第4話 そうだ、双荒山へいこう

双荒山ふたあらやま】【八咫烏やたがらす】【萬鳩よろずばと


 双荒山に住む山神。

 神の使いである八咫烏と萬鳩。


 この世には、彼らが住む「異界」が存在していて、それは「人間界」にも通じているのだと……その本はすべてを見透かしているようだった。



 *   *   *


 「八咫烏」の住まいは男山、主な任務は神域の警護。対して「萬鳩」は女山、山神の世話役である。住まいも任務もすみ分けがなされ、同じ神の使いとはいえ、別々に暮らしていた。

 

 男山と女山の間にある神域は、山神が暮らす場所。ゆえに、入れる者は神の使いといえども、ごく限られていた。

 

 玉依姫に関する記述もあった。

 

 山神は和魂にぎみたま荒魂あらみたまに分離した時期が長らくあったが、時の玉依姫のおかげで御魂が統合し、元の和合神になった。

 

 ……とまぁ、ざっくりこんな話。


 時の玉依姫こと、人間の女性の名は――【真帆まほ

 この真帆が、山神につけた呼び名が――【早梅はやめ



 *   *   *


 姉の瑞穂は、こう切り出した。


「双荒山って今もあるでしょ?」

「…あ、うん」

「そこに瀬尾せお神社ってのがあって、人間はそこから神域に入れる」

「え、え、え?」

「七賢人のうち二人はそこにいる」

「ちょっ……な…んでそんなこと…」

「ルミエールに言われたから」

「…………」


 夢と現実の境目がこんなに曖昧になったことはない。もしやどっちも現実? 

 あわわわわ、これってもしや、パラレルワールドってやつですか……?


「行けばわかるよ」


 うわぁ〜、出たぁ~、今度は瑞穂の「



 でもまぁ……四の五の言っても結局は行かなきゃわからない訳だし……裏を返せば「行けばわかる」ってことなのかなぁ……


 四の五の語録(五六)を言っていたい気もするけど……するぅ〜…



 *   *   *


 『思い立ったが吉日』――サーと言ったらサーの家系に育ったわたくし、三品佳穂は、土曜がやって来るや、朝っぱらから電車を乗り継ぎ『いざ、双荒山!』


 双荒山神社はガイドブックに載るほどの観光地。しかし、瀬尾神社となると、まるで記載がない……。


 双荒山神社の社務所で聞くと、ここを下って右に道なりに進むと入口があると教えてくれた。珍獣でもみるような相手の目は、きっと気のせいではない。 


 (そんなに見つめられても、こっちも何がなんだか~なので……ポテ)


 そう伝えたくもなるが、お礼を言い、そそくさと社務所を後にした。



 *   *   *


 山の空気は澄んで美味しい。


 ……だけど、壮大な自然にひとり囲まれると怖くなる……。道はあるものの、山の奥地へと入り込んでいるのが分かるから、自然を前に畏れが湧いてくる。


(そういえば、わたし、ビビりなんだった……)


 鼻歌とひとり言でごまかし、ひたすら前を進んでいくと、ようやく瀬尾神社の石碑が見えた。


 階段を上がり、鳥居の前で一礼。


 一歩ふみ入れた瞬間――、


 ザッ、と下から突風が吹き、思わず目をつぶった。木の葉が舞い、自分の身体も上に持っていかれそうになる。


 フッ、と風がやみ、目を開けると、ひとりの女性が前に立っていた。


 「ぅわぁ…キレイ……」


 思わず感嘆してしまった。


 白銀か黄金か、これがオーラというものなのか…マンガのように光輝く長い髪が、ふわふわと舞うように浮く。

 

 光がおさまると、亜麻色に見えたその髪は、茶褐色の栗色で、艷やかな美しさにうっとりしてしまう。


 着物は黄とだいだい、暖色のやわらかな濃淡が重なり、花刺繍の美しさが際立つ。目鼻立ちのはっきりした大人の女性でありながら、どこか幼げも兼ね備えた美女。

 

 我ながら面食いであることは認める。今のわたしはまるで、一目惚れの雷に打たれた中学生男子のようだ。


 目の前の絶世の美女は、一瞬はにかんだ笑顔をみせ、コロコロと笑う。


「キレイって……ふふ、わたくしはあなたよ」


「――――」


「あなたなのですね……あなたのこと、お待ちしておりました」


「わたし……をですか??」


 すると今度は、男の声。


「神域に入れたってことは、だ」

 

 後方からやってきた人影。ストレートの黒髪、漆黒の色が美しい着物に紫のたすき。そして、イケメン。


 (あかん……ここでまた鼻タレ小僧になる訳にはいかない)


「あの、それはどうゆう……」  


「ご挨拶が先よね。わたくしは、和穂かずほ紫苑しおんでございます」


「あ……和穂!……の姫君様」


 クスっと笑い、カズホでいいわ、と優しく言われ、こちらもはにかむ。


「オレは澄矢すみやだ、よろしく」


「あ……あ、佳穂です。三品佳穂です。よろしくお願いします」



 この二人は、本に出てきた二人だった。八咫烏だから二羽? 本によれば、和穂は若宮の后候補だった姫君、澄矢は若宮の護衛筆頭だった武人。



「ここで立ち話しても仕方ありませんわね、さぁ、どうぞこちらへ」


  そう言われ、案内されるがまま中へと進んでいった。


 (なんだろ、前に一度来たことがあるような感覚がする)

 

 そんなはずはないのに、変な感じだ。さっきまで電車を乗り継いできた現実の世界は確かにあるのに、今は何か違う世界にいる。

  

