22話「の」

文化祭DAY2

シフト終了後 10時53分


 志渡視点


 受付の仕事を終えた私と奈良坂は、校内を巡っていた。

瀬菜はまだ受付を担当するみたい。


12時になったら、渡り廊下で翔太郎と会う約束だ。

その時間まで、あと1時間もある。


私と奈良坂は屋外通路になっている渡り廊下の屋上に居た。


 落下防止のフェンスの隙間から、売店でご飯を買う人の群れや、軽音部のライブの音が聞こえてくる。


 静かに流れてくる風が、私と奈良坂の前髪をわずかに揺らす。


「今日の12時、2人で話がしたいって翔太郎から連絡が来た」

 私は奈良坂にそう打ち明けた。


「会いに行くの?」


「うん」


「そっか」


「奈良坂は、怜雄とチェキ撮れそう?」

 私は奈良坂の顔をちらっと覗く。


「ん~」

 奈良坂は少し俯いて、考えた。


「あ、ねえ見てあそこ」

 私は売店に並んでいる二人の人影を指さした。


「怜雄と翔太郎だ」

 奈良坂は目を凝らして二人の姿を見つけ出す。


「翔太郎が学校に復帰してから、もう2か月経つ。みんな、新しい翔太郎が居ることが日常になってる」

「昔の翔太郎が居ないことを、みんな忘れ始めてる」


「そうだね……」

 私の言葉に、奈良坂は賛同してくれた。



「奈良坂、怜雄のとこ、行ってきなよ」


「え、でも」


「私は大丈夫だから。気持ちの整理もしたいし……」


「じゃあ……」

「行ってくる」

 

「頑張るんだぞ!」

 私は奈良坂の背中を押した。


「パパかよ」

「ありがと」

 奈良坂はそう言いながら後ろを振り返らずに手を振った。


 私は壁に背中を押し付け、しゃがみ込む。


私はスマホを取り出して時間を確認した。


翔太郎との待ち合わせ時間まで、あと1時間くらいある。


表示された時刻の裏には、翔太郎と繋いだ手の写真が待ち受け画面になっている。


ああ……。


 私はスマホを見るのを辞めて、立ち上がって校舎を見渡す。


 もう一度風が吹いて、私の髪の毛を靡かせる、


バタン!


