第3話 異業種の風 フ〜♪
ルミエールたちは「天上界」
わたしたち人間は「地上界」
垂直につながったエレベーター。
異界はつながっていて、こんなにも簡単に行き来できるのだという。時間軸や空間軸が異なるから、それに適応する条件が備わっているか否か、ただそれだけなのだという。(いきなり難解だ……)
ふわふわとした感覚の中、おもむろに瑞穂が目の前に立つ。
(ん……? なんか変……)
顔が男に見える? 声も……? でもこの感じ、どっかであったような……
思い出せないまま、話しかけられる。
「これから大きな波がやってくる」
「……どうすればいいの?」
「まずは……頭をかえなきゃ」
「あたま?」
「同意するなら……目を閉じて」
(ちょっ、なに、その同意するしかない言い方……で、なにそれ!?)
長さ約2㎝、小さくて細い、銀の……針?? それをどうする気!?と投げかけることもなく目を閉じたわたしは、きっと同意していたのだろう。
左耳から入った感覚はするが、痛みはない。
『もしかして、これがAI??』
『ん? ん〜……まぁ、そんなとこ』
こんな会話をするわたしは、本当に「わたし」なのだろうか。
ただ……
目の前の人物に、全幅の信頼を置いているのは確かだった。
* * *
(ん~、……ん?)
目を開けると、そこはいつもの、ただのベッドの上だった。
(え――、なぁ……んだ、夢か)
そりゃそうだ、とシーツに頬を付けながら我に返った。
(にしても、やけにリアルな夢だったな…)
左耳から入ってくる感触も、まだ残っていた。
「それ、夢じゃないから」
(…………っ!!?)
心の叫びが、声にならない。
夢から覚めても、みみっ瑞穂!! 発言の真意を確かめようにも、当の本人はお構いなしで日常を貫く。
「あっ、もう出るから、また後で!」
「えっ、ちょっ……」
「十一時からセミナーだっけ? 遅れないようにしなよ~? じゃね~」
(バタン)
…………疾風のごとく――
しーんと静まり返った部屋にひとり、頭の整理が追いつかない。
だけど……瑞穂さっき……「それ、夢じゃない」って……言ったよね? 言った。言ってた!
……ひとり自問自答する。
……い、いかん。
今日は十一時から「異業種交流会」に参加するんだった。
こんなこと考えている場合じゃない。頭を入れ替え……入れ替え?……ちがう、あぁ〜もうっ、会場に行かなきゃ。
* * *
【異業種交流セミナー会場】
参加企業は、航空、食品、販売、広告、出版とさまざま。会場の各テーブルは異業種が集まるように振り分けられていた。
まずは同じグループになった八人のメンバーと、お決まりの名刺交換会。
「はじめまして、○○の△△と申します。本日はよろしくお願いいたします」
ペコペコしながら互いに交わし合う。そして、ようやく最後の一人。
「はじ…」
「こんにちは!」
わたしの「はじめまして」に覆いかぶさるように言ってきた。
広告代理店勤務の『
しかも、だ。
優に180㎝はあろう長身が差し出すには、低すぎる位置に名刺を差し出してきた。160㎝のわたしが、かがむ位置に――だ。
(それはもはや、『お控えなすって!』でしょうが……)
それでも平静を装い、すくいあげるように受け取ってみせた。
すると今度は、頭上から覆いかぶるように
「これは練習だから」
…………(へ?)
マヌケな心の声が漏れたところで、名刺交換タイム終了の号令がかかる。
『はい♪ そろそろ、よろしいでしょうか~。では、次はですね…』
「練習ってなんの?」と口出すヒマもない。満足そうに隣にすわる彼……。その後の交流会の話なんぞ、入ってくる訳がない。
練習ってなに?
あの名刺の出し方はなに?
その満足そうなドヤ顔+ニヤリはなに?
この人、なに――!
