第8話 ワレ、戦時中二突入ス
「人間転生って……もしかして是清さんは、澄矢ってこと?」
あまりに単刀直入のわたしの質問は、のらりとかわされる。
「本来、人間は生まれる時に、前世の記憶を忘れるようになってる。わたしもあとで知ったことだけど」
「え、じゃあ、是清さんは八咫烏の澄矢だって自覚がなかったってこと?」
「いや…、それが…あった」
「え?」
「あ、いや…自分は、というか」
ポリポリと耳の後ろを掻きながら続けた。
「転生は転生なんだけど、
「チョウケイ??」
「あ、ごめん。
(……カラスの……姿?)
「八咫烏はもともと、
あまりにスラスラ言われて、『わたくしはあなた、澄矢は瑞穂』…あの言葉の後半部分がしっくり来てしまう。
目の前で変身でもしてもらわないと信じられないと思っていたけれど、瑞穂は澄矢なのかなと思えてくる。生まれてこの方、瑞穂は瑞穂でしかなかったのに、変な感じだ。
「このまえ会った澄矢も和穂も、人間の姿だったでしょ?」
「あ、うん…」
八咫烏と言われなければ、わからなかった。
「だから、人形をとることは八咫烏にとっては普通のこと。あ、萬鳩もね。そういう意味じゃ、人間転生は『引越しして転職』みたいな感じ?」
「引越しして転職!?」
「言葉のアヤだよ。べつに成りすますつもりもないし、あの事件で山が存続できなくなって半ば強制的にって感じ」
人間に化けていたのは、冥魔界のクロハトカゲだけじゃなかったというわけか。
(どうしよう、開いた口がふさがらない)
「人間界を侵略しようとしてる冥魔界からしたら、神使いの八咫烏は厄介者以外のなにものでもなかった」
「……たしかに」
「八咫烏の任務が何だったか覚えてる?」
「神域の警護?」
「そ! それって結局は、国体の保持なんだよね」
「こくたいのほじ?」
「国を守ること。ま、国っていうより、地球って言ったほうが正確っちゃ正確なんだけど」
「……地球防衛軍的な?」
軽い冗談のつもりが、しっくりいったらしい。
「ま、そんなもんかな、冥魔界からすれば」
「……地球防衛軍 VS 地球侵略軍」
「おぅ、わかりやすい」
軽快な反応とはうらはらに、語りべ瑞穂は核心へと向かっていく。
「あの戦争は、八咫烏を絶滅させるのには恰好のカモフラージュになった」
「絶滅?? なにそれ、しかもカモフラージュって。まさか八咫烏を殺すために戦争を起こしたって言うの?」
「だけじゃないけど、これを機に八咫烏、とくに武人は殺しておきたい――国体を護る強い意志と、卓越した技能をもつ、勇猛果敢な武人であればあるほど…って感じかな」
「そう……なんだ……」
教科書とはずいぶん異なる歴史事情に、ドン引きしてしまう。
「早梅隊に紫苑隊だよ?『八咫烏のお前を知ってるぞ』ってメッセージでしょ」
「…―…―――……」
(モールス信号でも打ちたい気分だ)
* * *
昭和19年 10月某日――
是清さんが所属していたK部隊に、極秘作戦が告げられる。
神風特別攻撃隊――いわゆる「特攻隊」だ。
他言無用で、本人たちですら「いつ、どこで」を知らされていない。それどころか、国内の基地移動の予定すら命令されて初めて知り、そして即時移動――
親兄弟であっても、行き先を漏らそうものなら、スパイ容疑で逮捕されかねない。容疑は、家族、親類にも及ぶのだ。
11月1日
フィリピンはセブ島に到着後、
11月11日
「早梅隊」「紫苑隊」
11月12日
16:45 2回目の出撃、未帰還。
* * *
本から知りうる是清さんの動きはざっとこんなところだ。
本の著者は、もともとの隊員ではなく、エンジン不良で不時着したセブ島で、欠員補充でいきなり「早梅隊」に組み込まれた特務士官だった。
出撃後、途中の給油地でエンジン不良が発覚。是清さんに帰還を命じられ隊を離れた。そして運良く、戦後を生きた、貴重な生き証人である。
「どうか生きて帰ってください。長らく、お疲れさまでした」
そう是清さんに言われ、(これから逝く者が、残る者に向かって、お疲れさまでしたとは――!)と感嘆した当時の心境をふり返る記述もある。
若いのに部下想いの立派な隊長だったと……
記憶をたよりに本の内容をたどっていると、まんざらでもなさそうに頭をガシガシ掻く瑞穂がいた。
