第2話 着ぐるみ会議


「さて。本題だ」


 くるりと反転して歩き出したルミエールは、いかにも司令官っぽい。


「きみを消そうとしているのは冥魔界の偽王ルシェルだ。極悪中の極悪、もう、これでもかってくらいの極悪だ」


(…………)


「で、命を狙われているのはきみだけじゃない。真の国王も狙われている」


「……え?」


「だが、助かる方法は一つある」


「何ですか?」


「七賢人に会うことさ。うまくいけば助かる方法を見いだすことができる」


(七賢人……はぁ~……また訳の分からんことを)


 横を向けばルミエールの話を真剣に聴く姉、瑞穂がいる。(うそでしょ)とツッコミができないほどの真顔っぷりに、こちらも姿勢を正す。

 

「七賢人のうち一人は佳穂、きみだよ。そして、隣にいる瑞穂もその一人だ」


 とんでもないことを言う……

 それにももう慣れてきた。


「じゃぁ、あとの五人はどこにいるんですか」


「それは自分で会いにいくのさ」


「どこに?」



「だからどこにですか?」


「きみならわかるよ、もっと自分を信じなさい」


 最後はまるでお父さんが諭す口ぶり。昔話のように、そして未来の話でもあるかのように、ルミエールは続けた。


「きみたち人間は、本来はもっと高度な知的生命体だったんだよ。神人和楽かみひとわらくと言ってね、神のような人たちが調和して嬉々として生きる、そういう世界で生きるはずだったんだ」


三千年至福王国計画さんぜんねんしふくおうこくけいかく


 ルミエールが計画の名前をいうと、三千年は「未来永劫」って意味だよと、瑞穂がすかさずフォローする。


「冥魔界のクロハトカゲは、その計画を阻止しようと――」


 そう言いかけて「違うな」と、ルミエールは自分の言葉を訂正した。


「計画を阻止というよりは、至福王国の国王に成りすまして、自分たちの都合のよい王国をつくろうとしている。人間界にはとっくの昔に侵略しているし、人間に成りすましている者も多い」


「成りすまし??」


「わかりやすく言うと、冥魔界の偽王ルシェルが、救世主ぶって世界を征服しようとしてるってこと」


 わかりやすい……。映画にありそうな暗黒世界の悪い奴みたいな構図。


「あっ、でも、人間の多くが思っているような『神』なんてものは居ないからね?」


「…………」


 (さっき、神を愛し、愛されるのが巫女とか言ってませんでしたっけ)の不服そうな顔を、姉の瑞穂はいち早く察知したのだろう。即座にフォローし始めた。


「……まぁ、その、人間ひとりひとりが神のような存在になって、平和に暮らす世界に本当はなっているはずだった、ってこと。そのために――」


 そう言いかけた瑞穂に、ルミエールが目くばせをする。


「それはこれからのお楽しみ♪」


(――!!!)


 ルミエールのニヤリ顔に、目はおろか鼻の穴も開闢かいびゃくする。


「きみ、わかりやすくて面白いね。表情がクルクルわかりやすく変わる」


 人の気も知らないルミエールはなおも続ける。


「大丈夫、必要な能力は授けてあるから」

 

「え? ホントですか!? なんですかそれっ」


「え? ただの人間であることだよ」


(………)

 

  一瞬でも期待したこっちのほうが、学習能力がなかったのだろうか……


 (ぷーーーー)とマンガのように吹き出すルミエールと、冷めまくるわたし。

 

「その真意はこれから分かるさ」


 そう告げると彼の目線は別のところへ移った。



「あっ、を紹介するね」



 (――は!?)



 ルミエールの隣にやってきたのは……本当に女の子だった。

  

 (きゃ……きゃわいー! きれ~っ♪)


 ……い、いかん。不覚にも、ほわっほわな可愛い美少女に、心の中で黄色い声をあげてしまった……。

 

 「佳穂は男に限らず『面食い』だからなぁ」


 ……瑞穂!そこは言わぬでよろしい。ジロリと視線をやるわたしにコロコロと笑う乙女が居た。(か、かわいい)


「人間にとってこの役目がいかに大変なものかは……理解しています」


 そう言われると「いえいえ」と言いたくなる性分だ。


「それでもこの玉依姫の役目を、継承することに同意してくれてありがとう」


 ……ん?


