第10話 戦争でいったひと。。

『いざ、鹿児島』 二日目


 鹿児島中央駅から枕先まくらさき行きの電車に乗る。扇風機が天井にぶら下がり、首をふる。なんともノスタルジックな車内だ。


 外を見れば、「この風景…是清さんも見ていたのかな」と少々おセンチメンタルな気もち。揺られること三時間、いざ枕先駅に到着すると、なんだか緊張した。


 観光案内所でタクシーの場所を聞くと「そこにいるよ」と案内された。


 スーパーの駐車場に、一台の白いタクシー。運転手は新聞を両手で広げていた。


 (コンコン)

 窓ガラスにノックする。


 新聞をバッと閉め、にんまりする六十代くらいのオジサン。おじぎをすると運転席の後ろのドアが開いた。


 座ると今度はわたしが、観光案内所でもらったパンフの地図をバッと広げた。


 「お願いします、まずこの神社に行きたいんですけど…」


 指し示した場所は、昨日ホテルで見どころ検索をしている時に、ミョ〜に気になってしまった神社だ。


「へぇ~、珍しいね、もっと有名なおっきな神社あるのに」

「あ〜…、はい、そうですよね。でも、ちょっとこの神社に行ってみたくて」


 運転手からすれば「変わった人」だろう。どうみても観光客が、観光ガイドにも載らない小さな神社へ、女ひとり、タクシーまで使って行こうってんだから。


 でも、気になって仕方がなかったのは確かだ。気のせいだろうが何だろうが、この曖昧な『勘』ってものは、行動でその真偽を確かめるしかなかった。



 神社へ着くと、正面にある本殿は簡素な造りで、まるで待合所のよう。そこに先客の女性が二名、座って談笑しているものだから、余計に待合所に見える。


 その横でペコッペコッ・パンッパンッ・ペコリと、二礼・二拍手・一礼を終えると、女性の一人が声をかけてきた。


「あら〜お若い方がエライわね。どちらから?」

「あ、東京からです」

「東京! ま〜ぁ、あなた、運が良かったわね。今ちょうど神様と交信できる先生がいらっしゃるのよ」


 そう言うと、彼女の談笑相手だった女性からニコリとされ、このひとがかと理解した。


 (あやしい……「神様と交信」「先生」……これだけで十分あやしい)

 

 先生と呼ばれている女性が立ち上がると、さきほどの女性から「話してごらんなさいよ」と促された。


 「ぁ…… ぇ……」


 ためらうわたし……。なのに、「伝えたいことがあるの? 今なら伝えてあげられるわよ?」と言われれば、ふみ込んでしまう自分がいた。


「あの……わたしにもよく分からないんですけど、これが前世の記憶なのか」


 突拍子もない切り出しにも「前世って、前世のあなたのこと?」と穏やかに返されれば、どこか安心した。


「前世の…わたしの彼は、特攻隊だったと思うんです」

「特攻隊って、知覧ちらんの?」

「いえ、鹿屋かのや。海軍だったから。……だと思うんですけど」

「あなたと彼は、結婚していたの?」

「いえ……。でも、そのつもりだったと思う」


 そう言うと、涙がボロボロ出てくる。


 自分の口から発せられる少女のような可憐なその声は、昨日の資料館のあの声と『』だ。


「あの、わたし、今なんで泣いているのか分からないです…」


 (↑これは三品佳穂です。)ややこしいが、自分でもこんな風に区別していた。


 声だけじゃない。話す内容もそうだ。


 さっきの会話でいえば、「いえ、鹿屋。海軍だったから」と断言するのは前世、「だと思うんですけど」と断定できないのが現世……そんな感じだ。


 なんとなく感じる、もう一人の自分。


 まさか、『前世のわたし』がわたしの中に…いる!?


(……いやいやいや、そんなアホな)


 そんなの信じられない。だけど、そうでなきゃ収まりがつかない――

 

 すると先生がその収まりをつけるように後押しする。


「あなた、まずは彼に謝らなくちゃね」


「あやまる? 何を…ですか?」


 (海軍特攻隊の矢上是清に謝ることがある……そんなの、前世でしかあり得ないじゃないか……)


 ところが、先生のこの言葉を聞いて、バツが悪くなったのか、以後、あの声の主が出てくることはなかった。




 その後、「隣の広場に、願い石と詫び石があるから、行っておいで」と促され、ひとり向かった。


『まずは彼に謝らなきゃね』


 あぁもハッキリ言われてしまった手前、[願い石]に飛びつくにも気が引けてしまい、[詫び石]の前にしゃがみ、手を触れた。


 「あの…、何を謝らなきゃいけないのかも分からなくて、すみません。もし…悪いことをしたのなら、ごめんなさい」


 ……こんな詫び方でいいんだろうか、と思うけれど、謝る理由がわからないのは本当なのだから、しかたない。


 しばらくして本殿のほうへ戻ると、先生と一緒にいた女性から「タクシーを待たせているのなら、もう行きなさい」と優しく声をかけられた。


 泣いたことが運転手のオジサンにはバレないように(もう目は赤いかぁ…)、せめて鼻水くらいはと、すすりまくった。



 *   *   *


 「次は、火の鳥日抱ひだき公園にお願いします」


 ――観光案内所ですすめられた公園だった。


 運転手のオジサンは、公園の手前まで来ると、この場所について語りはじめた。


「あの戦争でいった人はね、ここに来たくなるの」

「へぇ〜、そうなんですか」

「あの戦争で人ね」


(ん? なんの強調? 気のせいか…)


「あ…慰霊祭?…とかあるんですか?」

「う〜ん…。ここに集まりたくなるの」


 う〜ん…。微妙にかみ合ってない会話のやりとりに、首をかしげながら到着。


 この先の駐車場に停めてくるからと、促されるまま途中で降りる。わたしはそこから丘の上の広場へと向かった。


 丘を登ると、またもや先客二名。

 こんどは若い男性だ。


(今どき、こんな若い人がこういうとこに来るんだなぁ…しかも男二人で)


 自分のことを棚において「変わった人」認定をして見ていた。


 (ん? 笑ってる?)

