20話「の」
文化祭DAY1 放課後
翔太郎視点
吹奏楽部のオープニングから始まり、奈良坂や水早が所属する軽音部の発表。
最期は生徒会と教員のダンスで締めくくられた。
普段は堅苦しい形式の授業を行っている先生がはっちゃけている様子や、レベルの高い軽音部のライブなど、雰囲気だけでなく内容に関しても満足できた。
帰りのホームルームが終わった後、怜雄は準備を頼まれたようだったので、ツユと2人で体育館裏の路地で談笑をしていた。
「どの企画も完成度高かったな~」
ツユは地面に落ちている小石を手に取り、正面に流れている用水路に投げ入れた。
「俺達のクラスも負けてらんないね」
俺は適当に拾った木の枝で地面に円を描いた。
「この学校さ、文化祭にも表彰式あるんよ?みんな頑張ってんだから文化祭くらいは順位付けないで良いのにな」
とツユが苦言を
「去年はどんな感じだったの?」
「去年は俺も翔太郎、奈良坂、怜雄、志渡ちゃんと同じクラスだったんだよ。んで、みんなで綿あめの屋台作って優秀賞とったよ」
「そうだったんだ」
「翔太郎と志渡ちゃんが付き合うことになったのも、去年の文化祭二日目からだった」
ツユはもう一度小石を拾って、用水路に投げ入れる。
「そっか……」
「どしたの?」
ツユは小石を投げ入れるのを辞めて、俺の様子を伺った、
(ツユになら……話して良いかな)
「あのさ、俺、志渡のことが好きなんだ」
「そ~なの?」
ツユは目を丸々と見開いて驚く。
「うん。でもさ、志渡ちゃんが好きだったのは、昔の俺で……」
「今の俺が、好きになって良いのかなって」
俺は木の枝で地面に描いた円に、じぐざぐとヒビを描く。
「昔の翔太郎の存在が、今の翔太郎の恋愛の
「まあそれは翔太郎に限った話だけどね。志渡ちゃんが昔を忘れられないのは、正しい感情だと思う。志渡ちゃんだって、望んで昔の翔太郎と別れた訳じゃないんだから」
「もし、翔太郎が志渡ちゃんのことを本気で想うなら、昔を背負う志度ちゃんを受け入れることも覚悟するべきなんじゃない?」
「覚悟……」
俺はぽつりと呟く。
「まあ、色々あるけどさ……」
「好きって気持ちh……」
ツユがそこまで言いかけたとき―—。
「なにしてんの~」
ダンベルの重りを抱えた怜雄が話しかけて来た。
「良いこと言おうとしたのに!」
ツユはもどかしそうに足をバタバタさせる。
「ほうほう。かくかくしかじかですか」
俺は話の流れを怜雄に説明した。
「俺、あんまり難しいこと分かんないけどさ……。人を純粋に好きになるのは、何があっても悪いことじゃないぞ」
「俺は、俺の身の回りに居る友達が大好きだから、今の人間関係が壊れるのが怖い。だからと言って翔太郎の好きって気持ちを遮るのも違う。でも、友達として、志渡ちゃんへの伝え方は考慮してほしいな」
怜雄は重りを置いて、俺とツユの間に座り、両手で俺とツユと肩を組んだ。
「好きって伝えるのは応援する。だけど、志度ちゃんの心を少しでも解いてから伝えるべきだ」
「怜雄……」
「たとえ隠し事があってもね、好きって気持ちに正直に居て良いんだよ」
ツユは怜雄の奥からそう言ってくれた。
「二人とも、ありがとう」
顔が徐々に熱くなって、一滴だけ、ぽつりと涙が零れ落ちた。
2滴目は頑張って抑えた。友達に、泣いてるところを見られるのはちょっと恥ずかしい。
「いくか!」
怜雄はそう言うと、ダンベルの重りを抱えて歩き出した。
『持つよ』
俺とツユは重りを運ぶのを手伝って、怜雄の両脇に並んで歩いた。
_______________________________
文化祭DAY1 夜
志度視点
今日も私はベッドに寝転がり、スマホの写真フォルダをスクロールしていた。
