19話「と」
奈良坂視点
文化祭が始まった。私の出番は午後だから、午前中は他のみんなと一緒に楽しむ側で居られる。
昼食を挟んだ後はライブ用の服に着替えて、ステージ裏で待機をする。
文化祭準備期間は、部活の練習が忙しかった。
その影響で、志渡ちゃんと話せる機会が少なくなってしまった。
1年前の文化祭で、志渡ちゃんと翔太郎が付き合うことになった。
翔太郎から告白されたと、志渡ちゃんが話してくれた時は素直に嬉しかった。
同時に、”私はどうなんだ”という疑問が頭を過った。
高校生活は、世間では”青春”って言葉で呼ばれることがあるらしい。
志渡ちゃんに彼氏が出来たのに、私には居ないんだって気持ちが芽生えた。
嫉妬とか、焦りとか、そういう気持ちが種になってたと思う。
周りは誰かと付き合ってる。でも、自分は誰とも付き合ってない。
その事実は、自分は魅力がない人間なんだと告げているように思えて、劣等感を生む。
でも、志渡ちゃんもそうだけど、自分のステータスの為に誰かを好きになってるんじゃない。
友達が付き合い始めたからって、私も恋愛をしないといけない訳じゃない。
初めは志渡ちゃんと翔太郎のカップルを、素直に応援できなかった。
気持ちが落ち込んで、心の天気予報が曇りのマークで埋め尽くされた時、その元凶の低気圧が一気になくなった。
怜雄が居たからだ。
怜雄は、志渡ちゃんと翔太郎のカップルを知った時にこう言った。
「笑顔であって欲しいな」
高校生になってもこんな子供っぽい表情が出せるのかと、驚いてしまうほどに、怜雄は純粋にそう言ったのだ。
人の幸せを素直に喜べなかった私にとって、怜雄の笑顔は、夏休み初日の太陽みたいに眩しかった。
その眩しさは、私の心の曇りの予報を、全て晴れに変えていった。
あれから1年間、私はずっと片思いを拗らせている。
ああ。
こんなことばっかり思っちゃって。
去年の文化祭から1年ってことは、志渡ちゃんと翔太郎が付き合って1年ということ。
そんな節目の日を、志渡ちゃんが見過ごすわけない。
クラスでは普通に過ごしてるけど、志渡ちゃんはまだ、翔太郎との過去を捨てきれてない。
出来ることなら、志渡ちゃんの隣に居たいけど……。
ごめん。
私のライブが終わるまでは、怜雄のことを思わせて。
「軽音部のみなさん、準備をお願いします」
生徒会のスタッフがステージの袖から、私たちのバンドを呼んだ。
「っしゃ~!
ボーカルの子がそう言うと、私たちは肩を組んだ。
「それじゃ、1本、集中して、よろしくお願いします……」
「いくぞッ!!」
『うい!!』
ドンッ。5人分んの片足が同時に音を鳴らす。
『続いて、軽音部の~』
生徒会の司会の声が聞こえた。
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文化祭DAY1 午後の部
怜雄視点
「あとは軽音と生徒会の出し物だけでしょ?早いね~」
と燐斗が言う。
軽音部のライブは、自分の席から外れてステージ付近で鑑賞することができる。
聞き手の俺たちがノれるように、そこそこ知名度の高い曲を選んでくれているらしい。
下灘高校の軽音部のレベルはかなり高い。軽音部が目当てで入学してくる生徒もいるくらいだ。
『続いて~軽音部の~』
生徒会のアナウンスが入る。
照明が徐々に暗くなり、ざわついていた生徒も次第に静かになっていく。
誰かの固唾を飲む音が一瞬聞こえて、徐々にステージの幕が上がり出す。
ステージは真っ暗。床付近だけが淡いライトに照らされていて、バンドメンバー5人の足元が薄っすらと見える。
ドラムの音が3回鳴り、4回目の音と同時にキーボードやベース、ギターの音が重なった。
「よろしくおねがいしまああす!!」
ボーカルのイスラがそう叫ぶと、俺達観衆は雄叫びを挙げたりして歓迎する。
1曲目は有名なアニメのオープニングテーマ。俺達の世代なら誰もが知っているだろうという王道の曲。
サビ前の手拍子、合いの手は、俺や燐斗、翔太郎、ツユ、その他男たちを中心に行われる。
片手をあげて前後に振り、軽く跳ねながら全力でライブを楽しむ。
2曲目は今年流行ったボーカロイドの曲。機械音声に歌わせることを前提とした無茶な音域を、ボーカルであるイスラの歌唱力がカバーしている。
最期のサビではボーカロイドの歌声が重なる演出があり、会場はさらに熱を帯びる。
3曲目は、”ブルーベリージャム”という俺が大好きなバンドだ。
このベンドはギターの難易度が以上に高い。
だが、さすが強豪の軽音部といったところだ。2曲目まではイスラの歌唱力の高さに驚かされていたが、耳が慣れてきた頃にバンドメンバーの個性を刺してくる。
バンドとしての実力だけではない。2曲目の演出と言い、聞き手を飽きさせずに楽しませ続けるための工夫がある。
(Bメロの高音域でアレンジまで入れてくる……!それに合わせてくるバンドメンバーのレベルも高い!)
