第20話 誰がどれでもどうでもいい
それはロメリアやリリアンのような慎み深い寝間着よりも、肌の露出が広いソレを身に付けた女性たちの声。
剥き出しの腕を組んで、わざとなのか零れそうな膨らみを強調しつつ、下着まで見えそうなスリットを捌いてピカピカに光る脛をさらけ出しながらロメリアたちに近付いてきた。
「……あなた、貴族じゃないのに、どうしてこんなところにいるの?」
「……はい?」
ロメリアはコテンと首を傾げただけだが、低い声は彼女のやや後ろから発せられた。
「……今、なんと?」
「だから!あなたは貴族じゃ……って、何であなたが返事をするのよっ?!」
キャンキャンと表現したくなるような甲高い声を出すその女性はロメリアに詰め寄りかけ、口を開かない少女ではなく、鋭い目つきで睨みつける腹の膨れたホムラに噛みついた。
「だーかーら!ここにいるのは、ガウシェーン大公様よりご招待いただいた各国の王家の者とその婚約者でしてよ?家名もないような使用人がこんなところに……ああ!そちらのリリアン公女の侍女ですの?」
「いえ、違いますけども」
「では、あなたは誰の使用人?!この娘の主人はここに出なさい!」
「……使用人はわたくしです。わたくしはホムラ・リー・ドルント、結婚前はガヴェント男爵家に連なる者です。こちらの姫はフェディアン辺境伯爵家の令嬢ロメリア大聖女様です」
「だっ…大聖女……?」
「はい。歴代の大聖女様の中でも特に神々の加護厚く、そのご身分は尊く、ダーウィン大王国ダーウィネット属王国の至高のお方でございます」
「し、至高って……」
意味がわからないと詰め寄ろうとした女性の後ろで、ザッと数人の女性が膝をつく。
それはリリアン公女を始めとした、ダーウィンの歴史を知る大王国及び属王国の者たちだ。
騎士爵より男爵、男爵より子爵、子爵より侯爵、侯爵より公爵、そして侯爵より上の地位にあるのは王位だが──ダーウィンの血族に守られた国土に住まう者たちにとって何より尊ぶべき者──それが『大聖女』という役割を担う女性たちである。
それはダーウィン大王国、各属国の頂点にそれぞれ君臨し、国のあちこちにある神殿に住まう『聖女』たちの長であり、防衛や繁栄、そして心身の安寧を約束する存在。
その発現は貴賤問わずであると言われているが、ダーウィネット属王国ではフェディアン辺境伯爵の血筋の女性だけがその能力を受け継ぐ。
その法則が他の国ではどうかはわからないが、やはり膝をつき
「なっ…な、何、ですのっ?!」
「名乗らぬお方。あなたがどなたかわたくしたちは存じませんが、わたくしたちにとって今目の前にいらっしゃるロメリア大聖女様は、わたくしたちにとって何より至高のお方。あなたが無礼をなさるのは結構ですが、わたくしたちは追従いたしません」
「なっ……た、たかだか伯爵家の娘ではありませんの!わ、わたくしはラダム王国セニフン侯爵家の娘でしてよ!」
「……そうですか。であれば、たとえ大聖女様でなくとも、ロメリア大聖女様とご実家の身分は変わらないのでは?」
「なっ…何をおっしゃってるの?!侯爵と伯爵では位がちが…」
「違いませんわ。伯爵という爵位ではありますが、辺境を治める領主のその地位は侯爵と同等。少なくともわたくしたち宮廷貴族家の者はそう承知しておりますわ」
国によって認識が違うかもしれないが、この場にいる令嬢や夫人たちの多くがリリアン公女に賛同した表情を浮かべ、互いに目線を合わせて小さく頷く。
『ラダム王国セニフン侯爵家の娘』としか名乗らぬ令嬢とリリアンのやり取りを見ていたロメリアは、さらに興味を失った顔で凍り付かせていた扉の封印を解いた。
「なっ…何をっ……」
「出て行くも行かないも、自由になされば?」
「は?」
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