31話「か」


「志渡、まじめな話してもいい?」


「いいけど、どうしたの?」


 俺と志渡はベンチに座って、荷物を置いた。


「文化祭で、志渡が今の俺を受け入れてくれて、嬉しかった」


「私は、翔太郎が勇気を出して話してくれて救われたよ」


志渡の視線はまっすぐで、迷いがない。

柔らかくて、しなやかで、でも清くて凛とした顔立ちだ。


「事故に遭う前の俺が、志渡のことを本気で好きだったから、志渡は俺のことをあれ程思ってくれた」


「俺は……」



「俺は、美音奏のことが好きだ」

「——」


「昔付き合っていたからとか、そういうのを全部無くしたとしても、俺は、今の俺として美音奏が好きだ」


 志渡の影だけが、スーッとプラットホームに伸びていく。



「もう一度じゃなくて、新しく、俺と付き合って欲しい」


迷いはない。

この思いは変わらない。


志渡は、目に涙を浮かべながら、口を開いた。



「—————————」

 

俺と志渡の隣を、特急の列車が通過して、風が二人の前髪を揺らした。












_____________________________

 数日後 火曜日 6限目 古典の授業


志渡視点。


 教壇では、三輪先生が教科書を持って何か話している。


「こうして、蓬莱の玉の枝を持ち帰った車持くるもちの王子は、かぐや姫と結ばれたのでした」

「王子がかぐや姫詠んだ歌が、”いたづらに 身はなしつとも 玉の枝を—”」


 古典って難しい。覚えることが沢山あるから。


 でも、昔の人が詠んだ歌を見るのは嫌じゃない。


私は、ふと国語便覧を眺める。


授業とはまったく関係のない、百人一首のページ。


数ある詩の中からとある一つが目に留まった。




”忘らるる 

 身をば思はず

  ちかいてし


人の命の

 惜しくもあるかな”      

                          

                          

                          

                      

訳 私を忘れないと誓った貴方が私を忘れてしまったら、あなたに天罰が降りかかって、命さえ失ってしまうのではないか。私はそれが惜しくてたまらない





 チャイムが鳴った。瀬菜ちゃんが号令をかけて、授業が終わる。

私が便覧もノートも教科書も閉じて、リュックにしまう。


ピロン。


スマホが振動した。

私、翔太郎、奈良坂、怜雄のメッセージグループだ。


『クリスマスのダブルデート、どこいくよ?』

怜雄が尋ねる。


『名古屋いきたーい!大須とか栄はどう?』

奈良坂が提案する。


私は少し考えて、前の席の人の肩をポンポン叩いた。


「翔太郎は?どこに行きたい?」

前の席の翔太郎が振り替えって、私の席を見る。


「美音奏たちと行けるならどこでも良いけど……名古屋、楽しそうだね」



『志渡&翔太郎も名古屋賛成で!』

 私はそう送ると、アシカのスタンプを付け足した。





1週間後 12月24日

名古屋 栄 オアシス21「水の宇宙船」にて



 いくよー。


パシャ。


 怜雄のスマホの画面に、私、翔太郎、奈良坂、怜雄が並んでいる写真が表示された。


「じゃあ帰るかー大須商店街歩き疲れたわ~」

 怜雄はそう言いながら両腕を伸ばした。


前を歩く怜雄の右手を、奈良坂の左手が包み込む。




ぴろん。


 スマホの録画開始の赤いマークをタップすると、少し揺れているカメラワークの中に人影が写る。


「しょーたろー」


 私はその被写体に声を掛ける。


「ん?どした?」

 翔太郎(しょーたろー)と呼ばれた被写体は、カメラを構える私の方に顔を向けた。


 首にマフラーを巻いて、真っ黒なコートを着ている翔太郎の顔は、私の顔から27㎝くらいの距離にある。


「記念日の動画用」


「いっちゃうんだ、それ」

 翔太郎が右手で顔を隠すと、その手の隙間から赤く染まる頬が伺える。


「ねえ美音奏」


「ん?」


「これ、クリスマスプレゼント」


 翔太郎はそう言うと、ショルダーバックの中から紙袋を取り出して、それを私に渡してくれた。



「え!ありがとう!」

 私はその紙袋えお受け取ると、中身を覗いてみる。


 海外の人気アニメキャラクターのスマホケースが入っている。片方はアシカで、もう片方は狼のキャラクターだ。


 二つ繋げるとハートが出来る仕掛けになっている。


「これ……」

 私は、これに見覚えがある。


 「ありがとう」

私は翔太郎に手を繋いで、目を見た。


「どういたしまして」

 翔太郎はそう優しく頬えんだ。



聖夜の浮かれた夜の街を、私たちは4人で歩いている。


雪が降り始め、吐く息は白く染まる。


 もう、昔の翔太郎は居ない。

でも、今の翔太郎が大好きだ。


 手探りで、点描をなぞるような恋でも。



手を取ることは


出来ずとも


私は 貴方を


好いている。



5節 「点描」 完

 

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