第7話 追憶のいざない
双荒山から急いで東京へ帰ってきた。
理由は二つある。
いずれもチビリ体験が原因だ……。
ふたりと別れたあと、来た道を戻ってきたが、後ろをふり返れば行きに見た[瀬尾神社↑]の立て札が消えている。
それどころか入口には柵が張られ、[関係者以外立ち入り禁止]の看板がぶら下がっていた。
たった今、行って帰ってきた道だというのに、どういうことだ。……まさか、関係者だから入れた、とでも言いたいのか――
そしてもう一つ。
ジロジロ見る目になんども遭遇する。こちらに良からぬ感情を抱いていそうな目もチラホラ…リ。
(そんなの気のせい、気にしすぎ♪)で済ますには、やけに視線が鋭い。……もしや、これが成りすまし冥魔界人なのか――
帰ってすぐに姉に報告したかった。
……が、こういう時にいないのが、みみっ瑞穂!である。
仕方なく、ひとりベッドに寄りかかりながら、頭の整理をする。
(わたしが玉依姫ねぇ……)
霊感はゼロ、むしろビビリ。幼い頃、父に連れられて行ったお化け屋敷で、入口の柳がふれただけで大泣きして逃げたっけ。
この超ビビりが玉依姫?
前世って言ったって…いつの時代? どこの国? ちらりとも浮かばない。
それでも『今わたしができること』と言ったら…玉依姫がナニモノか…本を読み返して手がかりを探すしかない。
真帆は『歴代の玉依姫に起こったできごと』を、寝ている時に『夢』という形でみていた。断片的ではあるけれど、それはおそらく……その時の玉依姫にとって印象的なシーン。
まるで映画のワンシーンのように、真帆は夢の中でその映像をながめていた。
――「記憶の継承」――
わたしの場合は……この本??
結局、ウダウダ考えても分からずじまい。旅の疲れもあいまってウトウト……にじり上がるようにベットの上にたどり着くと、そのまま爆睡してしまった。
明け方になって、目が覚めた。
猛烈な…喉の渇き…
焼けるように…奥が熱い…
『ゔ…ぅ…』 声が…でない…
思わず喉元に手をやる。これまで味わったことのない焼けた感覚に、たまらず起き上がり、水を飲みに行く。
コップ一杯の水で消火作業。おそるおそる
というより、むしろ、なんにもない。
……なんだったんだろう……。
……あっ…
思い当たる節をみつけた瞬間、それが『当たり』でないことを願った。
『これは――…
真帆だ……』
* * *
本に書いてあった。
一度、山神の許可をとって人間界に戻った時のことだ。
真帆を差し出した村の親戚たちが「ゴクが勝手に帰ってきやがった! このままじゃオレたちも村も祟られるぞ!」と身勝手な勘違いをした。……なんということか、そのあと真帆を殴って気を失わせ、縄にしばって池にしずめた。
みずからの罪から逃れようと――…
ところがこの時、真帆には内緒だったが、じつは山神の許可をとって和穂も烏の姿になって人間界についてきていた。おかげで、その一部始終をみていた。
ちなみに当時はまだ、人間に転身できたのは
予想もしない光景を目にした和穂は、すぐに神域にもどり、金烏の若宮に助けを求めた。それを聞いた山神は、怒り上がり、その怒りで龍の姿となって村の上空に現れた。
天変地異のごとき雷雲、雷鳴、稲光――
真帆に手をかけた親戚の男を見つけるや、烈火のごとく殺そうとした。
一方、知らせを聞いて村へかけつけた金烏の若宮は、真帆を池から救い出し、おかげで間一髪のところで命は助かっていた。
怒りにまかせ乱心する荒々しい龍の姿を見た真帆は、それが
(早梅、殺してはダメ……)
それでも、怒り狂う山神から放たれた雷の勢いは止められず、真帆に直撃してしまう。
……以前なら、即死だっただろう。
しかし、かつては荒神と恐れられた山神も、自身を早梅と呼び、愛してくれた真帆の顔が一瞬、浮かんだ。勢いこそ止められはしなかったが、致命傷まで追わせる雷を発動させなかったのだという。
おかげで真帆は命をとりとめた。
とはいえ、山神の雷を直撃したとなれば、瀕死の重症だ。
このとき真帆は、喉の奥まで大やけどを負っていた。
山神はこの事件のあと、これまでの自分のふるまいや、怒りの感情に任せたおこないを心底反省した。そして、愛する人のために荒神である自分が消えることを、和神の前で承諾する。
その後、早梅はたしかに和神に消されたが、それは消滅ではなく、和合神として統合されたことを意味したのだった――
* * *
(あぁ、この場面を体験したのか)
喉が焼き切るような熱さと痛みは、先代玉依姫、真帆の記憶だ。夢と現実のはざまで同じ感覚を味わうことで、わたしは追体験している。
だとすると……これが玉依姫に起こる「記憶の継承」なのか――
(なぜ……真帆と同じように夢の中だけにしてくれないのだ……)
と、ダダをこねたい……。
ものごとは動き出したら止まらない、そんな時ってある。
あくる日の晩――、こんどは首を絞められる感覚がして起きた。
「う……っ」「ゔぅっ」「ゲホっ」「ゲホッ」
息ができずにむせ返り、たまらず目が覚めた、と言うほうが正確だ。
(悪霊? もしや、クロハトカゲのしわざ?)
