第22話 とりあえず安全です

階段を挟んだ反対側──王子やら王太子やらその従者やらを押し込めた棟の廊下では、一応身なりを整え、姫たちの貞操に危機あらば外交問題なぞくそくらえと身構えていた男たちがいた。

残念なことにその場にいない者もいるが、おそらく『大公家に取り入って妹姫の婚約者か愛人の席を手に入れろ』とでも言われてきたのか、各部屋に置いてあった『大公家の宝物への道順』なる紙を握りしめてそそくさと違う方向へ折れていく者たちを見送ったのはずいぶん前である。

この国に招かれた際に『異性の同行者が必須』となっていたのは、マレク・デミアン・ガウシェーン大公の正室が選定されてそのまま舞踏会になるからだと招待状にはあったが、まさか招待客の女性の中から選ぶつもりだったとは思わず、ついでにエミリア姫の婿選びも手軽に行うつもりだったとは…と呆れてしまう。

「……リアだけで十分だな」

「そのようでございますね」

ダーウィネット属王国第二王子のヴィヴィニーア・ラ・クェール・ダーウィネット・ダーウィンが溜息を吐けば、同じように安堵の声でアディーベルト・ギャラウ・ドルントが頷く。

更にその会話を聞いて頷くのは、『大聖女』という存在がどのようなモノか理解しているダーウィン大王国や、ダーウィネットと同じ属王国の人間だ。

その他の国でも似たような加護を象徴する人物はいるのだろうが、おそらく聖力、神力、神秘の力と呼ばれる能力の他、攻撃も防御力も桁違いなロメリア大聖女の放つ魔力の大きさに驚愕の眼差しを向けている者がほとんどである。

「今すぐご婦人のもとに駆けつけたいと思うご仁もいるかもしれないが、私の言を信じ、今宵は各室へ戻られた方が良い」

「しっ、しかし……」

威厳を持ってヴィヴィニーアが告げると、さすがに年若い王子の言葉を鵜呑みにはできないと反論しようとするどこかの国の大使が立ち上がった。

「今聞こえたと思うが、ロメリアはご婦人が休まられる部屋の扉に防御の魔法を掛けるだろう。またあの棟に通づるあの入り口に関しても、おそらく見えない壁を設けるはずだ。女性であれば通り抜けられても男性は一切通さず、また入ればロメリアが解除するまで何人なんぴとたりとも出られぬ術となっている」

ヴィヴィニーア自身は試したことはないが、ロメリアに近付こうとした新人の男性神官がまとめて吹っ飛ばされたとか、やはり新人の女性神官がロメリアに気に入られようと気を利かせて朝の支度に訪れたはいいものの、ロメリアの結界の中に閉じ込められたというのは大神殿ではよくあることらしい。

「ああは言っていたが、基本的にロメリアは女性を保護対象と見なす。よほど攻撃的な者でなければ、女性たちの貞操は完全に護られると信じてよい」

「そ…うですか……」

ヴィヴィニーアの言葉を信じ切れているかどうかわからないが、先ほど大公たちを撃退した強大な魔法を根拠とすれば疑う余地はない──のだが。

「まあ、私の言葉が信じられなければ、直接あの入り口に向かってみればいい」

「五体満足で朝を迎えられるかは保証いたしかねます」

「あの…あなたは……?」

「あ、わたくしはロメリア様付きの従者です」

「え? ダーウィネット属王国第二王子殿下の従者ではなく……?」

「ややこしくなりますので、今は王子殿下の従者としてご認識いただければ」

にっこりと笑うアディーベルトにまだ疑問の表情を浮かべつつ、それぞれ自分の部屋に戻った。



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