29話「あ」
期末テスト最終日
翔太郎視点
「終わったぁぁ」
俺は問題用紙の上に顔をバタンと落とした。
「今年も残すは冬休みだな」
怜雄は俺の頭を、丸めた問題用紙でぽつんと叩いた。
「今日は部活でしょ?怜雄達」
俺は姿勢を正して怜雄を見つめる。
「そうだよ」
「怜雄!!部活!行くよ!」
教室の後ろのドアからテニスラケットを背負ったツユが入ってきた。
「噂をすれば……。最近部活バカに昇格したツユだ」
怜雄は少し呆れながらも、自分のテニスラケットを背負った。
「じゃあ、部活行ってくるわ」
「頑張ってね」
ツユに引っ張られる怜雄に別れを告げて、俺はスマホの電源を付けた。
12/5。期末テストが終了した今、2学期に行事は何も残っていない。
あとはひたすら冬休みを待つだけだ。
修学旅行が終わってから、四渡は軽音部に復帰したようだ。奈良坂や水早と共に、部活に行ってしまった。
俺は机に座ったまま、教室を眺める。
俺がこの世界に来て、学校に通い始めて3ヶ月。
翔太郎の事前知識がインプットされていたとはいえ、レムリア大陸出身の俺がこの世界で生活出来ているのは、みんなのおかげだ。
レムリアにいた頃には当たり前のように1人で、他人と関わるのが苦手だった。
苦手だっただけではなく、他人と関わるのが嫌だった。
でも、この世界に来てから沢山の人の気持ちに触れた。
俺の事を親友だと思ってくれる怜雄。
真神 翔太郎のことが好きだった志渡。
志渡の親友で、怜雄のことが好きな奈良坂。
俺たち4人を支えてくれた、ツユ。
みんなとの人間関係を通して、アセナとしての自分にも自信が持てるようになってきた。
人のことを好きと思えるくらいの俺になれた。
俺は真神 翔太郎の殻を被っているだとか、そういう鎖は、もう気にならない。
確かに俺の心には、今でもその鎖が繋がっているけれど、もう向き合うと決めたから。
俺が、志渡を好きでいることに迷いは無い。
今日は木曜日。今週の日曜日に、2人で鳥羽市にある水族館に行く約束をした。
水族館に行った後。
俺は、志渡に告白しようと思う。
告白したら、今の関係のままでは居られない。
でも、今の関係のまま居るのも嫌だ。
志渡は俺の事を友達だと思ってくれているのに、俺は一方的に下心を持っているのは、居心地が悪いと感じる。
最初、初めて病室で志渡と話した時。
志渡の顔は涙で覆い尽くされて見えなかった。
でも、学校で出会って、少しずつ会話を重ねた。
俺と話すことすら辛かっただろうに、それでも前を向こうと、一緒に文化祭準備に参加してくれた。
その過程で、初めて笑顔を魅せてくれたり、俺の事を名前で呼んでくれたりした。
初めは一目惚れで、隠さずに言うと、容姿が好きだった。次第に心も惹かれて行き、ココロもカラダも、志渡のことが好きになった。
嬉しかった。文化祭で過去のしがらみを乗り越えれた時。
修学旅行で一緒にお化け屋敷に行って、最終日には将来の夢を話してくれた。
出来ることなら、その将来に俺も居たい。
そう成れる為に、覚悟を決めなければ。
日曜日 当日
高校の最寄り駅に集合して、そこから一時間半かけて鳥羽市に向かう。
9時が集合時間だったが、8時30分には待ち合わせ場所に到着してしまった。
腕時計を何度も確認したが、その度にまったく時間が進んでいない。
十数分後、俺は背後からかけられた声にすぐさま反応した。
「しょーたろー」
振り返ると、ダウンジャケットにビーニーを被り、デニムのショートパンツの下にストッキングを履いている志渡の姿があった。
「わ!私服見るの……何かと初めてかも」
俺は初めて見る志渡の私服に少し驚いた。
「そっか、今の翔太郎は初めてか!どう?」
志渡はそう言いながら手を伸ばしてその場で横に一回転した。
「結構ストリートっぽい服装なんだね。なんか意外だけど、似合ってるよ」
「あんがと、翔太郎は前とそんなに変わんないね」
「まあ、翔太郎が買ってた服が合ったからね」
「そっか。やっぱり身長あるとコート似合うね」
「ありがとう……」
「早く集まれたから一本早い電車に乗れそうだけど、そうする?」
志渡はスマホで電車の時刻表を見ながらそう言った。
「そうだね、早く行くには越したことないし」
俺はそう言うと、志渡と一緒にプラットホームに移動した。
五十鈴川行きの有効に乗り込んだ。車内はそこまで混んでおらず、2人で並んで座ることが出来た。
鳥羽まで、乗り換えを一回挟んで一時間半くらい。
「ねえねえ、これ見てよ」
そう言って志渡が俺に見せてきたのは、水族館の公式SNS。
「この子は……アシカ?」
SNSには、ボールを鼻の先に乗せる芸をしている、アシカのような動物の写真が投稿されている。
「アシカの仲間だよ。正確には、アシカ亜科のオタリアっていう動物」
「オタリア……初めて聞いた」
