第11話 迷い人と救う人

「すっきりしたな。」


体を洗った後、さっき買った灰色のシャツとズボンを身につける。


「リーフの言った通り、このシャツの着心地結構いいな。」


ちなみに、上は半袖のシャツ、下はくるぶし辺りまである長ズボンだ。

この世界の気温はよほど寒いところや暑いところでない限り、だいたい20度近くに保たれている。

なんでも、大気に満ちるマナが温度を保っているらしい。


「夕食まではあと10分くらいか。制服でも洗っとくかな。」


さっきまで着ていた制服をとり、水で洗って洗濯板でゴシゴシと洗う。


「というか、これ制服シワシワにならない?ならないよね、干せば大丈夫大丈夫……多分。」


不安を抱えながらも、リーフのお迎えが来るまで制服を洗い続けた。









「よし、これで大丈夫だろ。」


制服を洗った後に、できるだけ水を絞り出してハンガーが部屋にあったため、制服を掛ける。

満足していると、コンコンと控えめのノック音が聞こえた。


「ユウキさん、そろそろ夕食の時間ですよ〜。」


「行くとするか。」


部屋の鍵や、貴重品などの最低限の荷物を持ってドアを開けた。


「お待た……せ。」


リーフも体を洗ってきたのか、服装がさっきと変化しており、上は緑が主な明るめの可愛らしいシャツ、その上に白のカーディガンを羽織り、下は薄いピンク色のショートパンツを履いていた。

心無しか少しいい香りもする。

そしてちょっと……いや、なんでもないや。


「あ、ユウキさんも着替えたんですね?」


「あ、ああ、少し汚れてたからな、それよりご飯食べに行こう。魔物との戦闘(主にグレイウルフとの追いかけっこ)で疲れて、お腹も減った。」


「そうですね、私もお昼は食べてないのでお腹ペコペコです。行きましょう。」


リーフとともに通路を歩き、食堂へと移動する。


「ここでお皿をとって、自分の食べたい食べ物をとるみたいですね。」


食堂は俺のいた世界とほぼ同じ感じのバイキング形式だった。

他の客と思われる人々もチラホラと見える。

異世界ということもあり、俺が見慣れない食材や料理もあったが、人参やじゃがいもなどの見慣れた食材もあった。


「あれは……シチューか?」


白色の液体とともに人参とじゃがいも、そして肉が浮かんで見える鍋に俺の興味が移る。

鍋の横には小さな皿があるため、この皿に入れて持っていくのだろう。


「それは、ホーンラビットのシチューですね!」


ホーンラビット……角の生えた小さな兎だ。小さいが、その鋭い角での攻撃と、前歯での噛みつき攻撃には気をつけないといけない、グレイウルフと同じくEランクの魔物だ。


「ホーンラビット……てことは兎のお肉だよな。兎肉なんて食べたことないけど、どんな感じなんだ?」


「え、ホーンラビット食べたことないんですか!?」


あまりにも驚いたのか今日一の大声をあげるリーフ。

その声につられてまわりの客がちらちらとこちらに視線を向けている。


「あ、コホン。えっと、とりあえず食べてみるといいですよ。ホーンラビットのお肉は人気なのでマズいということは無いと思いますよ。」


「その通りだ!おまけにそれに入っている野菜は全部ミラン産のもんだぞ。ミランのもんと俺の料理の腕が合わさればどんなもんでも美味くなるってもんよ!」


宿屋の職員らしき白髪のおじいさんが俺たちの話を聞いていたのか、ニコニコと笑いながら、自慢げに言ってきた。


「えっと、あなたは?」


「この宿の料理作りを担当しているグライ・バッフォリーだ。受付にばあさんがいただろう?あいつの夫だ。」


「そう言えば、言ってたな。一緒に宿を建てたって。」


「婆さんから聞いたのか、懐かしいなぁ。

おっと、とりあえずホーンラビットのシチュー食ってみるといい。美味いぞ!」


おじいさんがこう言うため、とりあえず貰っていく。


「それにしてもおじいさん、ミランの野菜使ってくれたんですね。ありがとうございます。」


「ミランの野菜は美味いからな、そりゃ使うに決まってる。しかも、今日届いたばっかの新鮮なやつだ。いつも以上に美味いもんが出来た。」


「ミランって確かにリーフの住んでる村の名前だったよな。そこで取れた野菜か……食べてみるかな。」


皿をとってシチューを入れて別の食べ物を探す。


「兄ちゃん、このパンはどうだ?

