第11話 枕先で枕を抱く女
『八咫烏の幽霊――?』
仮にそうだとしたらどういうことだ?
成仏できていないってこと?
……いや、
とても成仏できてなさそうには見えなかった。あんなに爽やかな未成仏靈なんていない。
たぶん……。
* * *
その日の晩、ホテルのベッドに横たわるビビリが一名。
そりゃそうだ。
思い返せば返すほど、運転手のオジサンが矢上是清さんだと思えば納得できる会話ばかりなのだから。
「ここが小学校ね」と案内したり、「みんなね、遠く離れてても、この日本沖で死んだんだって思いたいの」と語ったり……
そのくせ、わたしが「いかざるを得なかったんでしょうけど、どうして…いかなきゃいけなかったんでしょうね…」とつぶやけば、どこか一点を見つめ、何か言いたげな言葉をぐっと口に結い、押し黙る場面もあった。
――よし、ここはひとまず
彼らは幽霊ってことにしよう。
だが分からないのは、なんであんなに明るい表情で、人間の姿になってフツーにこの世にいるのか、だ。
足もあるし、ボヤけてもない。
気をきかせて写メ撮ってくれる幽霊? 駐車中はメーター止めてくれる良心的な幽霊? 新聞も読めて、車の運転も料金精算もできる幽霊?
現代生活にこんなに溶け込む幽霊
着地点が見つからないまま、夢の世界に突入する――枕先
* * *
▶大きな武家屋敷
中から迎え出る二十歳前後の若い女性。玄関先に現れたのは、目にも鮮やかな真っ白い海軍服の青年。
挨拶を交わす若い男女の姿は、軍人と良家のお嬢様といった具合だ。
「はじめまして―…です」
「はじめまして―…です」
* * *
▶外を歩く二人
横に並んで、はにかむ二人。
危なっかしさが初々しい。
微笑ましい恋の雰囲気が漂う。
「駅まで…歩きませんか」
「…あ、はい。…いいですね」
「もう…着いてしまいましたね」
「本当に…あ、お元気で!」
「では…また…」
「…ではまた…ごきげんよう」
* * *
▶様子がおかしい
恋は時に残酷である。
そして時に理解不能である。
「わたしは既婚者です」
「……え……?」
「だから……もう会えない」
「…………」
* * *
▶場面がガラリと変わる
深緑色の飛行機が並び、
「―…なら、昨日出撃されました」
フェンスにしがみつき、泣き叫ぶ女性。
「いや、いかないで……、わたしを置いていかないで、ひとりにしないで……うぅっ」
フェンスから引き離す、母親らしき女性。
「みっともない、しっかりしなさい!」
うなだれ、崩れ落ち、号泣――…
* * *
(これは、夢だ……)
そう理解しながら、浅い眠りを続けていた。おぼろげな意識の中、突然――
「……ぅっ」
首を絞められたように息ができない。
「ゲホっ、ゲホッ、ゴホっ」
目が覚め、自覚する。
『これは夢じゃない。実感だ』
(ギィャ――――…ッ)
ホラーだ。もう、お手上げだ。
だってこれ、前と同じだもん。
同じひとだもん。
誰だ、何だと、こんなことされる覚えを探れば探るほど、心当たりは一つに絞られていた。
今、首を絞めたのは……
もう一人のわたし
「前世のわたし」
……ではなかったか。
前回と同じだ。
恐怖心はまったく湧かない。
殺される!…とも思わない。
前世の自分が……犯人だとしたら
『わたしは 何を伝えたかったのか』
真相をつかみたい……ムクムクと心の住人はビビリ→サグリと変貌する。
改名『サグリの三品』(ドドン!)
* * *
【仮説一】前世は、特攻隊「早梅隊」「紫苑隊」隊長、矢上是清の彼女だった
(ドドン!)
【仮説二】特攻隊と知らずに別れ、気づいて基地に向かうも出撃後だった
(ドドン!)