……一瞬、頭をよぎるが、なんとなく違う気がした。
勘といえば勘だが……首を絞められた感覚はハッキリあるのに、恐怖心がまるで湧かない。(ビビリなのに)
首を絞めたのは「憎悪」というよりは「何か」を訴えたくてしているような……?
――しかし妙だ。
どれだけ読み返しても、本にこの場面はない。……となると、真帆の記憶でない?
(だとしたら、誰……? 誰だ~……っ、お~い)
状況に合わない”おふざけ”はここまでだった。
「あ、 ……もしかして、前…世??」
心がムショーにかき立てられた。
「ぁ、ぁ、あ、もしかしてッ」
はやる気持ちを抑えながら、ゴソゴソとテレビ台の下の棚をかき分ける。
「あった……」
ひっぱり出したのは、一冊の本。
本好きではない人間が持つには、マニアックな本。
昔からなぜか、第二次世界大戦、中でもとりわけ特攻隊に興味をひかれた。彼らが何を考え、どんな風な生活をしていたか、知りたい気持ちが強かった。
中学の時、TVドラマで、この前まで会っていた想い人が「戦死した」と聞いて、泣き崩れる女性のシーンがあった。その役の女優よりも号泣し、顔がぐしゃぐしゃになってしまい、部屋にやってきた母親に本気で心配されたこともある。
(もしかして……「ここ」なのか)
ひっぱり出した本は、社会人になってから買った本。とくに深く考えず、なんとなく買った気がするが、他から見えばなんとなくで買うような本ではないだろう。
イマドキの女性が
読書家でもないくせに
特攻隊の本をネットで買うなんて
でもこれが、『前世』に関係しているなら、とたんに「だからか……」と合点がいく。
* * *
『――この人だ!』
めくる手は「あのページ」を探していた。
一度しか読んでないのに、色濃く記憶に残っているのは「あの人」だけだ。
白黒なのに、その人の写真だけは光って見えた。それは今でも覚えている。
「なんでこの人、こんなに笑っていられたんだろうな」
そう思ったのも覚えている。まぶしすぎる優しい笑顔と、「特攻」という過酷な任務が、どうにも結びつかなかった。
【
あった、みつけた♪ と浮足立ったのは一瞬だった。
▶彼は神風特別攻撃隊、「
(早梅といえば山神、紫苑といえば和穂ではないか)
▶最初はK部隊に所属していて、護衛警備を任とする精鋭機動部隊だった。
(澄矢の任務とかぶるではないかっ)
「ようやくその本にたどり着いたか!」
「うわぁ、瑞穂! びっくりさせないでよ、もうっ」
(みみっ瑞穂!という間もなかったじゃん……って……ん?? 瑞穂、やけにうれしそう?)
「冥魔界は、もうとっくに侵入してたよ、この時」
「えっ?」
「あてつけのように『早梅隊』やら『紫苑隊』やら命名してきたよ」
「えっ!?」
「……『お前の素性は知ってるぞ』って言いたいってことでしょ」
「瑞穂……見てきたように言うね……」
「まぁ……ね」
どっしりと目の前に腰かける瑞穂。
「瑞穂は澄矢」とは聞いていたけれど、この展開……もしや?
ところが、それよりも…と言わんばかりに、『その先』の話をしてきた。
「山神殺しの事件の後、あの二人がいきなり天上界に移ったわけじゃない」
そう言うと、その後の八咫烏になにが起こったのかを教えてくれた。
* * *
前代未聞の、神使いによる神殺し。
神なき神域は、存続できない。
神なき神使いは、存続できない。
神を失い、神域を失った山に、神使いは存続できなくなった。萬鳩は消えたが、八咫烏も外界に出ざるを得なくなった。
結界のほころびに堪えられずに、放出された場所――それが大東亜戦争……第二次世界大戦がおこる時代の日本だった。
八咫烏は、このとき『人間転生』したのだという――…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます