21話「い」

文化祭DAY2 

翔太郎視点



 昨日の放課後、怜雄とツユに気持ちを打ち明けてから、覚悟を決めた。


 『覚悟』


 俺にはそれが足りなかったんだ。


 俺は真神 翔太郎としてじゃなく、アセナとして志度が好きだ。


翔太郎というからだを被っていても、俺の気持ちは本当だから。


 気持ちが大きくなって、このからだを窮屈に感じる時が、いつかくる。

それでも、そのからだを破らずに、死ぬまで貫く。


 その覚悟が必要だ。


俺は決めた。


 このまま、翔太郎の殻を被ったアセナとして、志度を好きになると。


 その道の先で、靴がボロボロになっても、遠回りをしても、この道を選んだことを後悔しない。


 今の関係で、好きだと伝えるのは気が早い。


まずは怜雄やツユが言う通り、志渡の心に絡みつく紐を、少しでも緩めないと。



 いつも通り、瀬菜が号令をかけた。

 今日のホームルームは視聴覚室で行われる。

教室はアトラクションと装飾の関係で、机と椅子を全て運び出した。

諸連絡が終わり、ホームルームが終わる。

 クラス全員で教室に向かい、記念写真の撮影をすることになった。


廊下を歩いていた6組の生徒を呼び込み、カメラマンになってもらう。


「いきま~す。ルート2の二乗は~?」


『プラマイ2~』


 パシャ。


その写真はクラスのグループチャットに共有された。


 生徒が普段使っているものとは違う、キャスター付きの椅子。

並べた2本のパイプの先が、座席の下部に金具で固定されているものが二つ。

その二つを交差させ、その交点に軸となる支柱を立てる。


 背もたれに取り付けた手すりを押すと、パイプの反対側の椅子も連動して動く。

座席を自転させる仕掛けまでは実装出来なかったが、遠心力も相まって満足できるスピードが出る。


「翔太郎!乗ってみる?」

 怜雄が背もたれの手すりを持って、手招きした。


「いいの?俺まだ1回も乗ってないんだよね」

 俺は怜雄が担当する椅子に座り、残りの3つの席にもクラスメイトが座った。


「いきま~す」

 回し手の怜雄と、もう一人の男の子が歩き始める。すると、パイプと連結している椅子が、パイプの交点の支柱を軸に回り始めた。


「飛ばすぜ?」

 怜雄がそう言うと走り出す。それに合わせて椅子の公転も加速し、かなりのスリルを感じる。


「せ~の!」

 怜雄が叫ぶと、公転が止まり、次は後ろ向きで回り始めた。


「あああああ!」

 視界とは真反対に流れていく景色と、背中から感じる風圧で、椅子の手すりを握る力が強くなった。


 徐々に回転はゆっくりになり、やがて完全に停止した。


 「あああ……」

 俺は文字通り胸を撫でおろしながら、床に這いつくばった。


「どうだった?」

 怜雄が後ろから尋ねる。


「まじ死ぬかと思った」


「うし!じゃあ男子たち!今日は回し手よろしく!」

 瀬菜が両手を合わせて、クラスの男子にお願いした。


『うい~!』



 黒板の右上にあるスピーカーから、放送の合図の機械音が鳴った。


『あ~てすてす。9時になりましてので、下灘高校文化祭DAY2、開幕です!』


 

「うっしゃ~!いくぞ!」

 怜雄はそう叫ぶと俺と肩を組んだ。


「がんばろかあああ!!」

 燐斗が走って飛びついてきて、もう片方の俺の肩を無理やり組んだ。


「がんばろ!」

俺、怜雄、燐斗が9時~10時のシフトだ。


 2分後、最初のお客さんとなる1年生の生徒がやって来た。


奈良坂、志渡、瀬菜が受付を担当して、座席に案内する。


 スマホと連結したスピーカーから音楽が流れ始め、俺と怜雄は手すりを握って、徐々に歩き始める。

 音楽の盛り上がりに合わせて加速して、タイミングを合わせて逆回転に切り替える。


「きゃあああ~!」

 乗客の絶叫が廊下まで響く。


 徐々に速度を落として、完全に停止した。


乗客は互いに笑顔を交わしながら、教室を後にした。


 1組目の乗客の絶叫を聞きつけた生徒が、ゾロゾロと廊下に溜まり始める。


「2-5の企画すごくね?」

「完成度たか!」


 2組目が座席に座り、今度は俺、燐斗で回す。


2組目の絶叫がもう一度響き、廊下の野次馬は受付に並び始めた。


「4組の教室と被るので、床の線に沿って並んでください!」

 猫耳のカチューシャをした瀬菜の声が教室まで聞こえる。


「これは筋肉痛を覚悟した方がいいね」

 俺はそう言うと軽く屈伸をした。


「ですな」

 怜雄と燐斗も、それぞれ腕を伸ばしている。


 数十分後、俺達の体力が底をつき始めて、カーディガンやセーターを脱いでシャツ姿になった頃、次のシフトの子がやって来た。


「はあ……はあ……やっと終わった……!」

 俺たちは額の汗を拭い、床に這いつくばる。


 受付の方もシフトを交代したようで、完全に俺達の仕事は終わった。


「翔太郎!怜雄!カジノ行くぞ!!」

 異様に意気込む燐斗に連れられて、俺と怜雄はツユが待つ6組に向かった。


6組の入り口で10枚のチップを受け取り、入室する。


 ブラックジャック、チンチロ、ルーレット、インディアンポーカー、パチンコ。


様々な賭博のコーナーがある。俺と怜雄はチンチロでチップを増やしてから、ルーレットに向かった。


「やあやあお二人さん。来てくれたんだね」

 制服に蝶ネクタイをしたツユがルーレットのコーナーを担当していた。


「まあ、まずは偶数に2枚だけで、様子見で」

 俺と怜雄は二枚ずつ賭けた。


「いきますよ」

 ツユはそう言うと段ボールでできたルーレットを回した。


”8”