【仮説三】戦死と聞いて自暴自棄になり、その後、首つり自殺―…
(ドドドドド…)
* * *
ザっと立てる自分の仮説にゾっとした。
だけど真実を知りたい想いは加速する。あらゆる恐怖を凌駕するほどに。(たぶん…)
そしてわたしは、まさかの強硬手段にでる。使いたくはなかったあの手……
秘技――『本人に直接きく。』
……虎穴に入らずんば虎子を得ずってアレだ。今となっては茶トラの着ぐるが懐かしい。
(今はなんのおケツか分からないが、前世って言ったって『わたし』でしょ? わたしはわたしだ。だったら全然こわくない!…はず…)
「あのぅ――」
おそるおそる、前世に話しかける。
「首まわりがタイトな服が苦手だったのも、布団が首元にくるのがイヤだったのも、あなたの記憶……からですか?」
シーン――…
「さっきのも……あなたの記憶を、わたしに追体験をさせるためですか?」
シーン――…
(なにをしてるんだか…)
自分でもそう思った。
ぶっとんだ【仮説三】……
でもこれは、あながち的外れな話ではないのだ。
(◀◀)さかのぼること大学生の時
車の免許合宿で仲良くなった女性教員が霊感のある人だった。おもしろ半分で霊視してもらうと、思いがけず深刻な顔をされた。
「表に見せているより繊細で、プチンと糸が切れてしまうこともあるから…ホントに気をつけて」
「え〜……もしかして自殺とか!?」
強がりでビビリをごまかすつもりが、コクリとうなづかれ、ドン引きアワー…
(◀◀◀)さかのぼること小中学生の時
テレビで戦争ドラマがやっていればよく観ていた。やってたから観ただけという感覚だが、今となっては興味関心の強さに合点がいく。
女優より号泣。親に心配されるほどの嗚咽っぷりも、実体験からくる感情移入だったとすれば、こちらも合点がいく……
思い起こせば……と、繰り返すうちに涙がつたう。わたしの目から出ている、わたしのものではない涙。
『もう…間に合わないかと思った…』
(……あの声だ)
何度かきいた
か弱く、幼げな声
自分より、高い声
――彼女の声に違いない――
* * *
『あの人の言ったことが嘘なことくらいわかる』
でも、あまりにも苦しそうにして…なにか大事なことを決めてしまっているみたいで…だから…もう言っちゃいけないって思ったんだ。
でも、次はなかった。
死んでしまったのなら、もうどうすることもできないじゃないか――
こんなことならあの時、オトナを気取らず聞けばよかった。
わたしは、彼を失くしても生きる強さはありませんでした。かといって死ぬ勇気もありませんでした。
悲しみに耐えきれず自暴自棄になり、そして…愛さぬ人の子まで宿し…その時ようやく…死ぬ覚悟ができました。
死ぬ時くらいは真人間になって死にたいと思いました。真人間になって、あの人のところへ戻りたいと――
……ところが、死んだ先は彼とは違う冥魔界行きだと聞かされました。自死するのは低級霊だから仕方ないのだと。
そんな……っ!
わたしの夢は、彼と生涯を共にすることでした。望みはたったそれだけだったのに、なのに、どうして……
『愛するひとのところへ行きたいと思うことの…何が悪いのか…』
抵抗しましたが、誰も彼もいない場所に放り出され、途方に暮れていました。
その時――、老婆がいきなり現れて、こう言われたのです。
* * *
人間に転生すれば、前世のことはすべて忘れる。しかし、そなたの心が真ならば、いずれ彼を思い出すだろう。
だが、時間はそうない。
冥魔界のルシェルが真の国王の命を奪わんとする時、そして、人間がその偽王を真王だと盲信し従う選択をした時、世界の分離は決定的となる。
二度と矢上是清と会うことも思い出すこともないだろう。そなたの知る世界はまったく別のものになる、永遠にな。
助かる方法はただ一つ。
自分を救うことだ。
その真意が分かればよいが、転生先の世界は、戦争を忘れた戦後の日本。前世を思い出すのも難儀だが、思い出したとて、……いっそう苦労が多いぞ。
それでもやるか。覚悟はあるか。
すべてはそなた次第じゃ。
* * *
(あ――…「やります!」と言ったのはこの時だな…)
直感的に思ったが、前世との会話はつづき、思いがけない言葉をかけられた。
「……ごめんなさい」
詫びる声は切なく心に響く。
こちらも複雑な気もちになる。
自暴自棄になって男と関係もって、妊娠したから自殺、そんなことしていい訳ない。悪いに決まってる。
でも――…
この人が本当に反省しているのが分かる。苦しんだことも。
わたしは
自分の前世だという彼女に
どう返せばいいのか……
* * *
思えばこれまで、ずっと何かが欠けているような枯渇感があった。
結婚願望はあるのに、結婚を考えてくれそうな人に会うと拒絶してしまう。結婚したいのに、したくない……自分は欠陥人間だと思ったこともある。
だけど、それは是清さん探しをしていたからと思うと理解できた。『是清さんと結婚したい、彼とじゃないならしたくない』……なるほど。
欠けていたのは「是清さん」であり、「もう一人の自分」なのだと。
思い出せない相手を探すって……想像すると途方に暮れた。
この声の主が本当に『前世のわたし』かなんて証拠もないが、それでも伝えたい衝動にかられた。
(ぎゅううううううう――…)
ありったけの強さで枕を抱きしめた。
枕を彼女に見立て……
「あなたは……悪くない」
いや、悪いのは分かってる。
それでも、
それでもだ。
わたしくらい、わたしの味方でいてやれないでどうする。世間の誰もがそれを良しとしなくても、わたしも思ってなくても……わたしくらいは分かってあげたっていいじゃないか。
「あなたは……もう悪くない」
十分に反省して、十分すぎるほど悲しんで苦しんで、はき違えて、もがいて、今ここに立ってる。
ふり返れば、前世を許してあげられないほど、現世は正しかっただろうか。
――間違っていなかったか?――
そう言われたら、ひとのこと言えないって気になる。
「よし、今日この時から、わたしはわたしの味方でいよう」そう心に決めて、枕ともう一度抱きあう。
抱きまくらの意味が変わっているが『わたしはあなたの絶対の味方だから』と心に念じると、見えない彼女と泣き合った。
流れる涙は
これまでより
いくぶんか温かい
幽霊でもいい
このひとを護りたい
ふわりとふしぎな感情が心に
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