「なに・なに・なに」が続いて仕方がない。
そして頭をよぎる”それ夢じゃないから”の夢の世界。成りすましなのか、協力者なのか。はたまた、ただの変人・変態なのか……。
敵か味方かもわからぬまま、交流会は終わり、男に話しかけようと思ったが、相手の方から言われてしまった。
「会社に戻るから」
(え? わたし、まだ何も言ってない…)
「まぁ、また会いますよ……多分、きっと、おそらく、すぐにね」
「え?」
「わたしの正体を知りたいんでしょう? 敵か味方か……変態かどうかも含めて」
「……っ!!」
「本屋に行けば、探してる本が見つかるかもしれませんよ? 行けば、ですけど」
「……なに……本って……探してる本なんて…」
「行 け ば わ か る」
「…………」
なんでも見透かしているような口ぶり。挙句、またもや自分の言葉を途中でさえぎられ、今度こそはムッとしたが、最後のすごみに面食らい、押し黙ってしまった。
(行けばわかる……この言葉、どっかでも言われたな……)
わたしの口は、とんがっていただろうか。男は吹きだす顔を右に向けた。
「フッ……じゃまた」
「え、ちょっ……」
口を真一文字にして笑いを堪える彼は、クルっと身を反転させ立ち去ろうとする。後をついてこうとすると、またクルっと身を返した。
こんどは表情と口調を「すごみ」から「なごみ」に変えて、こう言ってきた。
「ずいぶん人懐っこい猫だなぁ、どこかの飼い猫かな?」
「な…………っ!!」
不気味なまでに爽やかな笑顔を見せた「風矢」――その名のごとく、ビュンっと立ち去ってしまった。
風のごとく、矢のごとく……
(まるで、朝のデジャヴ……)
いや、ツッコミどころはそこじゃない。
彼は、わたしが夢でみた世界を
知ってるってことだ……
* * *
(こんっなにも沢山の本があるのに、行けばわかる…なわけないじゃ〜ん)
わたしは今、
まんまと本屋にいる……。
しばらくウロウロ、あてもなく徘徊。そびえたつ書籍群を前に『ホラね!』と諦める寸前――…立ち止まり、一冊の本に見とれてしまう自分がいた。
――惹かれたのは、色鮮やかな表紙。ことさら濃淡重なり合う紫の色が、うっとりするほど美しい。
「美しい」
思わず声に出てしまった。
花をまとった着物姿の美女は、大好きな画家ミュシャの絵を彷彿とさせる。
本の
『差し出せるのはこの心だけ』の文字
表紙をめくれば
『ここは八咫烏の住む異界』の文字
行けばわかる…そんな訳ないと思っていたのに、不覚にも「これだ!」と思ってしまった。
極めつけは、本に添えられたポップだ。
『今宵、あなたは至極の一冊を読み干す ~風陰矢の如し~』
ビールかよ!
……いや、そこじゃない。
それを言うなら光陰矢の如し!
いや、そこでもない。
これ……「風・矢」からのメッセージってこと!?
そそるキャッチコピーはいかにも広告代理店の彼っぽい……
感心している場合じゃない。
ああ。
嗚呼。
夢と現実のはざまも、現実と想像、空想、妄想のはざまも、見えやしない。
* * *
その日の夜、わたしはまた夢を見た。
風矢……?
……え
……えっちしてる? わたしと!??
こともあろうか、わたしは会ったばかりの風矢と、えっちしている夢を見ている……恥ずかしげもなく……いや、恥ずかしいわ!
確かに面食いなところはあるが、さっき会ったばかりの人に、そこまで入れ込むほどの思い入れはない……はずだ。
なのに、耳元で「だから行けばわかるって言ったでしょ」と囁かれれば、「うん」と、まんざらでもないどころか、うれしそうに答えるわたしがいる。
ふわふわした感覚がだんだんと激しくなって「んっ」「あっ」と声を漏らしている……わたしがいる。
「次はもっと響くからね」
「やっ、待っ」
声も途切れ途切れに、しがみつくのが精一杯になる。
「次はもっと奥までね」
「……ぁあっ……だ……め……」
「怖かったらつかまって」
「……こう?」
「脚はここ。手はここ♪」
「ぁあっ……やっ……あーーー……ん……っ!」
…………。
や、やめろ――!
なんて恥ずかしい夢を見ているんだっ……
で、目が覚めた。
なのに、なんでだろう。
彼の肌の感触だけじゃなく、下の方もプルプルと震動が残っている感覚……
むくっと起き上がったわたしは『自分こそ変態』な夢に抗い、調査に取りかかった。
ネットでルミエールとルシェルのことを書いた記事を発見。
記事の作者名は『風ふけば矢ふ~』
「風・矢」しか浮かばない……。
記事には、ルミエールは創造主の息子、ルシェルは彼の子で妹で妻、そして「愛し合う二人」なのだと書いてある。
(ってことは、ルミエールが紹介した「ぼくの女の子」=ルシェル?)
ん? 偽王がルシェルじゃなかった?
偽王が本物のルシェルに成りすましてるってこと?
偽王って……女なの?
じゃあ……本物の国王も女!?
いや、待て。真の国王の名がルシェルだとは誰も言ってない……
気もちは”名探偵コナン”。実情はただの混乱。「迷探偵コンラン」なだけだ。
風矢はなんなんだ――?
深みにはまるとは、このことだ。
(こ、これって!)
次ページを見れば驚愕した。わたしと風矢があ〜ん♡な夢を描写したような記事。
あえぐ声もあからさまで、赤裸々な記事に、赤裸々な気分にされられ、もはや推理どころではない。
絶対にこのことは誰にもバレたくない……穴があったら入りたい。
そういう時にいるのが、みみっ瑞穂!
(どーしてこのタイミングで帰ってきたっ)
「どうだった? なんか感じた?」
「感じる!?」
うわずる声。
動揺を隠せず、ひとり撃沈。
「本、読んだんでしょ?」
「あっ、ほ~……本ね」
そうだった。
この本を読んで寝てしまったのだ。本の帯の通り、至極の一冊を読み干した。今のわたしは至極の一杯を一気飲みした酔っ払いのごとく「しどろもどろ」だ。
瑞穂は「本題に戻ろうか」と物申す。
「どうぞ、お戻りください」と言うしかない。
(わたひが夢の中で読んでいたのは大人の絵本『それいけ!風のオマタ三郎』です…さーせん)
そして風向きは、本のお題へと向き直った。
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