第9話 いざ、鹿児島

『いざ、鹿児島』 一日目


 航空会社に勤めていて良かった。

 社員優待で思い立ったが吉日、飛行機で鹿児島に来ちゃうんだから……


 鹿児島中央駅に着くや、予約してあった駅近のホテルにチェックイン。部屋にピギーバッグを置いて、背負ったリュックそのままでバス停へかけ込む。



 ▶行き先は【鹿屋かのや基地前】


 いざ、鹿屋。


 着いたはいいが、感じない……。


 ここへ来たら何かを感じたり、思い出したりするのでは……と淡く抱いた期待も、早くもアワワ……もう弱気である。


(ん――…こりゃ、結局なんにも分からないで終わるかもなぁ……)


 基地内にある特攻資料館に入って、視聴エリアで当時のリアル映像をみても、ピンと来るものはない。


 ただの観光になるかもしれない…。


 ところが、最後の最後、それはやってきた。



 ▶足の先は【遺影/遺書の展示ブース】


 入って左、道なりに進んで左角――なんと「あの写真」を見つけた。



『あ…、いたっ!』


 自然と手がのびていた。


 是清さんの右ほほを、右手の甲で撫でるようにさする。

 そして次は左ほほに、右手の手のひらを当てるように触れた。


『……本当だったんだ……』



 これはわたしなんだろうか――?


 自分の行動なのに、自分じゃないような気がしてしまう。会ったこともない特攻隊の遺影にむかって、する行動ではないだろう。


 心の声もそうだ。

 少しどころの違和感じゃない……


 『あ、』って変じゃない? 写真なんだし「あった」じゃない?


 『本当だったんだ』に至っては今にも泣きそうな声だ。自分の声より高い声だし、か弱くて幼げな少女……乙女のような声だった。



 まるで再会を果たしたような自分をさておき、先にすすむと今度は、長くつづくショーケースの真ん中で立ち止まる。


 ショーケースの中には、本にもあった[早梅隊の命名式直後の集合写真]が展示されていた。大きく引き伸ばされた写真は、本でみるより表情がよくわかった。


 すると右手は、わたしの口を押さえた。そして、さっきより悲痛な声をあげる。


『どうしてこんな悲しい顔…… こんな顔…見たことない…… 笑っていったんじゃ…なかったの??』


 つたう涙は勝手に流れていた。

 ボタっと…透明なケースに涙が落ちて、視界がにごる。


 慌てて拭こうとするわたしは「いつものわたし」だが、この高ぶる感情の持ち主を理解できないでいた。写真の彼に目を向けてしまうと、内側からこみ上げる感情と涙をおさえることができない。


 仕方なく、写真ではなくパネルの説明を見て、気を取り直そうと試みた。


 パネルにある『二人は矢上隊長と運命を共にした』の文字を読み上げては、自分の声で(そっかぁ、この二人がさいごに一緒にいた人たちなんだぁ)と感想を述べた。

 

 左にふと目をやると、今度はわたしが、その驚きで目が開いた。



 ▶目線の先は【遺書】


 神風特別攻撃隊・早梅隊の矢上是清中尉ちゅういが両親に宛てた手紙


 上段には[直筆の遺書]、下段にはPCで打たれた[読み下し文]――本には載っていなかった是清さんの遺書だ。


 目に入ってきた撮影禁止のマーク。

 いつもならそれを守る性分だ。


 だけど、涙があふれすぎて、どうにも読むことができない。この涙はおさまりそうもない。読めないし、またケースに涙が落ちてしまう……そう思ってあきらめた。


(でも読みたい……あなたの言葉は一語一句、漏らさずに知りたい)


「ごめんなさい。他のかたや他のものは映さないから、ここだけ撮らせてください」


 小声でそう言うと、スマホのカメラを向けた。



 *   *   *


 その日の晩はホテルのベッドでぐっすり……

 寝れたらよかったが、また変な夢をみることに――


 *   *   *



「しっかし、よく考えたもんだよな」

「まったくだ、戦争おっぱじめて、カラスをおびき寄せるなんてさ」

「知力も体力も胆力も優れた、カラス様のおでましだ」

「兵学校で優秀な成績をおさめるヤツなんざ、八咫烏の武人連中だろうよ」

「それはそれはお国を守るため、命も惜しまぬ、ご立派なかがみだこと」


 ぶあっはっは、と笑う様は、時代劇の悪代官そのものだ。


「しっかし、あのウワサ……本当かな」

「あぁ? あぁ、自死すると来世は『ただの人間』にしか転生できぬってあれか」

「そのためにやるんだろ? 神風特別攻撃隊ってのはよ」

「神風ねぇ……けっ、とんだ笑い種だ。突っ込んで死んでもらうだけなのによ」


 男はタバコを戦闘機に見立て、紙ひこうきを飛ばすように地面に殴り捨てた。


「”お国のため”と募れば釣れる、いいカモだ。拒もうものなら、お国のために死ねぬのかーっ!と罵しりゃ、誇り高きカラスさんは命を惜しまず死にいってくれるだろうよ」


 そこへ先輩らしき男がやって来た。


「おいっ、声が大きいぞ、気をつけろ。やつらだって人間の姿で紛れてるんだからな」

「はいはい、わかってますよ。一匹つかまえれば、芋づる式に配置図がみえてきますからね」

「ふん、それまで楽しみはとっておけ」


 ニヤリ、ニタリ、と笑う様は「おぬしも悪よのぅ」そのものだ。


「にしても、あのK部隊ってのは愉快だな。ただでさえ超難関の兵学校を、主席レベルで卒業したやつらの集まりだ」

「本人らは鼻高々だろうよ、精鋭機動部隊とか言われてな」

「K部隊のKは、カラスのKか?」


 ぎゃっはっは、と笑いながら、男たちは口をそろえる。


「その鼻もくちばしも、ポキンとへし折ってやろうぞ――」


 一人が時計をみる。


「そろそろ、だぁ~れもいない洋上の偵察から戻ってくる頃だろ」

「”嘘も方便”てやつさ」

「嘘だなんて人聞きの悪い。ただの”誤報”ですよ。敵機発見!…な~んてさ♪」


 ペッとタバコを床に落とすと、乱暴にグリグリと踏みつける。


 それを最後に、ゾロゾロと解散する軍人の姿――


 


(ん……? これ……また夢か)


 戦時中……


 これ……


 是清さんが見ていた映像……?



 *   *   *


 夢はそこまでだった。


 快適なベッドで、不快な夢をみたものだ。だけど、これはさすがに……歴代玉依姫からの「記憶の継承」ではないだろう。

 

 どうみても軍人のいる軍事基地。

 

 それに、夢でつぶやいた『これ、是清さんが見ていた映像?』のひとり言。



 だとしたら……


 ”この男たちが冥魔界の成りすましだ”と言いたいんだろうか――?



 胸くそが悪いって言葉を使ったことはなかったが、今がそれなんじゃないかと思った。夢とはいえ、胸くそで胸やけ……しかし、げんなりしてるヒマもない。


 二日目をむかえた今日は、是清さんが生まれ育った場所へ行くのだから――



 ▶想いの先は【枕先まくらさき】 


  はやる気もち――…いざ、3倍速(▶▶▶)

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