キンキッドテイル-カギしっぽ-

ニャンタマぼーりー♪

第1話 逃亡犯『ゴク』

「お前……、ゴクか、くそっ」


 いや――――っ、なに、なに、なにっ!!

 

 「お前」と「くそ」は分かる。

 だけど、「ゴク」ってなに!!!!


 あぁぁ~、これは夢の”あるある”だ。

 全速力で走りたいのに、スローモーションばりの鈍足……。

 


 得体の知れない不気味な黒マントが、四つ足状態。もんのすごい勢いで追いかけてくるから、余計に怖い。


「わたしはゴクではありません、三品みしな 佳穂かほです」


 と、真顔で言って……やり……た……い

 


 *   *   *



「お目覚めになりましたか、三品佳穂さま」

「え?」

「わたしは創造主ルミエール。宇宙会議に参加してくれてありがとう」


(あぁ……、なんだ、これ夢か)


「宇宙会議」とはいかにも胡散臭いが、夢なのだとすれば、すべて受け入れられる。

 神々しい姿も、創造主だという怪しい自称も、受け流すことができた。


「あ、いえ、こちらこそ、ありがとうございます」


 こういう定型句がサラっと出てくるのは、我ながら日本人だと思う。


「さっき、きみを追いかけていたのは、悪名高い冥魔界めいまかいのクロハトカゲだ」

「メイマなに? クロハトカゲ!?」

「人間界に侵略を続け、地球をのっとり、宇宙を支配しようとしている者たちのことだよ」


(…………。わたひ最近、こういう映画とか観たっけ?)


 聞き慣れない単語を活舌よく言われ、記憶をたどるが思い当たるものはない。


「それでね、きみは彼らから『ゴク』の容疑で狙われている」

「狙われているって何を」

「命をだよ」


(い――っ!)

 ツッコミも声にならない。


 (落ち着け、これは夢だ)


「あの…、『ゴク』って何ですか?」


 あの黒マントも言っていたその言葉……命まで狙われるその意味を、確認せずにはいられない。


人身御供ひとみごくうのゴクだよ」

「――ヒトミゴクウ??」


 (孫悟空なら知ってるけどって言ったら……怒られそうだな)


 そう思っていると(なんだお前、これも分からないのか……)と言わんばかりの「ふぅ、やれやれ感」がルミエールから伝わってくる。


 彼は視線をわたしの右に方にやった。


「現代の人間が分かる言葉だと何て言えばいい?」

「う~ん、『生け贄』かなぁ?」 

「いけにえ!? って、みみっ瑞穂みずほ!!」


 現代語訳をしてくれたのはまさかの姉、瑞穂だった。「なんで生け贄?」と「なんで姉!」の衝撃の二連発。声は一オクターブ上がり、目は開きっぱなしだ。


「なんでここにいんの。てか何、その着ぐるみ」


 衝撃の次は「着ぐるみを着る姉」が織りなす不協和音。声は二オクターブ下がり、薄目の極み。


「いや、佳穂も着てるし」


 皿の眼をした姉の冷めた口ぶり。ふと見上げてみれば天井の鏡に映る自分の姿に、口があんぐりした。


 ウシのごとく白に黒ブチの姉猫と、トラのごとく薄茶に濃い茶のシマシマ妹猫――モフモフの毛をまとった猫が二匹、仲良く並んでいた……。


 (ひとの命が危険にさらされている時にする格好じゃない……)


「いいね、その着ぐるみ。二人で一つって感じで♪」


 (♪じゃない……)


 心の眉間にシワが寄ったのを無視して、ルミエールはなおも続けた。


「いい、いいよ、ウシとトラでうしとら金神こんじんぽくて……ぷっ」


 (笑っちゃってんじゃん)


「いやぁ~、エッジの効いたジョークだと思ったんだけど」

「なるほど。それで、これを着させられたのか」

「…………」


 繰り広げられるルミエールの自由人さと、それに答える瑞穂の冷静さに、ムッとし始める自分がいたが、それは事態を吞み込む序章に過ぎなかった。


「あのっ! それより、わたしの命が狙われている理由って何なんですか?」


 こんな時に猫の着ぐるみだなんて、冗談言ってる場合じゃない。

 

 ……なのに。

 

 茶トラのわたしに答えるのは、黒ブチのウシ猫だ。


「あ、玉依姫の説明もしておくべきでした……すみません」


 ルミエールに詫びをいれる瑞穂……。

(いや、だから、なんでさっきから、そっちサイドなの)と思うのは自然なことだ。


「あ、そうだね。生け贄ってのはなだけだしね。玉依姫だから狙われてるって言う方がいいね」

「………?」

「たま・より・ひめ、だよ」


 わたしには初耳の単語だとわかっている姉は、言葉の意味を説明し始めた。


「玉依姫ってのは、御魂みたまる姫様ってことで、そうだな、分かりやすく言うと巫女さんのことだよ」

「巫女! そうそう、それだ!」


 ルミエールは合点がいったように反応した。


「やつらは巫女の役割を歪めて、生け贄のようにしてしまったからな……」


 全然ついていけない……。


 いや、巫女は分かる。生け贄の意味も分かる。分からないのは、「で、だからなんでわたしが、巫女だか生け贄だかの姫?」ってところだ。

 

「神って言葉を知ってるよね?」


 見かねたルミエールが、一段下がってフォローする。この雰囲気が、いっそう幼稚園児扱いされているような気分になる……


「はぁ……分かりますけど」


「神を愛し、神に愛される人間の女性。神の母であり妻である、それが玉依姫。……これでわかるかな?」


「あの、分かりましたけど、それでなんでわたしが、その玉依姫で、命まで狙われなきゃいけないんですか?」


 理解力がない訳じゃない、理解できないのはここなんだ、と言いたい。なんなら「って言ってるでしょうが――っ!」と、言ってやりたい。


 ……そんなわたしを見て、ルミエールはウンウンと理解を示す。


 すると今度はキリっと表情を変えた。

 まるで本題への「突入の合図」かのように――

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