第12話 抵抗したのも当然です

「まったく!何なのかしら?一体!!」

ぷんすかぷんと表現したくなるような可愛らしい怒り姿を見て、ホムラは微笑みながら自分の腹を撫でる。

その中にはふたつの命が宿り、いずれは第二王子と大聖女の間に産まれる御子に侍るための教育を施さねばならない。

自分も赤子の頃から姫君をお世話したが、あの頃から大聖女の宿命を背負って生まれたロメリアは美しく、そして今もまたリスのように頬を膨らませて怒る姿が可愛しいとおもう。

「ねぇっ?!ホムラもそう思うでしょっ?!」

「ええ、まったく」

それは心にも無い、というわけでもない。

むしろ腹に据えかねる。

大聖女ロメリアという看板を背負って訪問してほしいという正式な招待状に、『婚約者がいても構わないから、自分の元に侍るべし』という文言はなかったはずだ。

ましてや専属侍女であるホムラはそれとわかる妊婦であり、しかも従者として婚姻関係にある夫と共に正式にこの国の大公以下貴族たちに紹介されたのである。

なのにふたを開けてみれば、見目好い令嬢のほとんどが未婚であるという理由で大公と同席させられ、失礼なことに品定めの目で見られていた。

しかもその席に着く前にひとりひとり挨拶せよと促され、全員に何かしら一言二言囁きかけるという罰ゲームオプションつきで。

「……胎の子が流れてしまえば、あのような冴えぬ男を伴侶にしておく理由もあるまい?なに、貴族などでなくとも我が宮ではそのような身分差など気にせずともよい……」

ゆったりとしたドレスの下腹部辺りをジロジロと見、次いで妊娠のために豊かになった胸にニヤついた視線を当てながらそう言う大公の顔にグーパンを入れなかっただけでも褒めてもらいたい。

だが握ったホムラの手の甲をもう片方の手で撫でようとした瞬間、バチッとまばゆい光が大公の帽子を吹っ飛ばし、「チッ」と微かな舌打ちの音がしたのをホムラの耳だけが捉えていた。

「……わたくしごときのために、姫様がお力を振るわれずとも」

「いいえ。あれはあれでわたくしの逆鱗に触れてよ?この国の守護神があの時はまだあの大公バカを見限っていなかったから、あの憎たらしい頬を張るはずだったのを除けられてしまったのよ」

ちなみにロメリアも口説かれていた。

「……あなたのように美しく聡明な花が、あんな見た目だけの第二王子に傅くなどあってはならない。あなたが侍るべきは、私のような最高権力者の足元がふさわしい……」

その時に大公が吹っ飛ばされなかったのは、ロメリアのそばにいた宵娘シェナが素早くロメリアの聴覚を塞ぎ、『聡明な花』以下のセリフを聞かせなかったためである。

だからこそロメリアは口の動きだけで自分自身と婚約者であるヴィヴィニーアをけなされたのを、冷たい視線を向けるだけで済ませてやったのだ。


だが徐々にマレク・デミアン・ガウシェーン大公は、自国の神に見捨てられるような言動を、あのひと時だけで繰り返して見せた。

ただひとりの神を信ずる一神教よりも、多神教の方が多いこの世界では、真面目な神もいれば奔放な神もいる。

だがあの愚か者は、どんな神でも見捨てざるを得ないような言動を繰り返した。


まず他国とはいえ国教になるほど信仰力を集めた神の巫女の中でも最高に寵愛を受けていると言っても過言ではない『大聖女ロメリア』に向かってダーウィネット属王国を捨てて、自分の嫁になれと言ってきた。

そしてすでに人妻であり、夫との愛の結晶である双子を宿すホムラに対して、無残にもその命を散らして自分の側室になれと口説いた。

また別の同盟国からやってきた姫君に向かって来月婚姻式を挙げる隣国の王子を裏切って、今夜契りを結べば国にとって益になるしイイ思いもできると肩を抱こうとした。

美しい姫をひとりずつ自分の横に呼び、勝手に『自分のモノになれば親が喜ぶ』などと吹き込もうとしたが、手の甲を舐められそうになって悲鳴を上げた者もいた。



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