第17話 隠れん坊将軍『クロハトカゲ』
「風矢……」
と思いながら目をつむった……のか、意識を失ったのか、その境界線は危うい。
変な夢にはもう慣れている。
だけど、ここは夢じゃない。
自分の感覚だけが「リアル」で、この曖昧な世界が「現実だ」と知覚させる。
* * *
目の前の光景は、亜熱帯のジャングル地帯にでも迷い込んだような密林。
ねっとり絡みつく湿気。
……ただ異様なのは、その湿気が、冷気を帯びていることだ。
じっとり汗ばむようでいながら、瞬時に冷や汗に変わるような独特の空気が漂う。
人間界で経験する暑苦しい湿気ではない。この世のものとは思えない寒々しく絡みつく湿気……
それだけで、
「ここは冥魔界だ」
と知覚させる。
(来たこともないくせに……)
そう自分ツッコミするも、さらにツッコミ返す自分がいた。
(いや……、この感触、前にも出くわしたことがある)
あれだ、あの夢だ!
ルミエールに会った宇宙会議の前、追いかけられたシーン。「ゴク」と呼ばれ、追いかけられたアレ……は夢じゃなかったということか。
抗えぬ「運命」――その言葉が今、ひしひしと蘇る。
前世、現世、未来? 異世界? パラレルワールド……!? ははは、笑ってしまう。もうとっくに運命を生きてきたじゃないか。
どの世界線上にいようと、わたしはわたしでしかない。
「わたし」を構成するすべての運命だ。
どのわたしも「今」を生きている。
前世の西宮五月も、時間軸の違う異界で未来だという八咫烏の和穂も(……まだここは頭がウニになるけど)生きてる。
そしてすべて……連動している。
過去の絶望を幸せ絶頂の日に上書きすることだってできる。その逆もしかり。
「わたしが前世を思い出せなかったら?」の問いに、未来である和穂が悲しい顔をしたのは……
「過去をなかったことにする」=「未来もなかったことにする」ことになるからじゃないのか。
すべてが「今」に繋がっていて、すべてが「わたし」に繋がっている。だったらなおのこと……
誰一人、死なせやしない!
まもりぬいてみせる!!
ひとり息巻くわたしの耳に、おどろおどろしい毒々しい声が聞こえてきた。
うなり声のようだが、耳を傾ければ聞き覚えのあるコトバが聴き取れた。聞き覚えがあって当然だ。
なんせそれは、さっき覚えたばかりの祝詞だったのだから――
『しんのぞうにわたるあかいちいのうにらいめいふしのとりあらわる』
抑揚もなく、淡々とよどみなく三回唱えると『やおよろず、やさかいやさか』
グォーーっとがなり声にも聞こえるが、言い終わるや、うぁっ、うぁっはっはっはーと
聴き取れなくても、意味が分からなくても、悪だくみしてるなーと想像できるような悪代官っぷりである。
いや……、
悪代官というより……女帝だ。
地鳴りがするほど凄まじい重低音だが、女の声なのだから。
――ん!? ちょっと待って。
翁が教えてくれたこの祝詞って、神と、神の使いのみが奏上できる祝詞だって、言ってなかったっけ?
なんで冥魔界の存在が知ってるの?
んんん……?
あ、あ、あ!
え――――――――っ!!?
自分のひらめきに、ひとり驚愕する。
わたし……夢の中で黒マントが這うように追いかけてきたから、クロハトカゲは、てっきりトカゲだと思ってた。
なんならヨロシクに夜露死苦の漢字を当てるくらいに黒羽蜥蜴かと……
「クロハ・トカゲ」
ちがう。
い、い、いるじゃん!
は、は、はと、ハト!
鳩がいるじゃんっ!!
「クロ・ハト・カゲ」
ぎぃえ――――っつ!!!
中に隠れてる――――っっつ!
鳩といえば、萬鳩だよ…
萬鳩といえば、神の使いだよ…
うわぁぁっ!!
是清さんの遺書の「九鳥敵」も鳩!
鳩が中に隠れてたじゃん!!!
神殺しの事件後に、萬鳩は双荒山から消えた――それが冥魔界行きを意味し、是清さんが遺書に遺した「九鳥敵」が「敵は鳩」と意味するなら……
クロハトカゲ = 追放された萬鳩!?
つまり……、
偽王ルシェル = 萬鳩の長・金鳩!?
全部つながるじゃんかぁ――…
* * *
金鳩が山神の早梅を斬った直後、澄矢がその金鳩の首を斬った。だけど実はその前にすでに金鳩は死んでいた。死後硬直しているのに、剣を握る金鳩の手は歪み、壊死までし始め、きわめて奇妙な死にざまだったと――
その後、萬鳩一族が消えたとなれば、神殺しの天罰がくだってこの世から消滅したのかと思っていた。
なのに――、
生き延びていた上に、冥魔界のクロハトカゲとして人間界に侵入したというのか。
だから人間界に転生した八咫烏のことも知り得たというのか。
そして――、
神殺しの次は、八咫烏殺しのために第二次世界大戦を引き起こしたというのか。
日本人にも成りすまし、同じ日本人を装い、自分たちにとって本当の敵を、お国のためと言って死地に向かわせたというのか。
萬鳩が見据えた世界征服とは、神使いと人間界の支配だったのだろうか。
そんなことのために、是清さんや五月が……いや、二人だけじゃない!
どれほど多くの、
まだ生きたかった命を――
そんなの……
あまりに理不尽すぎるじゃないか。
「ゴク?」
(ギクっ)とするも、その言葉の風下には……わたししかいなそうだ。
「ゴクリ」
唾を飲みこむ喉の音が、ご丁寧にも返事をしてしまった。
隠れん坊なら「ま〜だだよ」と将軍様に言いたいのだが…………。
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