第14話 迂闊な口は慎むべし

一方、臨時の従者となったアディーベルトに監視されているとはまったく思わず、ヴィヴィニーアはイライラと客室内を歩き回った。

正式な夫婦ではないため、婚約者のロメリアとは同じ迎賓館とはいえまったく別の翼に案内されている。

実を言えばそれはヴィヴィニーアだけでなく、このガウシェーン公国に大使館のない国からの賓客すべてがそのような手配をされているのである。


それがいったいどういう意味を持っているのかを知ったのは、緘口や機密という言葉の持つ意味にも思い至らないらしい公国家臣らが卑屈そうな笑みで王子や大使たちの招待状を検めた後、同行する年若い令嬢たちを見てからピュウッと気を引く様な口笛を吹いたせいだった。

「……おい、見ろよ、すげぇ別嬪さんだぜ?!」

「ああ。ダーウィネット属王国……え?あれが大聖女?ちょっとまだ青臭そうだけど、へぇ……なかなか……今回の目玉だろ?」

「ああ、いいんじゃねぇ?ちょっとロリっぽくて。飽きたら俺たちに回してくんねぇかなぁ~」

「ハハハ!『百人ハーレム計画』第一団様ご到着~!」

「おっ…あっちは妊婦かぁ~。さすがにアレは無理だろ?」

「いやいや、人妻と言えどかなり……ついてこなかった旦那が気の毒だな!」

「ああ、自分が知らないうちに離縁からの~子流れの~大公殿下が美味しくいただきまぁ~すってかぁ」

ニヤニヤと笑う彼らの言葉はすべて大陸共通用語ではなくガウシェーン公国で使われている癖のある旧ダンレン国語だ。

すでに失われた王国の言葉ではあるが、ガウシェーン大公家は中央部を他国に見劣りしないように整えることに必死で下々並びに末端地域のことなど蛮地と見なしているため、いまだに旧ダンレン国語は日常的に使われている。

前王家に忠誠を誓っている貴族がいまだ息を潜めて政権奪還を狙っているという話もあり、古い言葉を捨てていない者は多い。

だから国賓たちを品定めする男たちが公用語を使わないのは、他国の者であれば言葉を理解できないと思ってのことだろう。


残念なことにここに並んでいるのは国の重要な地位にある者ばかりで、ガウシェーン公国の不安定な政情を理解しており、また旧ダンレン国語に芸術的価値が見出されているため、ガウシェーン公国語と共に嗜んでいる者が多かった。

しかも主人が理解しておらずとも、情報収集の任を帯び従者としてその知識を持っている者がそばについていただろう。

むろんヴィヴィニーアは兄である王太子に代わって外遊に赴くことがあるのと、剣よりも机の前にいることが得意ということもあり、旧ダンレン国語も習得していた。

そしてロメリアも──唯一王家に嫁いだ次姉のリーニャ王太子妃が幼い頃から大神殿で修行をしなければならない末妹を慰めようと王家の図書室にあった異国の絵本を読み聞かせしてくれたおかげで、歴代の大聖女の中でも語学に優れていると言っていい。


当然のことながら招待状の検閲や身元の確認をしながら失礼な人物評価を続ける男たちの言葉を聞き取り、そちらを見ることなく眉を顰めた。



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