第18話 仮面舞踏会

「あの時の人間と同じニオイがする」


「あの時の――ゴク?」


「ふん、まぁよい。たとえでも、タマヨリになるには手遅れだ」



 …………。


 ゴク呼ばわりもひどいと思ったが、それ呼ばわりって、ひどすぎじゃないか。


 ……にしても、あの時は気づかなかったけど、もう一人いたんだな。


 低い女の声に答える声――

 どうみても女帝に仕える子分の男。


 いや……、違うな。


 子分というより、もっと近しい……?




「そうだよ、三千年至福王国はぼくたちのものだ。おかあさんがルシェルで、夫のぼくがルミエールになるん…」


「余計な口をはさまぬでよい」


「怒らないで、おかあさん。ちゃんとおかあさんの言う通りにするから」




(な……っ、ちょっと待って)


 おかあさん!?

 この女が、母親でルシェル!?

 男の方は、夫でルミエール!?


(落ち着けわたし! ……整理しよう)


 まずは、この二人って――

 母と息子ってことだよね?


 だけど夫? ってことは……

 母は息子と結婚。だから――

 男の


 このフレーズ……どっかで聞いたな。

 あぁっ! そういうことか!!


 ぐちゃぐちゃになったパズルのピースを、手繰り寄せるようにつなげていく。



 *   *   *


 彼らは「玉依姫」の存在を知っている。



 その昔――、

 玉依姫になる女子おなごを工面するのは、人間界の役割であったという。


 人間界から玉依姫となる者を神域へ輿入れさせる、いわば仲介役が、山神の世話役である萬鳩よろずばとの仕事だった。


 それがいつしか人間は神や神事をないがしろにするようになり、玉依姫の輿入れはまるで生け贄のごとく、人身御供ひとみごくうと呼ばれるようになった。


 ……そうなるように仕向けた萬鳩の計略だったかはいざ知らず、悪びれる様子もなく「ゴク」呼ばわりする目の前の彼らは、おそらく人間ではないだろう。


 神と、神の使いしか知らない祝詞のりとまで知っているのだから――。それに是清さんがのこした『九鳥敵』のこともある。



 やっぱり萬鳩に違いない。



 三千年至福王国計画まで知っていて、自分たちが創造主になろうとしている。



 それなりの萬鳩に違いない。

 萬鳩の長は「金鳩きんきゅう」だ。

 山神を殺したのも彼だ。


 創造主の存在も、三千年至福王国の計画も、神の使いである金鳩ならば知り得たというのなら――


 そして、


 神に成り代わり、自分が国王になろうと企てていたのなら――


 神の使いが神を殺す、こんな前代未聞の事件も理解できる。


 だけどここで問題が一つある。


 金鳩は男だが、目の前にいる親分の声は男のものではない。


 女だ。


 あの時、山神を殺したのは金鳩に間違いない。澄矢が実際にその目で見ている。


 あぁ……っ、

 そうか、そうなのか。

 ため息交じりに理解が進む。


 澄矢が言っていたあの時の最後の光景を、わたしは思い出していた。


 あのとき彼は、真っ二つに割れて浮き上がる神域の左に立ち、もう一方の神域、右に身体を向けていたという。


 彼がその目で最後まで見ていた”もう一つの存在”――



銀鳩ぎんきゅう」――金鳩の后だ。



 彼女ならすべてがつながる。



 山神をはねた直後、夫の首を斬る澄矢の姿を、妻の銀鳩はその目で見ている。澄矢が斬る前にすでに死んでいたことは、その時まだ金烏きんうの宮しか知らない。


 澄矢を一途に逆恨みし続けていたとしてもおかしくはない。


 三千年至福王国のっとり計画が、萬鳩のトップ、金鳩のもので、自分がその国王の后として君臨するのだと望んでいたとしたら――



 彼女にとって最も憎むべきは

 澄矢だったのかもしれない。



 山神を殺したのも、この世界を征服するためと思えば、その凶行も腑に落ちるし、どこかで聞いたあのフレーズも、山神と玉依姫の関係そのものだ。



『玉依姫は神の



 あの事件のあと、夫の金鳩と双荒山という一族の住処を失ってもなお、銀鳩はその野望を諦めていなかった。


 夫を失ったなら『夫』を作ればいい……そう思っただろうか。


 はたまた、


 息子を神や創造主に仕立て上げ、母で妻である『玉依姫』に自分がなればよいと思ったのだろうか。



 それほどまでに、世界を征服したかったのだろうか――



 *   *   *


 冥魔界のクロハトカゲ……その正体は神の使い、萬鳩


 偽王ルシェル……その正体は神を殺した金鳩の后、銀鳩


 創造主ルミエールに成りすます息子とともに、三千年王国を企てる偽りの夫婦神。(どんだけ仮面かぶるんだ……)




「形ばかりの真似ごとじゃ、なにもならない」




(い……? 今、わたしが言った!?)


 ポツリと言葉を発する自分に、自分が一番おどろいた。この局面でよくも声を出したものだ。



「お前が来るのは分かっていた」



(ぎぃぇ――っ、やっぱり聞こえてた)



「正体がわかったからなんだ。今さら何ができる」



(いぃ――っ、やはりこの人も人間の心を読めるんだ……八咫烏が読めるんだから、萬鳩だって読めますよね……)



「まぁいい」



 女の声は相変わらず低音だが、さっきまでのすごみは消え、淡々とした語り口で話し始めた。



「形ばかりの真似ごとと言うが、人間がそれを望んだんだぞ。肉体も持つ者、死んだ者……いずれにせよ人間の想念が、我々に力をくれよったわ」


「…………」


「まぁよい、我々の歴史とやらを最期に聴かせてやろうぞ」



 「聴かせてやろうぞ」のところで声の向きが自分の正面に変わったのが分かった。隠れん坊は終わりを告げ、お相手はこちらを向いている……そんな気がした……。



 これからどんな素顔を見せられるというのか。


 生まれてこの方、仮面舞踏会などというものに参加したことはないけれど、目の前で仮面を外される時というのは……


 こういう気分なのだろうか――

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