第14話 【過去】を上書き保存
『前世のわたしは今も生きている』
現世のわたしが、過去世のわたしにしてあげられることって何?……過去を変えるなんて、できっこないわけで――
……ん? 待てよ?
できっこ……あるかもしれない……
だって、是清さんも五月も、今も生きているんだから。
だとしたら、今できることって何?
(ニヤリ)
名案が浮かんだ自分に、ほんの少し悪い顔をする。
* * *
脳裏に浮上した一つのネット記事。
彼の戦死日は11月12日……本でも資料館でもそうだった。
なのに、この記事だけ異なる日付……それがずっと引っかかっていた。
『二月十二日』
当時は縦書き。だから11を2と間違えられたのかと最初は思った。
だけど、すぐに思い直した。
縦書きの時代に、11月が2月に間違えられる書き方する? 十一を一一と書く?
仮にそうなら、12日も3日になる。一二を縦書きにすれば三に見えるはず。だけど、日付は十二日とちゃんと書いてあるのだから……妙だ……。
(これ……)
心がザワつく。
この記事が何かを訴えてる気がする。
わたしは予感を無視できないでいた。
(もしかして……)
自分の戦死は11月12日ではなく、2月12日だと言いたいのか――?
矢上是清にとって「戦死=自分の死」ではないとしたら……
……あぁ。
あぁ、そうか。
そうかもしれない……。
そうだと思えば合点がいった。
合点がいくほど、彼の愛情と想いの深さに、わたしの心にズンと負荷がかかる。
『2月12日』――それが、西宮五月が自殺した日だと言いたいのか。
自分にとって「戦死」は、五月が死んだ日だと言いたいのか。
――命に代えても護りたかった命が、途絶えた日。
鹿児島の神社で会った「神様と話ができる先生」も言ってたっけ。
「あなた、まず彼に謝らなくっちゃね」
「何を……ですか?」
「彼がどんな想いで……」
そう言いかけて思案した後、またこう言ったのだ。
「あなたの命にも、謝らなきゃね」
彼を戦死させたのは――
戦争でも、特攻でもなく、
わたしだったのか……
そうと思うと、どうしようもない罪深さに胸がしめ付けられた。
家を失っても、趣味や仕事を失っても、服や食べ物を失っても、あなたがいれば生きていけたのに。
あの時、わたしひとり生き抜くことが正しかったのか。
あなたと生涯を添い遂げるのが、唯一の夢だったというのに。
ただ帰りたかった『あなた』という場所に帰れなかった。
死んでもなお……
わたしは、あなたをも殺したのか。
1944年(昭和19年)11月12日
矢上是清が戦死した日
――五月にとって、絶望の日に違いない。
1945年(昭和20年)2月12日
西宮五月が自死した日
――是清さんにとって、絶望の日だったのかもしれない。
彼にとっての「戦死」は、彼女の死。
彼にとっての「戦死日」は、彼女の命を護りきれなかった日。
互いの死が、互いにとっての絶望の日だったに違いない。
(だったら……だとしたら……)
名案が浮かんだのは、ここだった。
この日に二人の
【絶望】と書いて【絶対に望みはある】と読むっ!
わたしの鼻息はいっそう荒くなった。
もうこれは、運命なんだろう。
だって……
2月12日は……
姉の瑞穂の誕生日なのだから――。
瑞穂の前世が、矢上是清だというのなら……この日に生まれてきたのは……是清さんもこの日を希望の日にしたかったからじゃないのか。
自分の中に、いろんなひとの「想い」が伝わってくる。
瑞穂も、是清さんも五月も、もう絶対に死なせやしない。澄矢も和穂も、風矢も、みんなだ。
もう失うのはイヤだ!!
わたしが守る。
絶対に護る。
* * *
2月12日――カレンダーを見て、思わず吹き出した。
(あはは、この日「大安」だって)
(この二人をみていると、運命って本当にあるのかもしれないなぁ)
まるで他人事のように、心の中にある是清さんと五月の姿を眺めてしまう。
気分はすっかり「介添え人」だ。
晴れてこの日がやってくると、わたしは靖国神社へ行き、遺族の正式参拝という形で二人の祝言を挙げた。
新郎:矢上是清
新婦:西宮五月
(介添え人:三品佳穂)
今日からあなたは「矢上五月」だ。
(同じ女だから分かりますよ~? 苗字が変わるって女にとってはキュンとする特別なことよね♪ ね、五月)
「厚く……厚く……御礼申し上げます」
たしかに彼女の声だった。
泣いてはいるが、これまでとは違い、幼げな弱さはない。生前の、彼女の本来の姿を見るような、凛とした女性の声――。
……と思いきや、わたしの肉体を借りて、涙が止まらない彼女。
でもいい。
今日の涙は、特別うれしい涙なのだから。わたしが周りから変人に思われようが、今日は構わないさ。
(だけど、この後お昼を食べたいから、目が腫れない程度に、お願いね)
五月に向かって、そうお願いした。
2月12日――よし!今日からハレの日
最悪は最愛に、最低は最高に、【過去】を上書き保存完了。はい、今日からこの日は絶望の日から大祝日に変りましたっ!
自己満足だと思われたっていい。エゴかもしれない。それでも今日はいい。
あの時代に生きた
晴れやかな気もちだった。
――すると涙目のわたしに、近づく人影。
声をかけてきたのは、正式参拝で一緒になった人だ。
「いやぁ、今どき若い人が珍しいね~、オジサン、びっくりしちゃったよ」
(この口調……、どっかで……)
「あ、これ落とした?」
床に落ちていた細長い白い紙。オジサンは拾い上げ、わたしに手渡す。
「イチイヤマノボレ0222?」
「あっ、イチイ山って知らない!?」
「知らないです」
「昔は
「日抱? ……鹿児島の?」
「あぁ、火の鳥
「岐阜?」
「そう。十日後に岐阜にあるイチイ山を登りなさいってことじゃない?」
「え??」
「あっ、そういえばきみ次第だったね」
「……え?」
「あとね、きみ、遺書ちゃんと読んだの?……あっ、きみ次第だけど」
「……遺書? ……あ、……えっ!」
ニンマリうなづくオジサン。
「え、でもなんで2月22日!?」
「それは…………『スーパーにゃんこの日』だからじゃない?」
「…………」
……この感じ……あの日の宇宙会議を思い出す。瑞穂と猫の着ぐるみを着せられたあの日の夢。
嫌な予感……いや、もういい。ごちゃごちゃしたことは考えない。覚悟を決めて、運命を受け入れよう。
「あのっ……」
(ジャジャジャジャーン♪ ジャジャジャジャーン♪)
「あ~もう、こんな時に携帯鳴っちゃって、参った参った、いやー参った」
そう言いながら立ち去るオジサンの自由さ。妙な着信音と、絶妙すぎるタイミング。
(わざととしか思えない……)
ツッコミどころはそこだけじゃない。
あの口調にあの表情……どっかで……と思ったら鹿児島のタクシの運転手だ!
それに、あの「やれ」と言わんばかりのきみ次第は八咫烏の澄矢!
――ということは、
正式参拝に一緒に出ていたオジサンは、「大日本帝国海軍、矢上是清中尉」であってもおかしくない!!
(なんて日だっ!!)
祝言を一緒に挙げてたってことか……
結婚式の新郎だから来てくれたんだね……とジーンとしたいが、出された宿題が気になって仕方ない。
①2月22日イチイ山へ登りたまへ
②矢上是清の遺書を読みたまへ
10日後に岐阜で登山て……
未読の遺書を読めって……
(ちょ、ちょ、ちょっと!)
オジサンはもういない。
こういうのって……つづく。
あっ
あ――――…っ!!
浮かれて浮き足立って忘れていた。
2月12日は、西宮五月のいわゆる命日。五月のことだ、愛するひとの月命日を自分の命日に選んだのだろう。
……で、だ。
是清さんの戦死で五月が自死したのは三ヶ月後――そして…
山神の殺害で、玉依姫の真帆が亡くなったのは……も三ヶ月後だ……
『ジャジャジャジャーン♪』
あのオジサンの…
あの題名…たしか…
この命題…たしか…
そうだ、二荒山に行こう…
そこでも 聴きましたね…
あの時もあなたから。
――『これは、運命だ』――
三品のMishipediaいわく、かの有名な
――交響曲第5番 ハ短調 作品67――
その通り名は。
それも、『運命』……だ!(グハッ)
ジャジャジャジャーン♪ ジャジャジャジャーン♪――…
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