そこにツッコミするのも忘れ、わたしはまさかの言葉を口走っていた。
「わたし……、行ってこようかな」
瑞穂が面食らったように聞き返す。
「ん? どこに」
「え? 鹿児島に」
「…………」
いつもの逆だ。
突拍子もない言葉に目が丸くなるのは、今回は瑞穂の番だった。
そりゃそうだ。自分の発言に、わたしだって内心ビックリしている。
(だけど、行かなきゃいけない気がする……)
というか、気になって仕方ない。行って分かるかなんて分からない。
(だけど――、行かなきゃ、分かるのか分からないのかすら分からない……)
そんなわたしを見て、瑞穂はウンウンとうなづく。
そんな瑞穂を見て、わたしもウンウンとうなづいてみせた。
それに……、隅から隅まで読み返して気づいたことがある。驚くことに、是清さんに関わる写真が四枚もあったのだ。最初に読んだときには全く気づくことのなかった三枚。
この三枚に…今になって心がえぐられる。
『こんなにも沢山の写真……あのとき命を託した筆者に、お願いして送らせてもらったメッセージだったんだろうか』
『わたしに気づかせようと是清さんは……ずっと前からメッセージを送っていたんだろうか』
いつ気づくか分からないまま、
気づくかどうかも分からないまま、
わたしを待っていてくれたんだろうか
わたしを信じてくれていたんだろうか
【一枚目】輝いて見えた笑顔の顔写真
これがわたしが記憶していたもの。
そして、今ようやく
【二枚目】 11月10日、「早梅隊」命名式の直後、隊員と撮った集合写真
【三枚目】 11月11日、出撃直前の滑走路、矢上隊長が乗る一番機の写真
【四枚目】 33回忌の11月12日、筆者が是清さんの実家を訪れた時の写真
四枚目に添えられた説明書きの小さな文字に目を向ければ『鹿児島県・枕先の生家にて』と書いてある。……生家だなんて、この本に出逢わなかったら一生わかり得ない情報だと思った。
(ここまで
無性にかり立てられた。ただ無性に――…
「わたし、次の週末、行ってくる! ちょうど月曜は有休取ってたし♪」
「……へぇ。なんか佳穂、変わったね。前より強くなったね」
予想外の言葉に、意表をつかれる。
「いや、それでいい。きみは……もっと強くならきゃいけない」
「きみはって」
そう言うと「き~みとぼくは き~みとぼくは 二人でひと~つ~♪」と、即興の歌を歌って茶化すようにはぐらかす瑞穂。ならばと、
「きみぃ~とぼくは きみぃ~とぼくは 二人でぇ~ひとぉおつぅ~~~♪」
こちらも演歌調でふざけてノッてみれば、瑞穂はうれしそうにしながらも『参ったな』といった感じで、頭をガシガシと掻く。しばらくして、ひざの上をパンっ!とやり、「よし! 今日はここまで♪」と、にんまり笑顔。
立ち上がるのかと思ったらいきなり、瑞穂がわたしに覆いかぶさってきた……
正面から抱き寄せ、ポンポンと二回、わたしの背中に手をやると、今度は耳元でスッと一言つぶやいた。
「これは戦争だ」
(…………へ?)
固まる妹をさし置いて「じゃ、おやすみ~」といつもの口調にもどし、足早に部屋を退散した姉。甘い雰囲気に包まれるかと思いきや、ただただ凍り付くのみ。
聞き間違い、気のせい、そう思いたいのは自己防衛本能からだろう。たしかに聞こえた『これは戦争だ』のフレーズはどこへしまえばよいのか、おさまる引き出しが見つからず、むき出しになって浮いている。
武器も訓練もない生活をおくる
さてさてそれにしても、と切り替える。
[澄矢=瑞穂]
[是清=澄矢]
この連立方程式を解いたならば、[A=B][C=A]すなわち[B=C]になるのだろうか。
(瑞穂=是清なんですかい?)
(姉の瑞穂は、八咫烏の澄矢で、前世は矢上是清だったんですかい?)
耳の後ろをガシガシする、あの感じ
ひざをパンっとやる、あの感じ
時折みせるドヤ顔、の感じ…
わたひの姉は、前科/おちんたま所持…ならぬ、[前世/おちんたま有]だったと……そういうことでしょうか?
ぶらさがるのは『これは戦争だ』の文字だけで十分だ!(それもイヤだけど!)
そんな気がした夜のとばり……(つづく)
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