18話「ひ」
水曜日 文化祭前日準備
奈良坂視点
今日は文化祭の前日準備。通常の授業は無い。
1.2限目はステージ企画とクラス企画の宣伝、諸注意が全校生徒の前で行われて、3.4限目からは各々が準備に取り掛かる。
軽音部のリハーサルは放課後の数十分間だけ。それまではクラスの作業を手伝うことにした。
「水早、このペンギンってどこに張れば良い?」
私は個性的な顔をしたペンギンの絵をかざしながら水早に尋ねた。
「そのペンちゃんはね~、さむさむ高緯度エリアの柱にお願い!」
教室は、サバンナエリア、激熱!漢の熱帯エリア、さむさむ高緯度エリア、余り物エリアに4分割されている。
「分かった……。誰がこのネーミングにしたんだろ」
私は少々呆れながら、さむさむ高緯度エリアの柱の下部にペンギンの絵を張り付けた。
「奈良坂!そのペンギン私が書いた!」
椅子に上って、上の方の窓に絵を張り付けている志渡ちゃんが言ってきた。
「画伯が書いたのか!どうりで!」
私は個性的なペンギンの顔立ちに納得感を覚える。
「どうりで!ってどーゆー意味ですかい」
志渡は椅子からピョンと飛び降りて、私のほっぺをツンツンした。
「奈良坂!さむ緯度エリア用の絵、まとめてここに置いとくね」
そう言いながら翔太郎が持ってきた段ボールの中には、ペンギンやカワウソ、シロクマなどの絵が入っている。
「さむ緯度エリアって……。もう面倒になって略してるじゃんか」
と、私はツッコむ。
「怜雄が全部ネーミングしたらしいよ」
と翔太郎がキョトンとした顔で言って去って行った。
「!」
「らしいですよ~、ならしゃか?」
志渡ちゃんが私の横腹を肘で軽く突いた。
「個性的で良いと思うよ。うん」
「個性的って言葉を逃げに使うな!」
志渡ちゃんはもう一度私の横腹を肘で突いた。
「……」
私の瞳に、廊下で女の子と作業をしている怜雄の姿が見えた。
「奈良坂、私さ、1年3組がやるチェキ会のチケット買ったんんだ」
志渡ちゃんはそう言うと、財布からチェキ会のチケットを取って見せた。
「もしよかったら、このチケット使って怜雄と二人で撮ってきなよ」
「流石に志渡ちゃんが買ったチケットだしさ。志渡ちゃんが使うべきだよ」
私は両手を振りながら遠慮する。
「もし怜雄のことを誘えなかったら、私と二人で撮ろうか」
「……」
「いいんだよ。好きなんでしょ?怜雄のこと」
「好き……だけど」
「私よりも立派だよ、奈良坂は」
「志渡ちゃんのとは、重みが……」
私がそこまで言いかけた時……。
「奈良坂!水早から聞いたんだけどさ!明日ブルーベリージャムの曲やるってマジ?」
さっきまで廊下で作業をしていたはずの怜雄が突然やって来て、驚きながらも尋ねた。
「私のバンドの3曲目にやるよ……」
「マジで!?ちなみに曲は?」
「”嘘つきの嘘”だよ」
「最高かよ!誰の選曲?」
「イスラだよ。イスラもブルジャム好きみたい」
「あいつやっぱりセンス良いわ~。ありがと!」
自分が好きなアーティストの曲をやるのが余程嬉しいのか、怜雄は満足しながら廊下に戻って行った。
「純粋だね、怜雄は」
私と怜雄の会話を見守ってくれていた志渡ちゃんが言う。
「鈍感すぎるよ、ほんと」
私は廊下の方を見るのを辞めて、作業を再開した。
あ~あ。
3曲目に意識が行っちゃったら、私が聞いて欲しい曲が伝わらないかもしれない。
まあいっか。どうせ、音楽で気持ちを伝えるとかいう、出来もしない私の自己満足なんだから。
どうせ……
ね。
4限終了のチャイムが鳴り、昼食を挟んでからも文化祭制作が続いた。
私はリハーサルの準備をするために途中でクラスから抜けて、軽音部の部室に向かった。
