第5話 事件は会議室で起きてるんじゃない
「あれは、神事を執り行う日だった」
神事には、八咫烏の長・
そして神域には『
「それって、三種の神器??」
尋ねれば「まぁ、そんなところだな」と澄矢。そして話を続ける。
ふだんの神域は、山神の世話役である萬鳩のほうが多かった。寝床も神域にあったしな。それに比べ、警備が任務の八咫烏は、神域の外堀にいるほうが多かった。
「なるほど……」
ただ、神域には入れても、その奥宮である神殿となると話は別だ。神事に関わるごく限られた者しか入れない。
その日、中に入っていたのは金烏と護衛筆頭、そいつの指導役でオレ、の三人。萬鳩のほうも金鳩と、実質の世話役の長で金鳩の后・
これに山神と玉依姫を入れて計八人。
澄矢の説明に、頭フル回転になるわたし。見かねて澄矢が切り出す。
「せっかくだ、神域の奥宮に行ってみようか」
「え……、いいんですか?」
「自分の目で見て、感じ取ったほうがいい……今後のためにも」
意味深な言葉が気になるが、好奇心も湧いていた。
ところが、奥宮と呼ばれる神殿に着くと、まるで殺風景。想像していたものとかけ離れていた。
(さっきの王輪殿と同じだ……ここも寂しい感じがする)
「萬鳩の方たちはいないんですか?」
「……あぁ。それは、
「れいしんでん?」
「ゼロ戦の零といったら分かる? 零と神殿で零神殿。神域の奥宮のことだ」
「じゃぁ、さっきの神事はここで?」
「そ! ここでさっき言った神事が執り行われていた」
それでだ、と澄矢はさらに奥まで進む。そして話もまた奥へと突き進む。
「三種の神器のうち、剣は八咫烏の金烏が運ぶが、この剣は別名『王者の剣』と言って、山神しか抜けない」
「山神だけ??」
「で、その剣は、敵と見なされた者の命を確実に奪うとされていた」
「敵……いのち…?」
「やつらはそれを狙っていたんだ」
狙うって何を……そう思った瞬間、ヒヤッと悪寒がした。
* * *
神事が進む。
金烏から山神へ、剣が手渡る。
山神は金鳩がおさめた鏡の前に立つ。
山神が剣を抜く。
玉依姫が
金鳩は
山神は新たな神気を剣に降ろすために舞い、その後、また玉依姫から鞘を受け取り、剣をおさめる。
この、剣をおさめる瞬間は、祝詞をあげる金鳩以外は、最敬礼に伏す。金烏もその護衛につく者もみな例外なく、額を床につける。
「萬鳩の長は、最初っからそこを狙ってたんだろうな」
その時の映像を仰ぎ見るように回想する澄矢は、ため息まじりに吐き捨てた。
鞘におさめかけた剣を山神から奪い、そのまま首をはねた。
山神の首は、玉依姫の足元へ転がっていったのだという。
「任務は世話役と言っても、萬鳩を束ねる一族の長だからな、金鳩は。その動きは俊敏だったよ。ありゃ、何度も綿密に想定した訓練をしていたんじゃないか――」
いかにも護衛筆頭だった武人らしい視点と冷静な分析だ。凡人のわたしは、動揺を隠せない。
「それってつまり…神の使いが、神を殺した…ってこと!!??」
うなづく澄矢。
「奴にとっては山神が敵だったってことだろうな。確実に命を奪いたいくらい」
「…………」
「すぐに金烏が剣を押さえ、オレは金鳩の首を斬った」
そう言うと、澄矢は神殿の真ん中、すこし左側に立った。そこで身体を右に向け、当時の状況を再現した。
「それで……その後どうなったんですか」
「それが……オレにもよく分からん」
カラリと返され、拍子抜けする。
金鳩が山神を斬ったのも、
若宮が剣を押さえたのも、
オレが金鳩を斬ったのも、
一寸の差、ほぼ同時刻だ。
直後、いきなり目の前に嵐が吹き荒れ、目が開けられなくなった。
雷鳴と地鳴りが全身に響いた。
やっと目を開けられたと思ったら、こんどは身体が宙に浮かぶ感覚……「地面はこんなに簡単に持ち上がるのか」と思ったくらい、神殿ごと、いや大地ごと、浮き上がった。
神殿が真っ二つに割れ、右側にいる鳩のほうに目をやったが、最後は閃光が走って、気づいたらこうだ――。
(え……?)
