第12話 西宮五月とアノ男

 鹿児島空港――東京行きの搭乗口



 わたしは少々、上機嫌だった。


「前世のわたし」を少し分かった気がする。それに、老婆が言ってたという「自分を救う」ってことが、今できてるんじゃないか……そんな期待すら浮かんでいた。


(ピンポンパンポーン)


「お客様のお呼び出しをいたします。

 東京行き33便をご利用の、ミシナサツキ様、ミシナサツキ様、お伝えしたいことがございますので、10番搭乗口までお越しください」


 ミシナ……サツキ……?


 珍しいな。三品なんて珍しい苗字なのに、居るんだな。


 明らかに聞こえた「サツキ」はわたしの名前じゃない、とお手洗いに向かった。


 そろそろ時間かと戻ると、また呼び出しがかかった。


(ピンポンパンポーン)


「お客様のお呼び出しをいたします。

 東京行き33便をご利用の、ミシナカホ様、ミシナカホ様、お伝えしたいことがございますので、10番搭乗口係員にお知らせください」


 そそくさと出向くと、座席が汚れているから変更してほしいという。


(それは全然いいけど……さっき呼ばれたのも、わたし?……だった?)


 なんか変だ、妙だ。


 この展開……イヤな予感がする。


「カホ」を「サツキ」と言い間違える? 聞き間違える?……そんなことあるだろうか? 字数どころか、一文字も被ってないというのに……。


(もしや、ホテルのチェックインの時の"アレ"も……?)



「予約しているミシナです」


「ニシミヤ様ですね」


「いえ、ミ・シナです」



 ……あの時も思ったんだった。


 「ニシナ」や「ミシマ」に間違えられたことはある。だけど、「ニシミヤ」はない。一度も。


 仁科さん、三島さん、三品さん……(ああ似てますね)て思えるけど、西宮さんとなると……ちぃと毛色がちがう。


 う~ん……う~ん……


 人差し指をトントンと、ほほ骨→こめかみ→第三の目(いや…ひたい)に順番にやると探偵の血がさわぐ。


 ここにも意図があるとしたら。

 [ニシミヤ]と[サツキ]……


 う〜…ん……(産みの苦しみ)

 んが…っ、、合体…………。



 【にしみや さつき】



 あ…

 あ――――…っ!

 え、え、え、まさかコレ……っ


 前世のわたしの名前ってこと!!??


 未来のわたしだという八咫烏の和穂は、水の西殿、秋家。


 だから西宮……ほほほぅ。


 では「さつき」は……?


 ……五月?……え〜、ぜんぜん秋じゃない〜〜……。いや待て、待つんだ。万が一のこともある。


【検索】▶▶▶[ 五月 秋  ]

 


 (……うっそ!)

  

 思わず口を手で押さえる。



【五月秋/ごがつあき】田植えで忙しい季節



 田植えといえば…稲穂♪

 稲穂といえば…佳穂の穂♪

 穂といえば…和穂の穂♪



 ほっほっほー♪の『穂』で、めでたくつながりました。


 前世のわたしの名前(ドドン!)


【西宮 五月】


 ニシミヤサツキ、にしみやさつきでございます……ウグイス嬢ならぬ元カラス嬢、今はただのニンゲン嬢が言うてます(誰がただのニンゲン嬢やねん)


 ……とまぁ、仮説が仮説をよび、ついにここまで来てしまった。


 過去=西宮 五月(武家屋敷の令嬢)

 未来=和穂の紫苑(西殿当主の姫君)


 過去=矢上 是清(海軍特攻隊隊長)

 未来=澄矢(護衛筆頭)


 まるでついのカードを当てた気分。


 壮大なる仮説の答え合わせを、はやく瑞穂としたくて、いそいそと機内へ入っていった。



 *   *   *


 機内ではニンマリ顔になっていた。


 だって、てことは、運命の糸でつながった"カレ"がいるってことでしょ?


(ムフ)

(ムフッ)

(ムフフフフフ)


 ……しかし、やはり問題がひとつ……


 是清さんが澄矢ならば、やはり澄矢=是清=瑞穂が成立する。してしまう。


 ……まぁまぁ重大な問題だ。


 瑞穂は……女だ。


(ちーん)

(チーン)

(チンチーン)


 せっかくここまで来たのに、最後に『ラブラブ♡ハッピーエンド』にさせてくれないなんて……


(あ…、風…矢は?)


 こんな時にあの男が浮かんだのは、結婚願望が引き寄せたよこしまな希望だろうか。


 いや……”たてしま”の希望くらいにしておこう。しといてやってくれ。



 ――しっかしあの古瀧風矢こたきふうやという男。

 結局……なんだったんだろう。



 敵か味方かも分からない。

 まぁ…なのにここで『現世の彼氏』枠に浮上させるのも少々強引か。


 やはりここは、瑞穂にじっくり話を聞いてもらわないとな。


 あぁ、はやく東京に着いておくれ!