「『やらせてください』と言われた時は頼もしく、嬉しかったわ」


 い――っ! 言ってない、言ってない! 絶対に言ってないっ!!


 あら、あの時は快諾してくださったのよ?と、コロコロ笑う女の子。


 (……すごく嫌な予感がする)


 チラリと目をやれば、ルミエールは説明を続ける。


「今の人間界には、人形ジンケイをとっている存在がたくさんいてね。冥魔界からのやつもいれば、人間を護る為に出向いている者もいる。今の地球は、まさに清濁併せ吞むって状態だ」


 最後にぽつり。


「ただ……、濁流に呑まれた人間が多くなり過ぎた……あまりにもね」


 すこし厳しい顔に、憂いを帯びた声色。それで実情が伝わってくる。


「……あのぅ」


「あっ、ぼくの説明わかりにくかった?」


 一瞬、暗転した舞台も、こちらが口を開けば彼の口調もまた元に戻っていた。


「あっ、いえ、そうじゃなくて、最初の……『ジンケイ』って?」


 『ゴク』『玉依姫』につづき、単語のお勉強。……となれば、出番は瑞穂だ。


「人の形でジンケイ。そのまんまだよ、人の形をしてるってこと」

 

 ……口がぽかんと開く。


「じゃ、人形をとってない時は?」


「人間の形をしていないってことだよ」


 ……開いた口がふさがらない。


「宇宙人って言った方がわかるんじゃない?」


 まさかのルミエールからのフォロー。


「あ、そか、それがありましたね!」


 水を得た魚のように言うんじゃない、瑞穂よ。きみは人間のはず……。


「宇宙人なんだけど、人間のカタチに姿を変えて、フツーに生活しているってこと」


 わかりやすい説明を見つけた♪って顔で話す姉は、黒ブチのウシ猫姿(じゃ、これは猫形ニャンケイ……?)アンバランスな光景に、わたしは順応していくしかないのか……。


「それって……人間のフリして地球で生活してるってこと??」

「そ! 人間に成りすまして学校に行ったり、会社勤めしたりね」

「宇宙人……が会社員!? え、それは日本で??」

「日本でもどこでも」


  ――さらっと言う……

 

「てか、さっきからなんで瑞穂は知ってるの??」


 慣れたはずが初期の混乱モード再来。


「それはこれから。これからわかるから、大丈夫よ」


 思いもかけず、あのカワイイ女の子からフォローが入った。


 (…………だめだ)


 この奇妙な3対1。3のうち一名は身内という分の悪い状況に頭がウニ。この事態を理解しないといけないと思わされる。


 この雰囲気、空気、怪奇……

(あー、なんでこんなことに)


「ぼくからの説明は以上。あと何か質問ある?」


 議長は場を閉めようとする。そういやこれ、宇宙会議だったと思い出す。


「……いえ」


 いや、ウソだ。質問がないんじゃなくてありすぎるんだ。ありすぎる時、人間は「いえ」って言っちゃうんだよー、ばっきゃろー……


「じゃ、あの件も含めてよろしく」

「はい」

 

 ルミエールが瑞穂に託す。

 

 (あの件って何? それは聞いてませんけどっ)


 有無も言わさぬ勢いで、目の前のシーンは動いていく……。

 

 瑞穂のうしろに続き、エレベーターに乗り込むわたし。

 

(なんでエレベーターの場所まで知ってるんだよぉ、なぁ瑞穂よぉ――)


「愛する人が一緒にいると、安心ね」


 例の女の子がわたしに話しかけた。


 ……愛する人? 姉のこと??

 家族だから、まぁ愛する人と言えばそうですけど。……なんか急にこそばい。


「あなたはわたしだもの、大丈夫よ」


(…………)

 

 そのナゾナゾの真意を聞き返す気力は、もう残っていない。


 だけどそのコロコロした笑顔――


 それがすごく気になるんですよ――


 あ――……


(ビューン)


 SF映画にあるような円柱型をした近未来的エレベーター。その扉が閉まった。


 ふたりきりになったエレベーターの中。『』がこの直後に行われるだなんて知る由もない……。

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