第6話 きみ次第という名の抗えぬ運命

『彼女は、三か月後、息を引き取った――』


 世話役をしていた和穂だったが、何かできる状態ではなかった。


 三か月のあいだに彼女の声をきいたのは、たったの二回。


早梅はやめ」と山神をよぶ寝言の声、そして、「ありがとう」と礼をいう最期の声――



 *   *   *


「今はもう…神も玉依姫もいない……てことですか」


 それ以外ないだろうに、確認してしまった。

 

 ところが、意外な答えが返ってきた。


「いや、それがそうでもない」


 ちょっと奥まで来てくれるか、と言われ、澄矢の後についていく。


「これ、何だか分かるか」

「…宝…石?」

「王の赤玉石あかぎょくせき、王妃の青玉石あおぎょくせき、和合の紫玉石しぎょくせきの三ツ石だ。宝石みたいだろ?」

「ホント…宝石みたい。あっ、玉って御魂みたまをあらわしているんですよね?」

「おっ、いいね。ちゃんと学習してきたか」


 そう言われ、まんざらでもなくいると、今度は真っ黒の楕円形の板を見せてきた。


「これが萬鳩よろずばとが管理していた鏡だ」

「かがみ!?」

「……の、変わり果てた姿がこれだ」


  では…、と澄矢は質問を続ける。


「こっちの三ツ石、この並びを見て、何か感じない? 何かの形に似てない?」

「ん? ん〜?」


「きみの名は?」

「佳穂」


「いや、苗字のほう」

「三品? あ、あぁ……っ! 品!! 三品の品?!」


「そういうこと」


(どゆこと??……)


 そりゃたしかに、上から見るとツ石は[]に見えるけど……


「きみがこの役目を担うのは、運命だ。人生には抗えるものと抗えないものがある、これは後者だ」


 (イヤな予感が、とってもする……まさか)


「そのさ、玉依姫」


 そうわたしを呼んだ男を「もうっ!」とこづく女性、和穂がいた。


「もう少し丁寧に話しなさいよ。このひとね、本当に女子おなごの気もちに疎いのよ」


 それでね、と切り出す彼女は、話の主導権を手にしていた。


「三ツ石が今も色づき輝いているということは、御魂みたま――そうわたくしたちは信じているの。たとえそれが、わたくしたちの知る姿ではないとしても…」

 

 ……ものすごい目ヂカラで伝えてくる。


「ま、神ってくらいだからそう簡単に死ぬわけないか、って感じもするけどな」


 あっけらかんとした澄矢の言葉に、(まぁ、たしかに…)と心のなかで同感する。


 キラキラと輝く三ツ石と、真っ黒になった鏡――対照的な両者が、互いになにかを訴えているようにも見えてくる。語らずとも威厳があり、無音ながら威風を感じる……


「さてとっ! あまり時間もないから、屋敷にもどろうか」

 

 澄矢は手際よくそれらを神棚にもどし、観音扉をしめた。



 *   *   *


 零神殿れいしんでんのある神域を後にし、澄矢と和穂のあとについて、来た道をもどる。


 王輪殿おうりんでんをぬけ、西殿さいでんまでの道のり――本にはない衝撃の事実を聞かされ、今ここも夢なんじゃないかと思えてくる。


 *   *   *


 西殿に着くや、中庭が見える座敷に通される。


「疲れたでしょう、楽になさって」


 和穂はお茶と一緒にお茶菓子を出してくれた。澄矢はあぐらをかき、出されたお茶をすする。


 体勢は楽にできても、置かれた状況が楽じゃない。甘いものでも口に入れないと、もう頭がもげそうだ……


 澄矢は思い出し笑いなのか、くっくと笑う。


 (何がそんなに面白いんだ)


 そう思いながら、みずから本題に入る。


「あの、それでなんでわたしが、玉依姫になるんですか?」


 神の母で妻である人間が巫女、それが玉依姫、そこまで分かる。……だけど『それがわたし』となると、一ミリも理解できない。


 宇宙会議の時からそこはブレていない……ブレない女がここにいる。



「おかあさぁ~ん♪」



 中庭のほうから聞こえたのは五歳くらいの男の子の声。ままごとをしていたのか、のぞいてみれば男の子と女の子が向かい合っている。

 

 座敷のほうを向く男の子はこちらに手をふっているが、座敷を背にしている女の子のほうはワレ関せずで、目の前のことに全集中チュー…。この時ばかりは、どの世界も同じなんだなと、癒しの時間が流れる。


「あっ、てことはおふたり、結婚されてるんですか」


「そうよ? あの子たちは、わたくしたちの子です」


 (へぇ〜…、本にはそんなこと書いてなかったもんな~。そっか、そっかぁ、うまく行ったんだぁ~♡澄矢の恋♡)


 ニヤケるわたし。


 すると和穂が「ンフっ」と吹き出し、澄矢が「ンンっ」と咳払いをした。


「あ〜…すまん、オレらは心の中が読める。ホントすまん! さっきから…全部みえてる」


「…………え――――――っ!!!!」


 いきなり鳩尾みぞおちにパンチを喰らう。衝撃すぎる告白に、ずっとパンツでも見られていたかのような恥ずかしさが舞う。


 (見ないで――――っ!!)


