第13話 再会

 プルルルル プルルルル


(お願い!)


 プッ


(ぁっ、)


「……電波が届かないところにあるか電源が入っていないため、かかりません」



 ……………………あぁぁぁぁぁぁ



 スマホを耳に当てたまま、テーブルにうなだれ落ちた。


 淡い期待は、淡すぎるうちに木っ端みじんに粉砕された。


 あぁぁぁぁぁ!


 強気なイラ立ちと、強がりのため息。その後は、途方もない孤独感が襲う。


 ボロボロ、ボロボロ、涙があふれ出る。この涙は紛れもなく現世、三品佳穂のものである。


 ボロボロなのは、涙だけではない。

 身も、心も、だ。


 誰に頼ればいいのか、

 何にすがればいいのか、

 わたしはどうすればいいのか、

 分からないことだらけだ。



 *   *   *


 翌日――会社へ出勤


 それどころじゃない!……だけど、ただの人間と言われるより前に、ただの会社員だったことを日常は思い出させる。


 それでも、仕事をしている間は、気を紛らわすこともできた。心の痛みをごまかし、一日をやりすごす。


 帰宅すれば、正解を導きだせずに、堂々めぐりの押し問答。焦りだけが加算されていった。


 ただの人間に、何ができる?

 五月は本当に、死んだの?

 前世だから、とっくに死んでるか。


 あぁ、もうっ、どういうことだ。

 どうすればいい……


 平日のごまかしも、金曜の夜になれば痛み止めが切れて、急にジクジクと痛みだす。


 明日は、目が腫れても構わない――


 そうと思うと、タガが外れ、1週間分の涙が堰を切ったように流れ出す。


 泣きまくって、鼻水をかみまくって、花金も鼻金に変わり、テッシュペーパーの海ができたところで、寝落ち……。


 またもや夢の世界に突入していった。



 *   *   *


「あなた誰? わたしは知らない」


「覚えてなくても、魂は覚えてるだろ」


 あからさまにムッとした男が言い放つ。


 次の瞬間――

 ビリビリっ!!


 下から突き上げられ、身体が一瞬、グニっとのけぞる。


 で、電流?


 男から放たれたものなのか、何なのか分からず、目を開けても顔は見えない。


 それもそのはず、彼は、後ろにいた。

 そして、わたしを抱き包んでいた。


 え……?


 下の大事なところが

 繋がれている……?


 わたしは、ぼぉっと身を委ねていた。まるでガソリンスタンドで、エネルギーを挿入(……あぁっ)補給されているかのような感覚だ。



「きみは自分から行かなきゃいけない」


「それ、前も聞いた。だから、どこに」



 聞こえてるだろう問いに返答はなく、後ろにいたはずの彼は消えた。



(……なんて夢だ、こんな時に)


 我ながら恥ずかしくなる。



 だが夢は、容赦なく画面を切り替える。灰色と茶色を混ぜたような色彩は、とろける雰囲気とは……ほど遠い……



 *   *   *


 タバコをペッと床に落とす軍人。

 乱暴に踏みつけ、その後、解散する軍人たち――

 


 (これ…

  前に観た、あの夢のつづき!?)



「おいっ、あの護衛筆頭とかいうカラスだけは、絶対に探し出せよ」


「わ~かってますよ。金鳩きんきゅうを殺ったヤツでしょ? ただじゃおかねぇー」


「そいつに女でもいりゃ、女をエサに引っ張り出してやってもいい」


「女をいたぶって、ひざまづかせるのもいいな」


「泣いて土下座か~?」


(ぶわっはっは)


「ま、とっとと片付けないと、オレらの命も危ないからな」


「ったく、めんどくせぇ。でも、どんな手を使ってでも突き止めないとな」


「どのみち絶滅危惧種のカラスさんだ、片っ端から特攻に行かせりゃいんだよ」


「おい、護衛筆頭だけは、あのお方に報告せねばならぬから、そこはぬかるな」


「はっ、ぬかりなく」



 …………なに…これ…。


 

 金鳩を殺ったって、あの事件のこと? ……ってことは、これ、萬鳩よろずばとの会話ってこと?

 

 じゃあ……

 護衛筆頭って……澄矢のことで……澄矢が金鳩を殺したと思い込んで、人間界にいる萬鳩が恨んでるってこと――?


 あ!

 ああぁ!!

 そういうこと!?


 是清さんはこの現場を……どこかで見聞きしてたってこと?


 それなら「女」は、五月ってことになる……よね……?


 だから是清さん……「自分は既婚者だ」なんて嘘ついたの??


 だとしたら…………


 五月、五月、五月――…っ!!


 是清さんはあなたを護ろうとしたんだよ。五月のことを愛してるから、あなたを突き放して、自分には関係ないようにして……


 戦死したら……

 あれは嘘だって弁解もできなくなるのに――


 それでも……

 ……って……

 こんな悲しいこと……ある……?



 *   *   *


 場面はまた切り替わる。


(ん? 洞…くつ…?)


 土でできた柱が見える。

 まるで地底都市だ。


 すると前方にある右側の柱から、ひとりのお婆さんが現れた。


「あ…っ」


「あ…っ」


 お婆さんの声につられて声が出る。


(このお婆さん誰だろう。……親戚?)


 考えをめぐらす時間はなかった。


 かけ寄ってくるお婆さんを、わたしも反射的にかけ寄ってその身を受けとめ、抱き合った。


(ご先祖様の誰かが、この大変な状況を見かねて現れてくれたのかもしれない)


 どこの誰という問題より、今は分かってくれる人に甘えたい気分だった。


「おばあ……ちゃ……」


 うぅっ うぅっ

 二人して泣き合う間、わたしはお婆さんの背中をさすっていた。


 お婆さんを安心させてあげたかったのも勿論あるが、背中をさすることで自分のことも落ち着かせていたように思う。


 すると、さっきまで気づかなかったが、左の方に男性が二人いたようだ。


「大丈夫。わからないさ」と話す小さな声――それが、何を示すのかは分からなかったが、その物言いは穏やかなものだった。



 お婆さんの涙が


 ボタ  ボタ



 涙の大粒は、わたしの鎖骨のくぼみに溜まっていた。



 *   *   *

 

 ここで目が覚めた。


 でも……、これは夢じゃない。


 例の、いつものだ。


 鎖骨に手をやれば、心が口走る。



『さ……つき…?』



 確証はない。写真も見たことないのだから、面影があるかすら分からない。


 ただ――、鎖骨に落ちる涙の感触は、異常なまでにリアルに残っている。

 その実感だけが確かなものだ。


 親戚のおばあちゃんじゃない。


 戦時中は二十歳前後で、もし今も生きていたら……そう仮定すれば、あのくらいの歳だろうお婆さんだった。



 やっぱり……

 そうだよね……??


 今も、前世のわたし

 西宮五月は 生きている

 ……ってことだよね?



あの時「あなたは生きて」とわたしをかばって消えたあなたは、



わたしたちは――現世で再会した――

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