隷】は何の役にも立たない

 ただのカス、だからカス。クソでもいいがな



 

 ――低級霊とされた前身としては「低級」のことばにビクッと反応したが、内容をきけば、わたし=「低級奴隷」だと言いたいんだろうと理解した。


 ――ついでに、「クソでもいいがな」のことばに、あの時の黒マントにも「クソ」呼ばわりされた記憶が蘇る……。




 悪想念に満ちた人間ならば、われらはその身体を乗っ取ることもできると、のちに分かった。人間界に侵入して、生きている人間を悪想念漬けにすれば、死後、冥魔界行きの人間が増える。


 そうすれば、輪廻転生しても冥魔界と人間界を行き来きするだけで、われらに活力を与える悪想念エネルギーを、永遠に確保できる。



 くっくっく。

 戦争というものは面白いぞ。

 きれいごと言っている人間でもな、いざ命をつきつけられると本性というものがあぶり出される。


 どの世界も同じじゃな。


 あぁ、特攻隊を指揮するやつにもおったぞ。

 

 人には『貴様ーっ、命が惜しいのか! 恥を知れ』と罵倒しながら、自分だけはちゃんと助かるように計らいしておったぞ。


 ま、そのことに気づいておったヤツもおるがのう? 

 お前さんもよく知る――…


 くくく。アハハ!


 男が死んだと聞いて女もあとを追ったと聞くが、まるでどこかのタマヨリ姫だかと同じだな。いや、さすがに失礼か、冥魔界行きになった「ただの低級霊」と一緒にされては……?


 あっはっは――っ…


 ……はて……? 


 お好みに合いそうな男を送り込んだというのに、お気に召さなかったかのぅ?


 

 ――もうそのニタリ顔には我慢できなかった。


 自分のことならまだしも、是清さんや五月、さらには玉依姫の真帆のことまで悪く言われようものなら、自分の奥のほうにあるマグマがグツグツと作動する。


 おそらくそれは、灰汁をも踏み倒していくだろう。

 この感情をなんていうのか、よい表現が浮かばない……


 わたしは走り出していた。


 ひたすら声のする方へ――


 視界に入るや、不気味だった黒マントめがけ、化けの皮を剥ぎにでも行くように手を伸ばした。


 バサッとずり落ちるマント。

 しかし

 ずり落とした方が固まった。


 そこには女の姿も、人間の姿もなかった。トカゲらしさも鳩らしさも何もない。


 がい骨の中に唯一、

 脳みそ だけ。


 脳みそから何本もの配線がぶら下がる様は生々しく、グロテスク極まりない。脳みそはクラゲのように伸縮し、配線はタコやイカの足のように骨にまとわりつく。



「どけっ」



 まるで人工知能を搭載されたロボットのように、脳から信号を受けて動き出す人骨じんこつ模型。それでいてその動きは引くほど滑らかだ。


 巧みに動くその身体は、我に返ったかのように、祝詞を奏上し始めた。わたしのことはカス未満とでも言いたいのか、相手にもされない……。


 響く重低音の祝詞は、おどろおどろしい呪文にしか聞こえない。



「しんのぞうにわたる……」


 唱えながら向かう先に、わたしも目線をやった。


「え…………」


 祭壇のような平たい岩の上に、横たわる人らしき姿。ガタイの良さから男のようだ。寝ているのか、意識がないのか……目を凝らしてみる。


「え…っ、ふぅ…………や?」


 いるはずもない姿に目がくぎ付けになる。信じたくはないが、見れば見るほど顔も背丈も、異業種交流会で会った古瀧風矢そのものだった。



「ただの人間である今のお前には何の力もない。こいつが神だと知ったところでな」



 ――――え!?


 今…「こいつが神」って言った!?


 あ、あ、あ――

 真の国王って、

 三千年至福王国の国王って、

 ……え……!

 

 水と油のように『やっぱり』と『まさか』の感情が無理ぐり入り混じる。


 (混ぜるな危険……)



「ふん、勘づいたようだな。だがこいつの心臓の血は、わらわがいただく――」



 鋭利な光。

 その手が振りかざされた瞬間――



「おかあさぁ~ん!」



 親しげに呼ぶ声。

 てててと駆け寄る幼子おさなごの微笑ましい姿。


 この場にふさわしくない男の子の愛らしい声は、聞き覚えがある声だった。



「あっ!」


 ――和穂の子だ。


 双荒山の神域で澄矢と和穂に会った時にいた男の子だ。


 なんでこんなところに――っ!



「おのれ……、未来からか。まったく、しぶといね」



 心底イヤそうな口ぶりで言うと、身体の向きを男の子のいるほうに変え、歩き出した。指先には何かが火花を散らして光っている。


 考えている暇なんてない。


 無我夢中で走る。あの時の夢とは異なり、全力疾走できている現実をかみしめる余裕は今はない。


 わたしはその人骨模型を追い抜いて

 男の子にかけ寄った。


 それしかできない。


 「ただの人間」を思い知る瞬間だ。


 なにもできない。


 身を挺してかばうことしかできない。

 それでも――

 それで少しでも相手の攻撃を食い止められるなら。



(あぁ、是清さんもこんな感覚だっただろうか)



 いや、それはおこがましいか。

 それでも何もしないで指をくわえてこの子が殺されるのをただ見ているだけより、ずっとマシだ。


 そうだよね、お父さん、お母さん……瑞穂……和穂、五月……澄矢さん、是清さん……


 走馬灯のように駆けかけめぐる記憶の中、思考はゆっくりと進む。


 ピカッと閃光が走る。


 あまりの光の強さで目を閉じても、まぶしさで目に力が入る。きっと鳩女の指先から放たれたビームかなんかなんだろう。

 

 夢中で男の子に覆いかぶさりながら、脳内がしびれる感覚がした。


(あぁ、死ぬんだな)


 目をつぶりながら感じた

 一瞬の風圧……


 殺される――!そう思った瞬間、ふわりと身体が浮き上がった。



(あぁ……いよいよ召されたか)



 *   *   *


『サラ…』


『サラなんでしょう?』


 *   *   *



(だ……、誰――こんな時に……)


 ご対面の風は吹きやまず、

 死に際に新たな登場人物

 あらわる。

 

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