 それでいて、どこか懐かしい。



 *   *   *


 本の内容はこうだった。

 

 八咫烏の住む男山は、東西南北、四つの領地に分かれている。それぞれ領地を統括する当主がいて、春夏秋冬になぞらえた宮家をもつ。 


 四つの当主宮家が住む場所は「中央」に集結しており、その奥宮にあたる場所に、八咫烏一族のおさである金烏きんうの宮が住む屋敷がある。


 ・風の東殿とうでん春宮家はるのみやけ

 ・火の南殿なんでん夏宮家なつのみやけ 

 ・水の西殿さいでん秋宮家あきのみやけ

 ・地の北殿ほくでん冬宮家ふゆのみやけ


 和穂は『水の西殿、秋宮家当主の娘』つまりは生粋のお姫様。

 そして次期金烏となる若宮の后候補だったお方――



 *   *   *


「あなたが読んだ本……こんな色ではございませんでしたか?」


 差し出された手の方には、屋敷の縁側のすだれ、そこにかかる薄衣の布――


「わぁ……そう、この何とも言えない淡く…濃淡の美しい紫…」


「その物言い……、そっくりだな」


 拍子抜けしたような澄矢のツッコミをさらりと交わし、和穂は続けた。


「これが、紫苑の色です」

「しおん……?」


 頭がお花畑になりかけたわたしを、グイと引き戻すように澄矢が割って入る。


「本を読んで、ここのことはおおよそ理解していると思うが」

「え……?」

「え? ここがの男山だってわかって来たんだろ?」

「え、」


  (この人たち本当に八咫烏なんだぁと、驚いたところです…けど?)


「あいつ、肝心なとこ言わないでどうする」

「もしかして…わたくしがあなたで、澄矢が瑞穂だということも聞いていないの?」

「……」(卒倒しそう)

「あいつ……はぁ……オレかぁ……」


 耳の裏をガシガシ掻く澄矢。


 そうだ……、てっきり瑞穂も一緒に来てくれるかと思ったら「今は遠慮しておく」とあっさり断られたんだ。「自分から行かなきゃいけない」とか「行けばわかる」とか言っちゃって。

 

 でも。

 ここまで来たら本人に聞くしかない。


「和穂の紫苑様は、金烏の后候補だった方ですよね」


「昔の話です、どうか和穂と呼んでください」


「…はい。えっと…あと西領さいりょう出身のたたき上げの武人で、文武両道。若宮にその手腕を買われ、引き立てられた、金烏の宮の護衛筆頭、澄矢…さんですよね」


「澄矢でいいって」


 まんざらでもないドヤ顔と、ぶっきらぼうに照れる様子は、本で読んだイメージ通りだった。

 

 ほかに本でわかったことは、と聞かれ、とりあえず二つ答えた。


『双荒山には山神様がいて、玉依姫のおかげで分離していた和魂と荒魂が和合したこと』


『ある時、山神の怒りで瀕死のケガを負った澄矢が、玉依姫に治してもらい、和穂がお礼にと玉依姫の世話役をしていたこと』



「なら話が早い。今日は話をしなきゃならないから、こちらへ」



 *   *   *


 屋敷の奥、さらに奥につながる屋敷へと案内される。


 さきほど簾にかかっていた紫の薄衣とは様子が異なり、タテに垂れる帯は真っ白と漆黒、対照的な色が交互にビシッと整然とならぶ。

 

 連れて来られた屋敷は厳かな雰囲気が漂う。それでいて、風に吹かれるとどこか寂しげにも見えたのは、どうやら気のせいでもなかったらしい……。


「ここが神域に一番近い、上座にあたる王輪殿おうりんでん。かつて金烏がいた屋敷だ」


(かつて……?)


 澄矢は慣れた手つきで、屋敷の門と扉を開ける。

 

 中に入ると、あまりに殺風景な室内にあっけにとられた。「…そりゃそうだよな」と澄矢はうなづいてみせた。そして、奥に指をさした。


「あれ見えるか。…あれが八咫烏に任されているつるぎだ」


「剣? えっ、さやだけ??」


 まるで主をなくした女のように、鞘だけが寂しげに横たわっている。


 すると澄矢は、さっき言っていた『その後の話』をし始めた。


「かつて双荒山は、男山に八咫烏、女山に萬鳩が住んでた。間にある神域は、山神と玉依姫の住まいだった」


「八咫烏も萬鳩も、神の使いなんですよね?」


「そ! 八咫烏は神域の警備全般、萬鳩は山神の身の回りの世話。そういう役割分担があって、昔は別にうまくやってたと聞くんだがな……」


 歯切れが悪くなる澄矢に、わたしもそれは知っていると伝えたくなった。


「本には、あまり仲良くないように書かれていました。どちらかというと、萬鳩が八咫烏を嫌っているような」 


「まぁ……面白くは思ってなかったんだろうな。まだ若宮だった頃の金烏にも、何かとつっかかってきて、随分と手を焼いていたからな」


 若かりし頃を思い出すように話す澄矢は、本当に護衛筆頭だったんだなと思わせる。


「で、さっき言ってたろ。玉依姫のおかげでって」

「えっと…山神が和合神になったっていう話ですか?」

「あぁ。今思うと、それが一番面白くなかったのかもしれないな」


 一寸の間、目を閉じ、上を仰いで深い呼吸を一つする澄矢。


 開いた目に鋭さが宿り、いよいよ『』へと話は移っていった。

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