第19話 悲喜こもごも
「害虫は去りました」
ほぉっ…という溜め息がいくつも重なって、中には泣き出した者もいる。
数は少ないが残念そうな舌打ちも聞こえるが、それは無視した。
別にこちら側から出て行くことは可能なのだから、とっとと夜這いすればよかったのだ。
『淑女の嗜みが…』とか何とか戯言を言っていた姫は、誰が見ても就寝にはふさわしくない化粧と匂いと寝間着──いや、もうあれは夜伽用のランジェリーとしか言いようがない恰好をしている。
ロメリアは舞姫の薄絹よりも露出が激しいと表現されたソレを見てみたかったのだが、「目が腐る」と侍女のホムラが立ち塞がったため、チラリとも目にできなかったのを残念に思っていた。
先に王太子と婚姻を結んだ姉のリーニャの胎に宿った命以前から、妊婦に対して祈祷や治癒をするために人体や性的な教育はおそらく世間一般の令嬢どころか庶民よりも詳しく教えられている。
だがその時に女性は男性の気持ちを盛り上げるべく着ける衣装というのがあるということしか知らず──
「あぁ、あのはしたないカレーとか何とか言った姫が身に付けていたご衣裳のようなもの?」
「……否定はいたしませんが、ええ、あの厚かましくも姫様のボンクラ王子を篭絡できると思い込んでいたカリーナ姫のようなお召し物です」
「それは…ひょっとしてお噂のあったサビフェーナ皇国の第三皇女であらせられたカーリマ皇女様でしょうか?」
「あら、そんなお名前だったかしら?」
気の抜けた主従の会話をすぐ後ろで聞いていたらしいどこかの王女か貴族令嬢が、笑いを堪えた声で割り込んできた。
まずホムラがふり返り、声を掛けてきた女性の服装に問題がないのを確かめてから、ロメリアに話をしても大丈夫だと頷く。
「……失礼いたしました。わたくし、ダーウィン大王国から参りましたセシェリー公爵の第二公女リリアンと申します。そちらは……」
「……許可するんじゃなかった」
チッと舌打ちをしたホムラが横を向いたが、ロメリアは気にせずコテンと首を傾げた。
「ロメリアです」
「……失礼ですが、家名は?」
「ないですわ」
「え?」
ポカンとリリアンだけでなく、後ろでへたり込んだり支え合っている令嬢や夫人たちがロメリアに珍獣を見る目を向ける。
聖女が家名を捨てるのは当然──というのが、大王国ダーウィンを始めとした属王国の常識だと思っていたが、そうではなかったのだろうか?
ロメリアがホムラに向けて無言の問いかけをすれば、「その通りです」という無言の頷きが返ってきた。
「では、あなたは貴族のご令嬢ではないのね?」
「いいえ?」
「え?」
わけがわからないとリリアンは眉を顰めるが、ロメリアは意に介さない。
「じゃあもう寝ましょう。あ、出たい方がいらっしゃいましたら氷壁を解除しますけど、どうします?」
「えっ……」
それぞれ意味の異なる声が上がったが、悲鳴のような声が問いかけた。
「そ、そんなっ……その氷壁?あなたの魔法が解けたら、ど、どうなりますの?!」
「どうもなりません。出て行きたい人が出て行ったら、また壁を作るだけですもの」
「まぁ…よかった……」
「よくないわよ!」
別の金切り声がさらに後ろの方から響いた。
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