 *   *   *


 羽田空港 国内線ターミナル


 到着してすぐに、スマホをいじると、母からメッセージが入っていた。


「瑞穂が倒れた。意識不明で今、病院」


「面会できないから佳穂は来なくていい。着いたら自分の家に帰りなさい」


(え…………どういうこと…………)


 思考が止まる。


 そしてすぐに混乱モードに切替わり、ガタ、ガタ、と音を立てて回りだす。


(どうしてこんな時に、わたし……っ、何…やってたんだ……っ)


 さっきまで浮かれていた自分にも腹が立ってくる。


 瑞穂が実家に行くのは知っていた。わたしは鹿児島に二泊三日だし、だから連絡するのは帰ってからでいいと思ってた。



『マタ今度 アッタ時ニ 話セバイイ』



 急いで電話した。

「あっ、お母さん? 佳穂だけど、瑞穂は!? ねぇ、なに、どーしたの!? なにがあったの!?」


「まだ原因は分からないんだけどね、佳穂はそっちにいていいから」


「えっ? 行くよ、そっちに」


「まだ大丈夫だから。空港に着いたんでしょ? 家に帰って今日は休みなさい」


「まだ大丈夫って、意識不明で、原因だって分かってないんでしょ!?」


 取り乱して八つ当たりのようになってしまう。最後は怒りと泣き声が混じり、ここはまだ公共の場だというのに、叫ぶように大きな声になってしまった。


 すると母は……力強く握るその手を、スマホから引き離すようにこう言った。



『ミットモナイカラ、シッカリシナサイ』



 それはそうだと理解できる思考と、それどころじゃない爆発的な感情のはざまで、脱力してその場にうづくまる。


 その時、頭によぎったのはあの光景だった。


 枕先まくらさきで見た、あの夢のシーン……


 あれはきっと……鹿屋かのや基地にたどり着いた五月の姿だ。前日に出撃したと聞いて泣き叫び、フェンスを握りしめる手を、母親らしき女性は引き離した。


 「みっともないから、しっかりしなさい!」


 いさめられ、うずくまる姿。


 ――全部、同じじゃないか。


 ソウダ……

『マタ今度 アッタ時ニ』ハ……

 コナカッタ……


 まさか……これもわたしに追体験せよというのか……


 イヤだ! その先はイヤだ!! 


 ……『戦死シタ』……


 イヤだ!!!

 それだけは、絶対にイヤだっ!!!!



 *   *   *


 きっぱりお断りし、口を真一文字にしたまま家路に着いた。


 母からは「いま手を放せないから、何か分かればすぐに連絡するから」と足早になだめられ、話は打ち切られてしまった。


(わたし、何を浮かれてたんだろう)


 ひとりになれば、その言葉がグルグルまわる。


 鹿児島にいる時も、連絡できたのに。

 空港にいる時も、連絡できたのに。

 また今度あった時なんて……


 思わなきゃ良かった。


 瑞穂がいなくなったら……


 わたし……


 いや、そんな想像したくない。


 自責、後悔、心配、不安……

 かき消してもかき消しても襲ってくる、夜の暗い波。


 (そんなことになってたまるか)…その想いはこんなにも強固なのに、旅の疲れか、また違う旅へのいざないか……


 まどろみの中、夢の世界に突入した。



 *   *   *


 となりには西宮五月(…おそらく…)


 横に並んでしゃがんでいたと思ったら、彼女がわたしの前に飛び出した。


 そして一瞬こちらを振り返って、


「あなたは……生きて――」



「……え」



 *   *   *


 そこで夢は終わった。


 うたた寝でみる夢の、エンディングはあっという間だった。


 視力を奪う、まぶしい光。

 五月はその光を、もろに浴びた?

 もしかして、わたしを…かばった??


 どういうこと?

 あなたは生きてって……あなたは?

 五月はどうなったの!? 

 ねぇっ……!


 前世だったにせよ、"もう死んでいる人"の生死を心配するのは、変なことだ。


 はは。どうかしてる。


 でも

 だけど……


 生きてる……。

 彼らは、今も、生きている。


 当時の肉体はもう存在しない。だけど、姿を見せることもできる。


 だってわたしは、この目で見た。


 ――あぁ。

 あの日の夢から半信半疑で始まった、七賢人さがし。


 瑞穂と佳穂、

 八咫烏の澄矢と和穂、

 前世の矢上是清と西宮五月。


 点と点が線になり始め、時空間を超えた旅に、浮かれ始めていたところもあった。


 それなのに、あっという間に『今』という現実に覆されてしまった。


 そりゃそうだ……。


 わたしが生きているのは、今この世界でしかない。


 前世という難易度の高いパズル、そのピースがそろって来たところで、ガーッと、ぐしゃぐしゃにされた気分だ。


 それでも――


 それでも、それでも、それでも、だ。


 生きていてほしい


 五月に

 是清さんに

 生きていてほしい


 瑞穂の命を…絶対に…救いたい



 ――もう、誰も死なせたくない――



 四の五のは、もういい。

 どのわたしも「今のわたし」だ。


 じゃあ、どうすればいい?

 ただの人間のわたしに何ができる?



 わたしに授けられたのは「ただの人間であること」だ。創造主ルミエールから言われた言葉を…今こそ噛みしめる。


 そうだよ。

 ただの人間のわたしじゃないとできないこと、ただの人間だからできることがあるってことだよね――!?



 あぁ、やはりあの男……。


 是清と五月(前世/人間界)

 瑞穂と佳穂(現世/人間界)

 澄矢と和穂(未来世/異界)


 カードは6枚

 残るはあと1枚


 七賢人というからには

 あと一人いるはずだ


 

 会議と夢で会った、古瀧風矢こたきふうや――


 敵か味方か分からない。

 だったら確かめるしかない。

 分からないなら、確かめるしかない。


(プルルルル プルルルル)


 『あの時の名刺』


 一縷いちるの望みをかけて

 この番号にかけて

 この男にかけるしかない


 そのカードは

 ――KINGか、JOKERか――


 いざ! お控えなすって。 

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