 『お~まあまあまあ』

 


「次はどうしようかな……」

 俺はツユから増えた分のチップを受け取る。


奇数全ぜんけ?」

 と、ツユが悪魔のささやきをした。


「奇数に全チップを全賭オールイン!」

 その言葉を聞いた怜雄は手持ちのチップを奇数に全て賭けた。


「負けてらんねえわ!俺は偶数に全賭オールイン

 俺は手持ちのチップを縦に積み重ねて、ツユに渡した。


「景気ええなあ!経済もルーレットも回してこうぜ!」

 ツユはそう叫ぶと、ルーレット回した。


”21”


「ああああああああ」

 俺は机に両拳を打ち付けた。


「おっしゃあああ!」

 怜雄は右の拳を天井に着き上げた。


「毎度おおきに!」

 ツユに見送られた俺と怜雄。怜雄は全チップを用いてパチンコに挑むようなので、俺はそれを見守ることにした。


数分後。


「連れてけ」


『地下はやだあ!』

 俺と怜雄は黒服に廊下へと連行された。


「あれ?燐斗は?」

 俺は6組から出てこない燐斗の姿を探した。


「ピンゾロおおお!!」

 燐斗はチンチロのエリアで勝ち続けていたようだ。


廊下から教室を覗く俺と怜雄に気付いた燐斗は、「先行っていいよ!」とジェスチャーをしてくれた。


 俺と怜雄は出店が並ぶ中庭に向かい、昼食を買いに行くことにした。


その途中で、俺は教室にある掛け時計を確認した。


(10時32分……)


12時になったら、志渡と渡り廊下で会う約束をしている。


 チュロスや焼きそば、フランクフルト、フルーツポンチなどを購入し、中庭のベンチに座った頃には、時計の針は11時を指していた。


 (間に合いそうだな……)


 志渡と待ち合わせをしたのは、本校舎と特別棟をつなぐ渡り廊下。

渡り廊下の屋上も屋外の通路になっている。普段は利用できないが、1年生が作った巨大壁画を飾る為に、今日だけは解放されているらしい。


(告白するわけじゃないのに、緊張するな……)

 何を伝えれば良いのか、感覚としては分かってる。

 上手く言葉に出来るかは、正直なところ自信がない。




 「フランクフルトを炭火で焼くというセンスよ。まじで美味い。もう一本買ってこようかな」

 隣で怜雄がフランクフルトを頬張っている。


「いただきま~す」

 俺は焼きそばが入っている容器の輪ゴムを外す。

パンパンに焼きそばが敷き詰められていて、容器の端から紅しょうがが零れ落ちた。


 俺は割りばしを割って、焼きそばをすする。


「熱ッ」

 俺は頬張る口を開けたまま、顔を上にあげてハフハフした。


もう一度視線を下に戻すとき、ほんの一瞬、刹那。


 俺の視界の端—今日だけ解放されている渡り廊下の屋上に、人影が見えた。


俺は不意にその人影を見る。


「—ッ!」

 俺は焼きそばが入った容器を輪ゴムで縛り、急いで咀嚼する。


「どったの?」

 串の奥の方に付いたフランクフルトを側面から食べ進める怜雄が、俺を見て驚いた。


「今日の12時、渡り廊下で、志渡と二人で話そうって約束してた」


「まだ1時間あるのに、志渡が渡り廊下に居る」

 俺は渡り廊下にを指さした。


「ん……まじか」

 怜雄も急いでフランクフルトを咀嚼している。


「ごめん怜雄……」


「行かせて」


「おうよ。誰かに食われないように見張っといてやるよ」


「ありがとう」

 俺は怜雄に礼を告げ、走り出した。


 出店に並ぶ人たちを掻き分けて、時々すみませんと謝りながら、俺は彼女の所を目指す。


 建物と建物の間の空が、大量のカラフルな風船で埋まっている。

その下で写真をとる人。風船に手が届かないかと飛び跳ねる人。


 メイド喫茶のコスプレ集団も、軽音部の部室から漏れる音楽も、その全てを尻目にして、俺は通路を駆け抜ける。


 壁に貼られた広告も、企画への勧誘も無視して、階段に辿り着く。

屋外の渡り廊下は3階にあり、特別棟から入れる。


 スリッパだと走りずらい。けど、それすらどうでも良い。


階段ですれ違う生徒に、異様な目を向けられながらも、俺は2段飛ばして駆け上がる。


 「しょうたr—?」

 多分、ツユと水早とすれ違った。


ごめん、今は。


3階に付いた。


 屋外の渡り廊下へと繋がる扉が開かれている。


額から、汗がぽつぽつと垂れる。


 乳酸が溜まった足を、重たいけど、確かに出したいその一歩を、俺は踏みしめる。


扉を抜けると、快晴の空の元に1人。


髪の毛を靡かせながら佇む、志渡の姿があった。





 翔太郎が去った後の怜雄の元に、一人の女子生徒がやって来た。


「怜雄」


怜雄は後ろから聞こえた声に振り向く。


「奈良坂」


「いっしょに食べてもいい?」


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