両手を広げる澄矢。
その意図がつかめず困惑する。
「割れて…ない……てことですか?」
「いや……割れていたのは見た。というか、実際にそうだったんだ、あの時は」
「え、なに、それ……なのに元通りになってたってこと!? あ…、っていうことですか?」
「神殿は、な」
山神の首も身体もなかった。
鳩のほうは金鳩はおろか、神殿にいた鳩も、神域の鳩もいなくなっていた。
さらに奇妙なのは――と、澄矢の口調がいっそう重くなる。
「あとで若宮に聞いた話なんだが、オレが斬るまえに金鳩は死んでいたらしい」
「え、斬る前に!?」
「金鳩は死後硬直みたいに固くなっていた。なのに、剣を握る手はゆがみ出すし、壊死までし始めたんだとさ。奇妙というより、不気味そのものだったって――」
あの若宮がそこまで不気味がるんだから相当さ、と澄矢は自分の気を取り戻すように乾いた笑いをした。
「あの、それは、神を殺したから?」
「それしか考えられない」
「……ちなみに、女山に鳩は…」
「いない。もぬけの殻だ。神域から女山に通ずる道も絶たれている。しばらく周辺の捜索はしたんだが、痕跡すらない。神殺しの大罪で一族ごと消されたのかもな……」
すごいあっさり言う……。
「神が……消したってことですか?」
「さぁな。でも、じゃあ他に誰がこんなことできる?」
「……たしかに」
ま、こう言っちゃなんだが、と澄矢は続ける。
「山神が分離した荒神だった頃は、オレも化け物じゃないかと思ってた。実際、荒神の逆鱗にふれると放たれる雷みたいな閃光があって、若宮をかばった時は、もろにくらって死にかけたしな――」
そう言うと澄矢は、おもむろに着物をたくし上げ、左腕と左脚の義手義足を外してみせた。
今でも残る、壊死しかけた跡が生々しい。
(そういえば、本に書いてあった)
彼は、もとの顔が判別できないくらい重度のやけどを負い、生死の境をさまよった。左腕のひじから先は、衝撃で吹き飛ばされ、すでに失われていた。左脚のひざから下は治療の甲斐なく、壊死が進むのでやむなく切断された。
護衛筆頭の任を辞せざるを得なかったのは――この時だった。
ところが、その後、玉依姫が発動させた神力で、驚異的に快復したのだと――
「そのとおり」
にこっと笑う澄矢の顔からは、さっきまでの武人らしい鋭さが消えていた。
澄矢に瀕死のケガを負わせたのは、山神である。それでも和穂は、澄矢の命を救ってもらえたことに並々ならぬ恩義を感じていた。正確にいえば、玉依姫に、だが――
そんな折「ならば、」と山神から玉依姫の世話を頼まれたのだという。
「……お世話と言っても、あれは山神様の愛情ですわ」
今度は和穂が当時のことを語り出す。
「同じ年端の女が近くにいれば、真帆殿も遠慮なく頼み事もできようと、さしずめ、気楽な話し相手を見つけてやりたかったのだと思うわ」
「真帆殿って玉依姫のことですよね? 山神に『
「えぇ、そうよ。真帆殿から『早梅』と呼ばれる時は、子どものように嬉しそうにしていたもの」
わたくしも最初は大猿のような化け物だと聞いていましたけど…と言いながらも、澄矢とは異なり、親しい者のことを話す口ぶりだ。
「和穂はその真帆っていう玉依姫と仲が良かったんですか?」
「う〜ん…あの時は人間の言葉は分からなかったから"仲良く"とは違うけれど、そうね…悪くはなかったわ」
「あ、そか。言葉は通じてなかったんでしたね」
「えぇ。最初は『人間』と聞いてどんなものかと思っていましたけど、たった一人でこんな山奥の神域へ来て、神の妻で母だなんて…世の中には大変なお役目もあるものだと思っておりました」
『人間』と区別する言葉をきいて我に返った。目の前にいる彼らは、人間の姿をしているけれど『八咫烏』なのだと――…
「あのぅ…なんで今はふつうに話ができるんですか?」
「覚えたのです。外界の言葉を」
外界……。
この人たちにとって、人間は外界の存在なんだと、改めて気づかされる。
「玉依姫って『人間』なんですもんね」
「そう。人間であり、神の母であり、妻でもある巫女、これが玉依姫です」
(かの宇宙会議でも聞きました)
「あの、その真帆殿はその後どうなったんですか?」
「…………」
急に表情が暗くなってしまった和穂を見て、その先を聞くのが怖くなった。
「そりゃ、さっきまで隣にいた山神の首が目の前に飛んでくるんだ。挙げ句、跡形もなく消えちまったんだからなぁ……」
和穂の代わりに答えたのは澄矢だった。
視線を遠くにやり、それ以上形容する言葉が浮かばないでいる澄矢の顔を見ていると、その時の玉依姫の様子をむしろリアルに想像できた。
流れる沈黙に耐えきれず、口が開く。
「玉依姫と山神様はとても仲睦まじく、和合神になってからは、ことさら柔和な神になっていたと、…本には書いてあったのに…」
本で知るふたりの姿を切り出すも、最後はじぶんの語気も尻すぼみになる。
そんなわたしの想いを汲んだかのように、澄矢は口調をかえて話を進めた。
「あぁ、それは確かだ。だけど、『神の使いが神を殺す』ってのは前代未聞でね……さすがにオレらも、何がどうなってるのか、全容まではつかめないでいる」
「それで玉依姫は今……どちらへ?」
わたしは唇をきゅっと噛みしめた。
ふりしぼって聞いてはみたけれど、
(やはりそうか――…)
沈黙という名の静寂が、零神殿の中…しずかに鎮座した。
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