 屋外通路と廊下を繋げる扉の方から、大きなも音がした。


「!!」


 そこには、ハアハアと荒い呼吸を繰り返し、右手は扉の淵を持ち、私の方を見つめる翔太郎の姿があった。


 「志渡!」


「翔太郎」


 翔太郎はハンカチで額とうなじの汗を拭いながら、私の方へと歩いてくる。


「まだ、1時間前だけど……。志度が一人でここに居るのが見えたから……」


「ごめん、気を遣わせてしまって」


「全然……。俺は時間を作って貰ってる立場だし……」


「それで……話って?」


 翔太郎と目が合った。


 やっぱり、私が大好きだった翔太郎と同じ目をしてる。

少し垂れている眉とか、丸っこい輪郭の耳とか、全部おんなじだ。


 でも、一人称は”俺”だし、話し方とか、雰囲気とか、心とか魂とか、そういう箇所の全てが違う。


 思わず、視線をそらしてしまう。


「中間テストの前、怜雄とツユから聞いた」

 翔太郎が話し始めて、もう一度翔太郎の目を見る。


「俺が事故に遭う前、俺と志渡が付き合ってたって」


そうだよね。いつかは、今の翔太郎も知ることになるって、分かってた。


「それから1か月くらい、俺は志度とどう関われば良いのか、悩んでた」


 本当は気づいていたはずなのに。辛いのは私だけじゃなくて、翔太郎もそうだってこと。


「俺は、志度と付き合ってた翔太郎じゃない」


両方の瞳から、涙が流れ始めた。

 覚悟できてたのに。

 自分で望んだことなのに。


でも、ちゃんと受け入れろ。

翔太郎の気持ちを無下にしちゃいけない。


「志渡が昔の俺との気持ちを忘れられないなら、それでも良いと思う。俺も一緒にその気持ちに向き合うから」


「歪な形の関係だけど、志渡さえ良ければ、これからも仲良くしてほしい」



ありがとう。


 思い出を抱え込んで、歩くのが遅い私に歩調を合わせてくれて。


私が好きだった翔太郎じゃないと、言い切ってくれて。


「ありがとう……。私からも……よろしくね」


 私は右手の人差し指で、零れる涙を一滴ずつ拭き取った。


私が好きだった翔太郎は居ない。


もう、前を向くよ。


「あのさ、これ。事故の前に俺が使ってたスマホ……。パスワード、知ってたりしない?」


 俺はポケットから古いスマホを取り出した。

ボロボロの狼のスマホケースに入っている。


「パスワードまでは知らないけど……。でも、もしかしたら」

 そう言う志度に、俺はスマホを手渡した。



志渡が4つの数字を入力すると、パスワードが解かれた。


ホーム画面には、昔の翔太郎と志渡のツーショットが映っている。


「やっぱり……」

 志渡はそう言いながら、目に涙をにじませた。


「これ、私と翔太郎の記念日……。去年の文化祭の日付だよ」


俺はなんとなく、写真フォルダのアプリを開いた。


『!!』


 そこには、ハンドボール部の生徒との写真、怜雄やツユ達との写真が保存してある。


一番新しい写真は、頭に鉢巻きを巻いた翔太郎と志渡のツーショット。


画面をスクロールすると、志渡との写真がこれでもかと保存されていた。



「どうする?これから」

 翔太郎は私の瞳を真摯に見つめた後、一緒に校舎を見渡した。


紐から外れてしまった風船が、何個かそれに浮かんでいる。


「楽しむしかないでしょ!文化祭!」


「そうだね」


 翔太郎が事故に遭った日から、純粋に”笑った”と感じることが無かった。


でも、今の私には分かる。


この笑顔は、心から笑ってるって。



_______________________________

怜雄視点


「いっしょに食べてもいい?」

 チュロスを握った奈良坂が俺に問いかけた。


「おふこーす」

 俺は焼きそばを頬張りながら答える。


「失礼します」

 手すりを二つ、席を一つ挟んで隣の席に奈良坂が座った。


「どこの企画行った?」

 奈良坂が尋ねる。


「まだカジノだけ」


「そう」


「あのさ、志渡と付き合ってたこと、翔太郎に言った」

 俺は箸を動かすのを辞めて言う。


「いつ?」


「中間の前」


「今日、志渡ちゃんと翔太郎が二人で話すって」


「らしいな」


「うん……」


「心配?2人のことが」

 俺は俯いている奈良坂に尋ねる。


「それもあるけど……」


「なんか他に、悩みでもあんの?」


「まあ、色々と」


「相談乗ってもらったし、俺で良ければ聞くけど?」


「今は……まだいい」


「まあ、俺はいつでも良いからな」


「ありがと」


「ん」


俺はもう一度焼きそばを食べ始めた。


「ご飯の後、どっか回る?」

 チュロスを頬張る奈良坂が提案した。


「あ~。翔太郎戻って来てからでも良い?あいつのご飯守ってるから」


「……分かった」


「ねえ、怜雄は好きな子とか居ないの?」


「好きな子?居ないな」


「なんで……?」


「”なんで”か……?ムズっ。その質問」


「自分から恋愛する気分じゃないからかな」


「じゃあさ、誰かから告白されたらどうする?」


「OKするかは人による」


「そう」


「奈良坂は?」


「へ?」


「奈良坂は好きな子とか居ないの?」


「わ、私……?」


「おん」


「……バカ」


「え?」


 俺は食べ終わった焼きそばの容器の蓋を、輪ゴムで止めた。


「好きな人はね~いるけど教えない」


「居るんだ。どんな感じのこ?」


「優しくてかっこよくて、子供っぽくて、部活の時は真剣で、バカ真面目な人」


「全部じゃん」


「そだよ。私には勿体ないくらいの人」


「5組ではないな!そんな輩はウチのクラスに居ない」


「怜雄!奈良坂!」

 声の方へ振り向くと、翔太郎と志渡ちゃんが手を振っている。


(うまく話せったぽいな。じゃあ、こっからは俺の出番かな)