今年の6月以降の写真が異様に少ない。
5月の範囲には、体育祭にみんなと撮った写真が、1スクロール分くらい残っている。
奈良坂、怜雄、ツユ、水早……。部活の友達や後輩、三輪先生。
体育祭の集合写真の後には、翔太郎と海で撮った写真が何枚もある。
二人の影が砂浜に映った写真。
翔太郎と繋いでる手の写真。
普段はマッシュヘアの翔太郎が、体育祭だからとポンパドールという、いつもと違う髪型でやってきた。
その髪型を作るために、わざわざヘアピンを買ったらしい。
私はそのヘアピンを奪い取て、返してと追いかけてくる翔太郎から逃げ回った。
波打ち際ギリギリを駆け抜け、私と翔太郎、2種類の足跡が生まれた。
足跡の数なら私の方が多いけど、歩幅なら翔太郎の方が広い。
ぐちゃぐちゃな足跡だけど、確かにおんなじ方向を向いていた。
その足跡も、数秒後には波に流される。
一通りはしゃぎ合って、私が先に疲れて、テトラポットの上に座った。
遅れてやってきた翔太郎は、テトラポットには座らずに私の前で立ち尽くした。
その場に立っている翔太郎と、テトラポットに腰かける私は丁度同じ高さで、目線を繋げれば平行線になってたと思う。
目線を繋げて出来た平行線は、沈んでいく太陽のせいで地平線に変わる。
翔太郎は私に目を瞑るように促して、私はそれに応えて目を瞑った。
休符を一つ挟んで、私の唇に翔太郎の唇が重なった。
少し潤っていて、愛とか恋とか、そういった類の言葉の語源になったであろう数秒が、さざ波に溶けて、消えた。
私を抱きしめる翔太郎に身体をあづけて、唇を話し、彼の胸に身を任せる。
「今日のことは、ずっと忘れない」
翔太郎は、私だけに聞こえる声で囁いた。
ぼんやりとした私の視線の先には、泣く寸前の視界に似た景色が広がっている。
私の頬が赤いのは、眩い
そう決めた数十分後、翔太郎は事故に遭った。
引いては押し返すさざ波のように、思い出は、忘れても思い出す。
潮の流れは涙と同じで、満潮になると涙が流れるんだ。
あの事故が無かったら、翔太郎と付き合って1年記念日なのに。
翔太郎との写真を一枚一枚選択して、消去の文字をタップしようとする。
でも、”消去してよろしいでしょうか?”という無機質な警告が、私の指を退ける。
写真を消去したところで、忘れられる訳じゃない。
何も変わらない。
忘れるって、心を亡くすことなんだ。
漢字がそう言ってるから。
ねえ、翔太郎。
翔太郎が私を忘れてしまっても。私が忘れられてしまっても。
私は翔太郎を忘れたくない。
ずっと忘れないための覚悟が欲しいよ。
貴方が私を忘れてしまっても、私の身は気にしないで。
けれど、私を忘れないと誓った貴方に、神罰が降り注いで、命にすら関わるのではないか。
私はそれが惜しくてたまらない。
もう、あの日々が戻って来ないことを、本当は理解してる。
でも、私は翔太郎との思い出を持つのに手がいっぱいなんだ。
だから、新しく前を向いて歩くには荷物が重すぎる。
それでも歩かないといけないから、足を進める覚悟を、私に与えて欲しい。
ピロン。
私の携帯から通知音が鳴った。
”しょーたろ からの新着メッセージが1件あります”
『明日、お昼ご飯の時、渡り廊下まで来て欲しい』
私、何かしたっけ……。
もしかして……。いや、そんなことないか。
私はスマホを手に取った。
『分かった』
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翌日 文化祭DAY2 開幕—
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