27話「く」
修学旅行3日目(最終日)
翔太郎視点
最終日は朝からサファリパークを観光する。その後は静岡県に戻り、駿河湾を一望できる港に向かう。
コテージ内の荷物をバスに詰め込み、必要なものは全てリュックに詰め込んだ。
「もう最終日か~早いな~」
バス内、隣の席の怜雄は窓から富士山を眺める。
「ほんと、あっという間だったね」
俺も窓から富士山を眺める。
初日に富士山を眺めた時は感動を覚えたものだが、3日になると富士山が見えることが当たり前だと思ってしまう。
サファリパークに到着すると、観光業者のバスではなくサファリバスに乗り換えることになった。
バスの前方がゾウの顔になっていて、格子窓から餌を与えたり、外の空気を吸うことが出来る。
「翔太郎!鹿いるよ鹿!あいつならギリ勝てるかも!」
怜雄は鹿を指をさしながら興奮している。
「角で突かれて一撃だよ」
俺は興奮する怜雄を落ち着かせる。
「男子って何歳になってもこうだよね」
背後に座っている志渡が微笑んだ。
「みてみて!ライオン!あいつネコ科だからさ、猫じゃらしで遊ばせておいて、意識がそれた時に膝でこう!だ!」
興奮する怜雄の隣で、燐斗はさらに興奮している。
「志渡ちゃん、キリン近づいて来たよ餌あげる?」
奈良坂は席に用意してあった植物を手に取った。
「うおおお!近い!」
志渡は草を手に取り、格子の間からキリンに差し出した。
キリンは顔を近づけると、長い舌を伸ばして餌を頬張った。
「ああ!めっちゃ舐められた!」
志渡は思わず笑顔を零す。
サファリバスでのツアーが終わると、少しばかりの自由時間になった。
「翔太郎。私さ、怜雄と2人で回って来ても良い?」
奈良坂がこっそり耳打ちして来た。
「うん。俺は志渡と2人で回ってくるよ」
「頑張ってね」
「そっちもね」
奈良坂と怜雄はハムスターなどの小動物と触れ合えるエリアに行った。
「ねえ翔太郎!私カワウソ見たい!」
そう言って先走る志渡に、俺は付いていく。
ドッグランのように柵で囲まれた範囲の中で、カワウソと触れ合い体験が出来るスペースがあった。
俺と志渡は数百円払い、職員さんから一匹のカワウソを預かる。
「尊い……尊すぎる」
志渡の膝の上で静かに丸まっているカワウソを、志渡はスマホで写真を撮った。
「好きなの?カワウソ」
俺はカワウソの長い胴体を人差し指だけで撫でる。
もさもさとして、少し硬めの毛の感触がある。
「うん!カワウソに限らず、水中で生活する生き物は全員好き!」
「私ね、水族館の飼育員になりたいの」
志渡はカワウソを愛でながら、そう語り始めた。
「水族館の飼育員?」
「うん。小さい頃、アシカショーを見たことがあるんだけど、アシカと意思疎通してるトレーナーさんが印象に残っててさ。それから、私もアシカショーのスタッフになりたいなと思って」
「確か、スマホケースもアシカのキャラクターだよね」
「……うん。一番好きなのはアシカ。でも、大人に成るにつれて、動物っていうよりも水族館そのものが好きになった」
「もし良かったらさ、鳥羽市にある水族館とか行かない?」
「良いね。そこ毎年行ってたんだけどさ、今年はまだ行けてないんだよね」
「奈良坂たちも誘う?」
「う~ん……。2人で行きたい」
俺は志渡を見つめた。彼女の瞳に、俺の瞳が吸い込まれる。
「分かった。期末テスト終わったら行こうか」
「うん」
改めて志渡を見て思った。可愛い。
細いけど芯がある声とか、前髪と触角の間からチラって見える輪郭とか、華奢な体つきとか。
元気で真面目だけど、時々おっちょこちょいな部分とか。
カワウソは志渡の膝の上で、すやすやと眠っている。
集合時間が近づいて来たので、スタッフさんにカワウソを引き渡した。
バスに戻ると、奈良坂と翔太郎は先に到着していた。
志渡と手を振って別れると、俺は怜雄の隣の席に着く。
「ハムスター可愛かった?」
俺は怜雄に尋ねる。
「おう。おいしそうだった」
「そ、そう……。それはなにより……」
バスが出発して暫くして、俺は奈良坂に連絡を送った。
『志渡と二人で水族館行く約束した』
『ほんと!?』
『うん。期末テスト終わってから行ってくる』
『志渡ちゃんは水族館大好きだから、喜ぶと思うよ』
『みたいだね。奈良坂の方は?』
『私は……うーん……』
『アタックするけど、全然効果なしって感じ』
俺は隣の怜雄を見る。流石に疲労が限界を迎えているのだろうか、すやすやと眠っている。
俺は怜雄の寝顔の写真を撮って、奈良坂に送った。
『奈良坂もどこか遊びに誘えば?』
『遊び……遊びね……』
『まあ、頑張るよ』
次の目的地に到着したので、俺はスマホをしまって怜雄の頬をぷにぷに突いた。
「怜雄、着いたよ」
「ん……なら……さ……k」
怜雄は身体をもぞもぞしながら、ぼんやりと目を覚ました。
「おはよう、怜雄」
「ん……。おはよ……」
(今、奈良坂って言った……?)
バスを降りると、ツユと燐斗と合流してお昼ご飯を食べた。
初日の昼食も海鮮丼だったが、燐斗が「魚は食える時に食え。うまいからな」と言い出したので海鮮丼を食べることになった。
1日10食限定の海鮮丼を食べ尽くし、お土産コーナーを物色していた。
集合時間が近づいたのでバスに戻る。
「もう終わりか……修学旅行」
怜雄は億劫な視線でそう呟く。
「短かったね……」
出来ることなら、俺ももう少し旅行したかった。
いや、旅行したかったというより、親も学校も離れた場所で、みんなと一緒に居たかった。
友達と”楽しい”を共有する日々が、こんなに幸せだなんて。
レムリアに居たままなら、知らなかっただろうな。
幸せと喜びと疲労感。それらが混ざり合う心の中に、疑問が隠れている。
さっき寝ぼけた怜雄が、”奈良坂”と呟いた。
怜雄は、奈良坂のことが好きなのかな?
数ある知人から選ばれて、怜雄の夢に登場していたのが奈良坂なら。それは……。
いや、考えすぎるのはやめておこう。
怜雄と奈良坂で、2人占めするはずの思い出だから。
俺も、自分の恋を進めないと。
修学旅行が終われば、もうみんな受験に意識を向け始める。
それは志渡にも言えることだ。まっすぐな彼女の心に、恋愛に使う
結果がどうなろうとも、早いうちに告白したい。
車内の天井から吊るされたテレビに流れていた映画を眺める。
俺も3日分の疲労が一気に押し寄せてきて、眠りに落ちた。
5組の生徒、全39名を乗せたバスは数時間を掛けて三重県に戻った。
陽は完全に暮れて、駅前に停車したバスから降りて、荷物を受け取る。
「じゃ、また来週な」
「うん。またね」
手を振る怜雄に別れを告げて、俺は電車に乗り込んだ。
修学旅行 終了
4節「by my friend」完
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5節「点描」
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