ちぃと硬ぇが、そのシチューにつけて食えば、パンがシチューを吸って柔らかくなって味も染み込むぞ。」


「へぇ、じゃあそれも貰おうかな。」


コッペパンのような見た目のパンを指しながらおすすめしてくるため、パンも1つ頂戴する。


「あとは何を食べようかな……。

ガッツリしたものも食べたいんだよなぁ。」


最後の食事は元の世界の学校での給食だったため、これだけでは物足りない。


「ガッツリしたものなら、ブラックボアのステーキとかどうだ?」


ブラックボア……その名の通り黒色のイノシシでホーンラビットと同様にEランクの魔物だ。

その大きな体と200キロを超える体重で突進されると大怪我を負うらしい。しかし、ホーンラビットと同様に人気なお肉らしい。


「おぉ、美味しそうだな。」


元の世界にいた時にテレビで見るようなステーキがあった。

これなら、お腹も膨れるだろう。


「これくらいでいいかな、リーフは大丈夫か?」


「はい、私も取りたいものはとったので大丈夫です。

席に着いて食べましょうか。」


リーフの皿を見ると、ホーンラビットのシチューとパン、それと色とりどりのサラダがのっていた。

恐らくそのサラダもミラン産のものだろう。


「よく味わって食ってくれよー。」


おじいさんが手を振ってきたので、軽く振り返し近くにあった4人がけのテーブルに座り、皿を置く。


「さて食べましょうか、いただきます。」


「いただきます。」


リーフが手を合わせ、いただきますと言って食べるのを見てこの世界にもいただきますの文化があるのか、と内心驚きながらも俺もご飯にありつくことにする。

まずは、シチューをスプーンで掬う。スプーンには1口サイズの人参ものっかった。


「めっちゃ美味いんだけど。」


「ふふ、それは良かったです。」


人参も一緒に食べたことを見ていたのか、リーフが少し嬉しそうに微笑み、シチューを口に運んだ。


「うん、とっても美味しいですね。ホーンラビットのお肉も淡白ですが、コクがあってとっても美味しいですね!」


「どれどれ、おぉほんとだ。」


兎は鶏肉みたいな感じと言うが、まさに鶏肉を食べてる感じだった。それに、何故かは知らないが、このホーンラビットのお肉といい、人参といい、想像よりも遥かに美味しい。

もしかしたら、マナがあるおかげで味が元の世界よりも美味く感じるのかもしれない。

シチューを少し食べたあとは、パンをシチューにつけて食べてみる。

おじいさんの言っていた通り、パンにシチューが染み込んで、シチューをそのまま食べるよりも味がハッキリと分かり、旨みが増した。


「これも味が染みて結構美味いな。」


異世界料理に舌鼓を打っていると2人の20代前半の男達が俺達の席に近づいてきた。

片方は筋肉モリモリの190cmを超える白のタンクトップを着た大男。もう片方は170cm程のそこら辺にいそうなチャラそうな男だ。

2人とも酒を飲んでいるのか、少し顔が赤い。


「よぉ、リーフ。今日は冒険者ギルドで仕事してきたのか?」


「もうすぐ王都に行かないといけないもんなぁ。

金も必要だろうし、俺たちみたいにダラダラと飲んだくれる訳にはいかねぇよな。」


「アレンさんにリーパーさん。

宿に帰ってきてたんですね。部屋をノックしても反応が無かったからどこか行ってるのかと思ってましたよ。」


「いや、さっき宿に帰ってきたばかりだよ。

やっぱ、街の方の飲み屋はいいねぇ。ミランにない酒がたんまりあるから、リーパーと飲みすぎちまったよ。」


「ほんとにな。

輸送係になったのだって、荷物下ろしたあとの3日間の自由があるからなったんだしな。

こういう時じゃないと、ガッツリ飲めないよな。」


「もう、お酒の飲みすぎは健康に悪いんですから、程々にしておいて下さいね。」


大男がアレン、チャラ男がリーパーという名前らしい。

どうやらリーフがクエストを受けている間、飲み屋で飲んでいたらしい。

というか、リーフが王都に行く……と言ったか?