 (わたしのこと…見てる?)


 首を傾け、中途半端な会釈する。


 先方も同様、当方をもの珍しく思っただけなのかもしれない。だけど、なんだろ…物言いたげにも見えた。


(どこかで会ったっけ? いやぁ、さすがにここ鹿児島で、それは……ないか)

 

 丘をくだる二人の男性。


 その姿が見えなくなったのを確認し、広場の先にある岸壁にむかう。


 眼下に広がる太平洋の海原をまえに、大きく息を吸い込んだ。



 ――敬礼――



 右手をひたいにやり、大海原の左から右へ、そして正面に敬礼をする。


 われながら不慣れな軍礼だ。


 それでもなぜかやりたくなった敬礼を終え、口をキュッと、後ろをふり返る。


「きゃっ」


(なんだ、びっくりしたぁ……)


 わたしの驚きに固まった顔―…


 それは運転手のオジサン。。。


(来るなら来るって言ってよぉ~…)


 一瞬の緊張が解けると、オジサンも同じくといった様子で、人の良さそうな満面の笑顔に変わった。


 記念碑と海をバックに、写真を撮ってくれると言う。


 あ、そっか。まぁ…こんなところへ女ひとり旅で来るやつが不憫に思えて、気でも遣ってくれたのだろうか、と思った。

 

 ぎこちない笑みとポーズで何枚か撮ってもらい(一度は[連写ボタン]というあるある付きで)、珍道中らしい一幕にほっこりしながら一緒に丘をくだった。


 灯籠が並ぶ階段をくだっていると、またもや談義が始まった。


「さっきも言ったけどね、戦争でひとはね、ここに集まるの」

「あ、えぇ、そうなんですね」

「集まるとね、今でも『隊長』って呼ばれるみたい。戦争いったひとにね」


 (さっきから、やたらそのフレーズ強調してくるなぁ…)


 だけど、こっちの方が気になった。


「隊長って……、特攻隊のですか?」


 うなづくオジサン。


「えぇっ!? 特攻隊の隊長でご存命の方なんて…いらっしゃるんですか!?」


 すごい!!と、目をかっぴらいて身を乗りだすわたしは、やはりどこか変わってる。


「今でも隊長って呼ばれるなんて、さぞかし人徳のあった方なんでしょうね♪」


 すると、ご満悦そうなオジサン。


「昔はね、一クラス五十人いてね。一学年は十クラスあったんだよ、学校はね」


「1クラス50人で10クラス…じゃ、500人!?」


「だから同期だとか言われても分からない時もある」


 (……ん? なんの話だ? だんだん話がズレてきたじゃないか)


 にしてもオジサン…六十代くらいでしょ? そりゃ今より子どもは多かったんだろうけど……そんなに――??



 *   *   *


 あっという間にタイムリミット。


 鹿児島中央駅から三時間かけてやってきたんだ。帰りも三時間かかる。


 となると、滞在時間は短い。


 年季の入った旧式の電車にゆられ、トンネルに入れば、暗闇を照らす車内灯のだいだいが、タイムスリップでもしたかのような空間を演出する。


 瞬間――、二枚の画像がフラッシュバック。


 『あの二人は 二人 !!』



 *   *   *


 本によれば、二回目の出撃は矢上是清中尉ちゅういの操縦する隊長機と直掩ちょくえん機、たったの二機の寂しい出撃だったという。


 資料館のパネルもあった。


『隊長機後方の和田さんと直掩機の岡村さん。二人は矢上隊長と運命を共にした』と。

 

(やっぱりそうだ、この顔!)


「早梅隊」命名式直後の集合写真……左から二番目・和田さん、一番右・岡村さん……


 見れば見るほど、公園ですれ違ったあの二人の顔とドンピシャだ。


(現代服だから気づかなかったんだ)


 正解を見つけ、血の気が引く。タクシー運転手がやけに言ってた、あのフレーズ。あれは―…


「戦争に行った」でも

「戦争に征った」でもない。


「戦争 った」……だっ!

 

 

 しかし、血の気が引くナゾ解きはさらなる本番に突入する。


 ・あのオジサンが言ってた「隊長」ってもしかして……自分のこと?


 ・いまだに「隊長と呼ぶ」のはもしかして……あの二人、和田さんと岡村さんのこと?


 (あぁっ!)


 芋づる式に思い出すオジサンの言葉――


 1学年500人……当時ならアリかも…


 これは推理か妄想か。加速する自分の仮説に身ぶるいがした。


 わたしは本日、[容姿そのまま・現代の若者風の幽霊]と[容姿も年齢も変えてきた幽霊]と、会釈を交わし、運転してもらい、写真を撮ってもらい、談義に花を咲かせていたのか―…


 これって、


 八咫烏の幽霊――?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る