「帰ってくるのがあと数秒遅かったら、翔太郎の分の焼きそばも、俺と奈良坂で食べてたとこだよ」


「私を巻き込まないでくれます?」

 と、奈良坂が訴える。



「奈良坂の食いしん坊!」

 と志渡ちゃんが奈良坂に言う。


「チュロス半分あげようと思ってたけどやめとくわ」


「ならしゃか~」

 志渡ちゃんは奈良坂の肩をぐわんぐわんした。


「おかえり、翔太郎」

 俺は小声でそう言いつつ、翔太郎の分のご飯を手渡した。


「ありがと、怜雄」

 翔太郎も小声で返事をして、ご飯を受け取った。


「せっかくだし、4人で企画回りますか!」

 俺はそう言って立ち上がった。


「私たちご飯食べてないから、買ってきて良い?」

 奈良坂に抱き着いている志度が言った。


「おっけ~。翔太郎と風船屋根があるエリアのテラス席取ってくるわ」


「任した!」

 志度と奈良坂はそう言うと親指シフトを立てて「いいね!」をした。


「これでようやく、思う存分の片思いが出来るな」

 俺は翔太郎の二の腕を肘でどつく。


「うん。頑張らないと」

 翔太郎の表情は昨日よりも晴れていた。



 その後、ご飯を食べ終わると、各クラスの企画を回ることになった。


「はいは~い。チェキ会のチケット持ってるから、4人でとりたい!」

 と志渡が手を出して言い出した。


「確かに、体育祭でもこの4人で撮ったしさ、私も欲しい」

 と奈良坂も賛成する。


「んじゃ行きますか」

 俺と翔太郎も賛成し、チェキ会の教室に向かった。


会場に入り、”2021 culture festival" 等と書かれた黒板の前に立つ。


翔太郎、俺、奈良坂、志渡の並びで、ポーズをとる。


「いきまーす」


パシャ。


「QRコードを読み込んで頂くと、スマホに保存できますので、よろしければお試し下さい」


 俺達はスタッフの指示通りにQRコードを読み取り、写真を保存した。



「普通の写真も欲しい!」

 と志渡が言い出したので、風船屋根があるエリアへ向かった。


奈良坂がカメラを取り出し、内カメラにして手を伸ばす。


「風船と4人分の顔が映んないや」

 と、一度取るのをあきらめる。


「志渡ちゃんと翔太郎さ、俺と奈良坂の前に行って姿勢低くして」

「あ、あとカメラかして」

 俺は奈良坂の手からスマホを借りた。


俺は4人全員と風船が映るようなアングルを見つけ出し、維持する。


「いきま~す」


パシャ。


「俺達も混ぜてや!」

 どこからともなくやって来たのは、瀬菜、燐斗、ツユと水早。


「すみません……生徒会の広報誌に乗せたいので、みなさんのお写真撮らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 「生徒会」と書かれた腕章を巻き、スマホではなく、一眼レフカメラを持った男の生徒がやって来た。


「いいっすよ!」

 俺達は横に並んで手を繋いだ。


「せ~のっ!」

 手を繋いだままジャンプをする。

その瞬間、シャッターが切られる。


「どんなかんじですか?」

 翔太郎と燐斗が真っ先に確認しに行く。


「ツユと燐斗の顔やばっ!」


「えマジで!?」

 ツユは急いで写真を確認いしいき、その表情を見たツユは地面に崩れ落ちた、


そのツユを見て女子メンバーもたちまち笑顔になる。



ああ。


楽しいな。


やっぱり学校生活はこうでなくちゃ。



 その後、生徒会の子に俺のスマホでも集合写真を撮ってもらった。


 文化祭は終了し、俺達の企画は受賞を逃したものの、260人以上が来場する記録を打ち立てた。


 俺は放課後の片づけの時間に、スマホのホーム画面の写真を変更した。


翔太郎、志渡ちゃん、奈良坂、ツユ、水早、燐斗、瀬菜、そして俺が映った写真に。


2021年 下灘高校文化祭 DAY2 閉幕



3節 「きせき」 完

___________________________


4節 「by my friend」











 

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