「ん、そっちの男は誰だ?」


アレンとリーパーの興味がこちらに移る。

リーパーはともかくアレンがデカすぎて、妙に威圧感がある。


「ユウキ・ツキモトさんです。今日、クエストを受けている時に出会ったんです。

宿を探していたみたいだったので、この宿を案内したんですよ。」


「どうも、ユウキ・ツキモトだ。」


リーフの紹介に続くように名前を言い、ペコリと軽く頭を下げる。


「ほー、なかなかに強そうだな。

俺はアレン・ドゥアルブだ。Dランクの戦士をしている。ミラン村では、村一の力自慢って言われてるぜ!」


自慢するかのように、力こぶを見せつけてくるアレン。


「俺はリーパー・グラッセン。Eランクの戦士だな。こう見えても、そこそこの力はあるぜ。

アレンには負けるがな!」


リーパーは、ハッハッハと愉快に笑いながら、アレンの真似をする。

アレンの力こぶよりも小さいが、一般人よりは大きいのではないだろうか。


「2人は日頃は村の警備をやっているんです。

たまに、魔物が村の近くに来る際には、2人が大体追い払うか、倒してくれるんですよ。」


「そうなのか……。今は村の警備は大丈夫なのか?2人ともここにいるけど。」


「はい、別の人が変わってやっているので大丈夫ですよ。」


それにしても、戦士ね。


魔法を使う魔法使いとはまた別の力を持つ者、それが戦士。魔法使いの魔法のように属性を使い分けて戦うのではなく、力と魔力を合体させ作り上げられた戦技を使って戦う。

例えば、剣に魔力を乗せて叩ききったり、力と魔力で剣を振って真空刃を飛ばしたりと魔法と似ているが、戦技は力と魔力で発動させるパターンが多いため、魔法よりも消費魔力量が少なく、さらに詠唱がいらないという利点がある。

戦技には一つ一つに名前があり、名前を叫ぶだけで発動できる。

その分、戦士は軒並み魔力量が少ないらしいが。

戦士のステータスで、魔力量がCあるとしよう。

それは魔法使いにとっては魔力量がD相当ということになる。

戦士と魔法使いの魔力量が同じランクと記載されていても、戦士の魔力量を魔法使いの魔力量と比較すると-5段階相当になる。


「ユウキさん?」


戦士について考えていると、視界にリーフの顔が入ってきた。


「……っ!?びっくりした。」


「ハハ、何やってんだ。隣、邪魔するぞ」


軽く驚いた俺を見て、椅子を引きながら笑っていた。

いつの間にか、アレンとリーパーは皿を持ってきており、その上には大量の食べ物と、片手にどデカいジョッキが乗っていた。


「また飲むんですか……。」


アレンとリーパーの酒の入ったジョッキを見て若干呆れたような表情で、リーフは呟いた。


「酒はいくら飲んでも飽きないからな。

いつもは警備があるから、たんまり飲めないんだ。こんな時くらいいいだろ?」


リーパーがジョッキを持ち、軽く揺らしながらリーフに言う。


「……まぁ、2人のお陰で村は平和ですからね。

飲みすぎないように、いいですね?」


諦めたように……いや言いくるめられてるな、リーフ。アレンとリーパーはごくごくと酒を飲み、豪快に肉にかぶりついた。

肉と言えば、俺もまだブラックボアのステーキ食べてなかったな。

ナイフとフォークを手に取り、一口サイズに切って口に入れる。


「ところで冒険者ギルドのクエスト受けてきたんだよな?稼げたか?」


ブラックボアのステーキは弾力があり、ステーキにかかったソースの味が始めに口内に広がり、噛むと肉汁が溢れて美味いが、弾力がありすぎて噛むのに苦労する。


「稼げたか……って、お金稼ぎだけが目的じゃないんですよ。クエストを受けることで、困っている人を助けたりすることが出来るんですよ!