大好きなバンドの、特に大好きな曲を高いクオリティで聞けて、俺は満足した。
音が完全に鳴りやむと、照明が一気に暗くなった。
キーボードを担当していた子が、グランドピアノへと移動した。
拍手が鳴りやんで、数秒後、最後の曲が始まる。
正直、3曲目まででかなり満足した。
先ほどまでのロックで激しい調子から一変。
耳障りの良いピアノのメロディーから始まり、繊細で細く白いイスラの声が響く。
アニソン、ボカロ、邦ロックと来て、最後はバラードで締めくくる。
温まり切った会場。
燃え尽きた観衆に対して、この優しい音の調べは、夏場のクーラーの風がが丁度当たった時みたいに気持ちい。
歌詞の節目が変わるごとに、ドラムの音が入る。
ドラム……。
俺はイスラの背後にあるドラムセットで音を奏でる、奈良坂の姿を見た。
腰のあたりまで伸びた奈良坂の髪の毛は結ばれていて、前髪は眉の上くらいで揃えられている。
こめかみから少し触角が垂れていて、淡い照明が照らす彼女の目つきは、削りたての鉛筆の先端を眺めるときの様に繊細だ。
「……」
俺はその場で立ち尽くし、ひたすらメロディーに心を奪わせた。
「どしたの?怜雄?」
隣に居る翔太郎が、俺の制服の袖をグイグイと引っ張った。
「ん?いや、良い曲だなと思って」
「そうだよね」
(奈良坂が選んだのか、この曲)
(そっか……)
4曲目が終わった。
照明が暗転し、生徒会のアナウンスが入る。
全てのステージ企画が終了し、俺は教室に戻った。
帰りのホームルームは体感2秒で終わった。
連絡事項も特になく、5組は何の準備も残ってない。
「ねえ怜雄、アトラクションの軸の重りが不安だから、テニス部のダンベルの重り貸してくれない?」
俺がリュックに荷物を詰め込んでいると、瀬菜がそう頼んできた。
「おう。分かった!」
「翔太郎!ちょっと部室に用事あるから待っててくれん?」
「おっけ!」
翔太郎はそう言うと右手でグッドマークを作った。
(部室にダンベルあったっけ……。コンテナだった気がするな……)
俺は少し疑問に思いながらも、部室の鍵を借りるために体育教官室へ向かう。
その途中、体育館から道具を運び出している軽音部の生徒とすれ違った。
「怜雄!」
名前を呼ばれて、振り返る。
そこには、汗をかいて髪の毛が少し濡れていて、さっぱりとした表情の奈良坂が立っている。
「奈良坂!」
「どうだった?」
奈良坂は俺の方へ駆け寄ってくる。
目と目が合う。
「最高だった。ブルジャムの曲はもちろんだけど、4曲目も良かったな」
「あれ、なんて曲?」
俺はそう言ってはにかんだ。
俺がそう尋ねると、奈良坂は目を見開いて驚いた。
「あの曲は、―—って曲だよ」
「そうなんだ。あの曲、めっちゃ良かったよ。奈良坂もお疲れ様」
「あ、あのさ」
「ん?」
奈良坂は、上目遣いでもどかしそうに言った。
「私とツーショット撮ってよ」
「おう。いいよ」
奈良坂はズボンのポケットから携帯を取り出した。
少し加工が乗るアプリを開いて、インカメラにしてから腕を伸ばす。
俺と奈良坂の身長差のせいで、写真の角度が悪い。
「貸して」
俺は奈良坂の手からスマホを取った。
パシャ。
「こんな感じ?」
撮った写真を二人で確認する。
「うん……。これがいい」
満足げな奈良坂にスマホを返した。
「俺にもその写真送っといてな!」
「……うん!」
俺は体育教官室に向かうために歩き出す。
「怜雄!」
奈良坂に名前を呼ばれて、もう一度振り返る。
「ありがとう!!」
奈良坂は今まで見せたことも無い顔で、弾けた炭酸とか、例えるなら、澄んだ青が似合う表情で。
俺は笑って手を振り返した。
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