「ぱっと見の違いは分かりずらいね。オタリアはアシカよりもサイズが微妙に大きいんだよ。あと、性格がアシカよりも犬っぽい」
と志渡は写真を眺めながら解説してくれた。
「犬っぽいのか……アシカは海の犬っていうくらいだしね」
「そう!よくご存じで。犬っぽいのがたまらんよ」
志渡は声を抑えながらも喜んだ。
「今日はこの子……オタリアのリコちゃんのデビューショーなんだよ」
「え?そうなんだ……。じゃあ早めに行って前の方の席を狙おうか」
「そうしよそうしよ。アシカの個性とか芸の種類にもよるけど、前の方の席だと水がかかるからね。ちゃんとタオルとビニール持ってきたよ」
志渡は少し膨らんだショルダーバッグをポンポンと叩いた。
「準備いいな……さすが未来の水族館飼育員」
「でしょでしょ」
「なんか豆知識とか教えてよ」
「そうだね~。今日行く所はね~日本の水族館で唯一ジュゴンがいる所で……」
志渡の熱が伝わる水族館トークは、シンプルに面白かった。
お陰で1時間半の長い移動時間の緊張が解けた。
鳥羽駅で下車すると、潮の匂いが鼻を刺激する鳥羽の海を横目に歩ける道を通った。
十数分ほど歩くと、水族館に到着した。
券売機に少し並び、チケットを購入する。
入場してエレベーターを昇ると、大きな魚の木彫りの置物が俺たちを迎えた。
入り口を通り抜けると、青を基調とした内装の空間が広がっていて、徐々に照明も薄暗くなっていた。
階段を上ると。縦横10メートル以上の大きさがある巨大な水槽が待ち構えていた。
「すげえ……」
幻想的な空間に飲み込まれた俺は、反射的に言葉を漏らしてしまった。
「でしょ?上みてごらん」
「うわ!」
志渡の言う通り頭上を見て見ると、クジラ(?)のもだろうか……。巨大な水生生物の骨が天井から吊るされていた。
「もっと近くで見てみようよ!」
志渡が先に進み、俺に手招きをする。
水槽の目の前まで近づき、一面の青の世界が眼に染み込む。
群れで泳いでいるイワシの群れ。
始めてみる種類の魚たちが、澄んだ青の中に住んでいる。
水槽の奥はどうなっているのか分からない。
でも、上を見上げれば水面に反射する照明がぐらぐらと眩くきらめいて、青と白の境目が無くなっている。
「すごいでしょ?水族館」
志渡は少し自慢げにそう言った。
「うん。志渡が水族館で働きたいと思う理由が、なんとなく伝わるくらい」
「もっと凄いところもあるんだから、行こう!」
意気込む志渡に”連れられる”のではなく、俺は志渡の隣を歩いて次のエリアに向かった。
にじ色のゼリーのようなクラゲ。
水中ブルドーザーみたいないせえび。
ドロップみたいな岩から生えている、こんぶやわかめの林。
うなぎ。顔を見る頃には、しっぽを忘れているほど長い。
風にゆれる、もも色のヤシの木みたいなイソギンチャク。
青と言うよりは、藍色の世界だ。
”青は藍より出でて藍より青し”とか、そういう言葉があるとしても、俺はこの世界を”藍”と感じる。
「みてみて翔太郎、ズワイガニだよ」
水槽の中の大きなカニを、志渡が指さす。
「なんか、口元がちょっと怖いね。甲殻類が少し抵抗あるかも」
「そう?私はみんな美味しそうだと思うけどな~」
「え。食べる気なの?」
「ん?うん」
「まじか」
「あーでも、窮屈な水槽の中でストレス感じながら育った子たちは、あんまり身が美味しくないのかな~」
志渡は頭を捻らせて悩んだ。
その後は屋外にある、両生類や爬虫類が居るエリアに向かった。
「しょーたろー。見てて」
水深数センチ程度の水が張られており、点々と足場が設置されている。
志渡は腕まくりをすると、水の中に手を突っ込んだ。
水中の志渡の手の周りには、黒くて小さい魚たちが集まってくる。
「なにこれ?俺もできる?」
俺は興味津々になりながら腕まくりをする。
「翔太郎もできると思うよ。この子たちはドクターフィッシュっていうの。人間の古い角質を食べる魚だよ。数分間付けておくとね、足の裏とかつるつるになるんだ!」
俺も水中に手を入れると、沢山の魚がちらほら集まって来る。
ぽつぽつと魚に食べられいる感覚が伝わり、痛くはないけれど、指と指の間とかがくすぐったい。
「翔太郎の手、綺麗だね。私よりも魚が集まってないや」
志渡はそう微笑みながら手を引き上げて、ハンカチで拭った。
「俺の手はドクターフィッシュ的に人気無いのかと思ったけど、集まってこない方が綺麗なんだね」
続いて、ヤドクガエルや蛇などの展示に向かったが、お互いに蛇の模様が苦手だったのですぐに離れた。
「もうそろそろ、アシカショーの席取りに行った方が良いかも。結構早いけど、通な人はデビュー初日を見逃したくないだろうし」
「そうだね。真ん中の席を取りたいな」
俺と志渡はアシカショーが行われるステージに向かった。
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