今日は、ヒーリンソウを採ってギルドに納めました。ヒーリンソウは初級回復ポーションの材料です。本当に僅かかもしれませんが、それでも人の役に立つことができる……。それが私は嬉しいんです。生きているって実感できるんです。」


「まぁ、村でもお前は積極的に怪我した人に回復魔法使ってやってるもんなぁ。」


いや、聖人かよ。

ステーキをもぐもぐと噛みながら心の中で突っ込む。

ここまで、人に優しくできるなんて世界にどれほどいるんだろうか。


人の役立つことが生きている実感がする……か。


俺はまだ答えを出せないでいる。

あの世界で自分の価値を見いだせなかった。

この世界は元の世界とは全く違う……見たこともない新たな環境に来ることが出来た。だからこそ自分の価値を見いだせると思った。俺はこれをするのが嬉しいから、楽しいからというものが見つかると思っていた。


「……ゲホッゲホッ!?」


ボーッと思考しながらステーキを食べていると、思いっきりむせてしまった。


「ユウキさん!?お水お水……ってお水持ってきてない!?

スープは飲ませるには熱いし、どうしよう!?」


「これしかないな、オラッ飲み込め!」


アレンが持っていたジョッキを強引に俺の口に運んで酒を飲ませてくる。


「ごぶっふ!?」


「飲め!じゃないと詰まったままだぞ。」


「……ごくごく。」


結構強い酒なのか、アルコールの匂いが鼻をつき、凄く辛いが必死にがぶ飲みする。


「……だ、大丈夫です?」


「大丈夫じゃね?あんだけ飲めば肉も流れるだろ。」


リーパーの言う通り、ステーキはもう胃の中に流れていったのだが。


「強い酒がぶ飲みさせたけど……あ、これダメだ。

こいつ酒飲んだことないのか、もう酔っちまった。」


「うへー、こぉれ苦いねー。」


体がふらふらと不安定で呂律が回らなくなっている。


「ユ、ユウキさん!?か、肩がしますからお部屋に戻りましょう。」


「あー、うん。なんか、すまねぇなリーフ。」


アレンが苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「いや、これは……まぁ、はい。

とりあえず、ユウキさんを部屋に戻してきます!」


リーフが俺の体を支え、肩を貸してくれる。

かなり密着していていい匂いがするが、酔いでボーッとして緊張とかはまるでしていない。

心臓がバクバクいっているが、緊張が原因では無いはずだ……多分。


「リーフは、とってぇもやさしーんでぇすね。

俺はすんごいなぁーっておもうんだよ!」


ふらふらとしながら口が勝手にペラペラとリーフを褒める。


「いえ、そんなことは無いですよ。私はただ人を助けるのが好きなだけで……。」


「それがすごいっていってりゅんですよ!」


通路まで進んだところで俺はリーフの肩を振り払い、リーフにピシッと指を向ける。


「俺なんてなにもまだ自分の価値とか見いだせてないんですよ!」


ふらふらと壁に寄りかかりながら、叫ぶ俺。

いや、何やってんだ。


「ユウキ……さん?」


どこか不安げに俺を見るリーフ。


「俺は……一体なにに価値を見いだせるんだ。

自分の存在に生きている理由や価値を見いだせなきゃ……ただ日々を無駄に過ごすだけだ。」


酒の影響だろうか。普段口に出さない本音が口をついて出てくる。


背中を壁に押し当てるが、足に力が入らず、ずるずると下がっている。


「……価値っていうのは、自分から見い出すものでは無いと思います。私も気づいたら人の役に立つのが嬉しいって思っていただけです。

第一、生きる理由や自分の価値を見い出す……そんなことをずっと考えて生きていたら、楽しくないでしょう?

だから、その考えはやめましょう?

そうすれば、自分の生きる理由や価値がいつの間にかなにかあることに気づきますよ。私のように。」


お尻が床に着く前に、手を差し伸ばして、俺と壁の間に腕を挟み込んで起こし、元の肩を貸してくれる状態へともどった。


そうだ、そんな自分の生きる理由、価値なんて考えなくてもいい。それにこの世界にまだ来たばかりなんだ。

見たことも無いことなんてありふれている。

きっと魔王を倒すまでに自分の存在価値を決めれるだろう。


「リーフ……ありがとう。楽になったよ。」


「ふふ、さぁ早くお部屋で休みましょう。」


リーフが足を踏み出し、2人で通路を歩こうとする。

しかし、リーフにもう一つだけ言っておきたいことがある。


「リーフ……。」


出来るだけニコリと笑いながら、リーフを見つめる。


「どうしましたか?」


「…………吐きそ。」


「っ!?」


直後に、宿屋に悲鳴が響き渡ったとか何とか。

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