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文化祭DAY1 翔太郎視点
いつも通り学校に登校すると、通常授業の毎日とは異なった雰囲気が漂っていた。
廊下と教室は床から天井まで装飾されていて、窓ガラスには教室企画の広告がびっしり貼られている。
ステージ企画の演劇の衣装を着て廊下を走って行く人、数人の女子が自撮りをしている様子、忙しく書類を確認する生徒会。
俺とツユは1階の自動販売機にジュースを買いに来ていた。
「やっぱり文化祭感あるな~」
黒服にサングラスをかけたツユがそう言った。
「さっきから思ってたけど、何なのその恰好は」
俺はツユの服装を一通り見渡して尋ねる。
「ん?地下連れてこか?」
「俺はまだ破産してないよ」
「いつでも待ってるで」
ツユはそう言いながら、右手の親指と人差し指でお金のジェスチャーをした。
「ツユ~」
階段を降りて来たのは、いつと髪型が違う水早。手にはスマホを持っている。
「ごめん、ちょっと待ってて」
ツユは両手で合掌しながら断りを入れると、サングラスを外して水早の下へ向かった。
水早がスマホを持った手を伸ばして、ツユと一緒にピースをする。
「ありがと」
「ん」
(二人は付き合ってるもんな……。そりゃツーショットくらい撮るか)
「ごめん、翔太郎」
ツユはサングラスを掛けながら俺の所へ戻って来た。
「ううん。全然」
「ツユ!翔太郎!見て見て!」
自販機がある通路の奥の方から、綺麗な石ころを見つけた子供のような瞳の燐斗と、ライオンの着ぐるみが駆け寄ってくる。
燐斗の手はライオンの着ぐるみの肉球を握っていて、そのライオンは片手で頭を押さえながらこっちに走ってくる。
「なんだあの獣は」
ツユが目を凝らす。
「グラサン外してから凝らせよ、目を」
俺はツユに突っ込む。
半強制的に走らされた着ぐるみは、両手を起用に使って頭を取った。
「あ”つ”い”!」
『怜雄!?』
俺とツユは着ぐるみの中身に驚いた。
「着ぐるみ担当の子が忌引きだから、なんか無理やり瀬菜に着せられたんだけど……!?」
首から下は二足歩行のライオンで、通学時はセットされていた怜雄の髪の毛は汗で崩れている。
「男ども~、ミーティング始めるよ~」
今度は瀬菜、奈良坂、志渡がやって来て俺たちを呼んだ。
『は~い』
「なに5組顔してんだ」
燐斗がツユに優しく肩パンする。
「バレてたか」
ツユは下をペロっと出した。
中間テストを乗り越えて、俺達の文化祭がスタートした。
教室に戻ると丁度チャイムが鳴って、ホームルームが始まる。
「瀬菜ちゃん号令お願いします!」
「起立!例!着席!」
『お願いしま~す』
出店を担当するクラスのチラシが配布され、今日と明日のスケジュールが確認される。
1日目は体育館でのステージ企画だ。吹奏楽部、ダンス部、軽音部を中心とする文化部の発表と、3年生の演劇、生徒会の出し物が行われる。
「10時から吹奏楽部のオープニングと生徒会の挨拶が始まって、そっから部活の発表が続きます。12時から1時間の昼休憩があって、13時から15時まで後半戦。放課後は明日の準備の時間になってます」
「まあウチのクラスは、みんなの努力のお陰で準備が終わってるので、帰りのホームルームしたら解散になります」
三輪先生が文化祭のパンフレットを読みながらそう話した。
「9時40分から体育館の入場が始まるので、それまでは自由時間です。各々、明日のシフトだけは確認しておくようにしてください!」
「瀬菜ちゃん号令!」
「起立!礼!着席!」
2021年 10月29日 下灘高校 文化祭開幕—
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