「見えてしまうものは仕方がない……そう思って諦めてくれ」


 なぐさめにもならない澄矢の言葉。


「冥魔界のクロハトカゲも見えるんだと思っておいた方がいいわ」


 余計にイヤだと思わせる和穂の言葉。


 (そういやわたし、クロハトカゲに追われているんだった……)


 イヤなことを思い出したところで澄矢が話をもどす。


「えぇとなんだ、質問は……わたしがなんで玉依姫かって話だったな」

「……はい……」

「それは、きみ次第だ」

(は?)

「やるかやらないかは、きみが決めることだ。だから…きみ次第」


 (さっき散々、役目だとか運命とか、抗えないとか言ってたじゃん)


  あ、読まれるのに思ってもーた。。


「もうっ、あなたはいつも言葉が足りないのよ」

「べつに……オレは先に結論を言っただけだよ」


(痴話げんかを聞いている場合ではない)


「佳穂には最初に話したわね。わたくしがあなたで、澄矢が瑞穂だって」


「あ…、はい」


「オレらも後になって知ったんだけど、オレらの世界と、きみたち人間界と、神の世界ってのは、つながってるんだ」


「わたくしも最初はにわかに信じられなかったけど、影響し合っている存在だっていうのよ」


「人間界と決定的にちがうのは、時間軸なんだ。オレらや神の世界、異次元の異界ってのは、人間のような直線的な時間軸をもってない。時間の概念がちがうんだ」


「…………」


「……わりぃ。こりゃ、頭がウニだな」


「そうね、説明がむずかしいのだけど、過去だったり、未来だったり、それが同時に存在しているのよ」


「――――」


 脳波一旦停止。完全にキャパオーバーなわたしを見て「そりゃそうだよな」と澄矢はガシガシと頭をかく。


「むずかしい話はさておき、単刀直入に言うわね? わたしくたちは、あなたが探している七賢人の内の二人です」

 

 口があんぐりする。あんぐり中のあんぐり。トップオブあんぐりだ。


 ルミエールから「七賢人はきみたちだ」と名指しされ、今度は「わたしたちが七賢人よ」と名乗り出られる。


 (想像していた七賢人さがしの冒険イメージとずいぶん異なるじゃないか…)


「わたしたちの『今』は、言うなれば、あなたの『未来』のようなものなの」


(わからんっちゅーに)


「現在・過去・未来が今、同時に存在している。現在はあなた、未来はわたくし、ならば過去は?」


「……え? 誰……?」


 (また新たな人物が登場するのか?)


「それをあなたが思い出すのよ! 現在は人間界のあなた、未来は天上界のわたくし、過去は…」


「えっ…、天上界!?」


「えぇ、ここはあの事件以来、天上界として存在しています。正確には鏡界きょうかいですが…」


「ちょっと待って……わたし、瀬尾神社から神域を通ってきて…」

  

  (え、そういうこと?)

  あの鳥居の突風って……

  衝撃をうけ入れる吸収力だけは健やかに高まっている自分がこわい。


「え…っと…、あとその過去のわたしって…前世とかそういうこと? 人間界の過去ってことですか? それとも…」


「人間でもあり…」


 そう言いかけると澄矢が制止する。


「そこは瑞穂に任せたほうがいいんじゃないか?」

「…そう…ね、そのほうがいいわね」

「基本、天上界の存在は人間界に介入しない…しちゃいけないってことになってる」


 いきなり線引きされ、ムムっとシュンとするわたしに澄矢がつけ加える。


「じゃあなんでわたしが玉依姫にって思うかもしれないが、聞いたろ? 三千年至福王国の国王の話……。その国王ってのが、消えた山神にも関係しているかもしれなくてね…そのナゾを解くには、結局、人間の巫女さんの力が必要になるんだ」


 お、お、重っ!!

 責任、おも――っ!!!!


「……あのぅ、もしわたしがこと……あ、いえ…それで前世を思い出せなかったら……そしたらどうなるんですか?」


 『別の人間がなっちゃいけないのか』

 一度うしろ向きに問いたくなった。


 すると、さっきの男の子の声。


「おかぁさぁぁん、こっち来てぇぇ」

 

 よばれたのは和穂だ。


「ここは『今のわたし』が描く未来ですから。過去も未来も『今』のあなたが変えられるのです。裏を返せば、今が歪めば、過去も未来もまた、歪むことになります」


 いきなり哲学のような説明に、どう質問すればよいかも分からない。


「時間がないのです、年内に明け渡すことになっている」

「年内?? 明け渡すって何を誰に…」

「それは…言えません」

「でもっ、ここが『未来』なら、未来は幸せに暮らしてるってことですよね?」

 

 そうだって言ってほしい。

 だから大丈夫だって――…


「わたくしは…わたくしを信じています。あなたならきっと…この意味がわかる時が来ます」


 彼女はきゅっと唇を噛んだ。


 気丈さと悲しさを含んだ顔で、子どもたちのいるほうへ目をやると、彼女の後ろをポンっポンっと優しく二回、澄矢はなぐめるように手をやった。


「さてと」


 パンっ!と自分のひざをたたき、立ちあがる澄矢。


「オレらが今できることはここまでだ。さっきも言ったが、これは本当にきみ次第なんだ。脅しじゃないし、『脅されたからやった』じゃダメだ。自分から行く。きみならきっと、その意味がわかるさ。もっと自分を信じなさい」



 『自分から行かなきゃいけない』


 『もっと自分を信じなさい』


 

 どっかで聞いた言葉だなと思った。

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