17話「し」
中間テスト最終日の翌週 月曜日
翔太郎視点
中間テストが終了したことで、文化祭制作の進行は一気に加速した。
問題だったアトラクションの本体制作は、土日に瀬菜の班が全力を出したお陰でなんとか解消された。
俺と志渡を中心とした内装制作班の仕事も大詰めだ。天井から吊るす蔦や鳥、廊下側と外側の窓用の絵も完成した。
動物園と言うよりかはジャングルに近いような内装にりそうだが、リーダー瀬菜の許可が下りたので大丈夫だろう。
校舎全体で催し物の空気感が出始める。
「瀬菜さ~ん、俺何したら良い?」
と怜雄が大声で遠くにいる瀬菜に尋ねた。
「翔太郎、志渡ちゃんと一緒に本体の装飾お願いして言い?」
瀬菜はアトラクションの骨組みとなるパイプを運びながら答えた。
「うっす!」
「ヒーローは遅れてやってくるってことよ!新人戦も終わったし今日から俺も参加しまーす」
学校指定の体操服姿の怜雄が、マーカーのキャップを外しながら言う。
「待ってたよ~怜雄ぉ」
俺は絵が描かれた模造紙をハサミで切りながら怜雄を迎える。
「この絵の枠線に沿って切ってけば良い?」
「たのんます」
「おけい!」
「なんかテンション高くない?」
「ようやく文化祭感味わえるんですから。そりゃあ」
「あ、ここ切っていいとこ?」
「あ。そこ切っちゃダメなとこ」
「まじか」
怜雄に限らず、運動部組の男子が増えた影響で、クラスは普段よりも活気づいていた。
「5組の燐斗君、準備に参加しないでウチのチンチロで全擦りしてますよ~」
教室の前のドアから、半ズボンに肌着姿の燐斗を連行したツユが入って来た。
「あんた副室長でしょが!こっちで準備せい!」
瀬菜が段ボールの束で燐斗の頭を叩く。
「身ぐるみ剝がされたああ」
燐斗はそのまま膝から床へ崩れ落ちた。
「
続いて後ろのドアから水早を中心とする男女数人が入って来た。
「今日はならしゃかも居ま~す」
水早はそう言いながら奈良坂の背中をグイグイと押す。
「そんなレアキャラでもないでしょ、私」
と奈良坂は髪の毛をゴムでポニーテールにした。
纏まった髪の毛は腰あたりまで伸びている。
「なんか今日は賑やかだね」
俺はそう言いながら作業を進める。
「そりゃなあ。今日が月曜日だろ。んで水曜日の1限目は生徒会の連絡から始まってそのまま1日準備。木曜日はステージ企画。金曜日がクラス企画だからな」
と怜雄は誤って切った箇所をテープで修復しながら言う。
「あれ、今日は怜雄も居るんだ」
怜雄の隣の席にマーカーを持っているシドと奈良坂がやって来た。
「今日から参加しま~す」
「内装班のみんなは順調ですか~?」
瀬菜が俺達4人が集まる机にやって来て様子を伺う。
「これ終わったら内装班の仕事は完成だよ」
と俺は自分が作業している模造紙をとんとんと叩いた。
「さすが~。てか、何か久しぶりだな~この4人が揃ってるの」
瀬菜は珍しいものを見るような目で俺、怜雄、志渡、奈良坂を見渡した。
「言われてみれば……確かに」
と奈良坂が言う。
「私からしたら、やっぱりこの4人はセットな感じするな」
瀬菜は腕を組んでうんうんと頷いた。
「翔太郎が事故る前から、気づいたらずっと一緒に居たしな」
怜雄も腕を組んでうんうんと頷く。
「志渡ちゃんと翔太郎がさ、テスト期間前までずっと作業進めてくれて助かったよ」
「私は……全然。部活も今は休んでるから」
と志渡が遠慮する。
「俺も部活休んでて時間あったからさ。このくらい全然」
「そっか、じゃあそれの完成までひとまずお願いします」
瀬菜は両手を合わせて合掌してから自分の持ち場へと戻った。
「そーいやさ~。せっかくこの4人が集まったんだし、修学旅行の2日目の予定埋めとかね?」
と怜雄が提案する。
「そう、俺もそれ気になってた。なんかテーマパークに行くってのは聞いてたけど、細かいことは何も……」
「絶対ジェットコースター乗るからな。異論は認めん」
「嫌だ」
「一人で乗ってこい」
志渡と奈良坂は速攻で反論する。
「じゃあ何しに行くって言うんだよ!せめてフリーフォールぐらいは乗るからな!」
「嫌だ」
「一人で乗ってこい」
「ええ~?翔太郎は?」
「俺はジェットコースターに乗った記憶も無くなってるから、一緒に乗っても良いよ」
『!?』
俺以外の全員が目を見開いて、揃えて俺の方に顔を向けた。
「え?」
俺はその様子にびっくりする。
「だって……、昔の翔太郎はジェットコースターとか絶叫系の類はNGだったのに……」
奈良坂がそう言いながら驚き続けている。
「やっぱ翔太郎ですわ!」
「いたたたた」
怜雄は俺の肩に手を伸ばして、肩を組んできた。
「じゃあ私と志渡ちゃんは2人でスイーツでも食べてよっか」
「うん。搾りたてのぶどうジュースが飲みたいな」
「いいな~俺もそれ飲みたい。あ、あとお化け屋敷は絶対行くからな」
怜雄はが俺の首から手を放しながら言う。
「お化け屋敷?」
俺は首を叩きながら訪ねる。
「そ。全国で一番怖いお化け屋敷があるんだよ。そこは満場一致で行くことになってたの」
奈良坂がスマホを鏡にして前髪を直しながら言う。
「満場一致でって……。私は1回も賛成してませんけど!?」
志渡が奈良坂の肩を両手で持って、ぐらぐらと揺らしながら訴える。
「ほら、最悪は怜雄と翔太郎を身代わりにして逃げるからさ。私とおてて繋いで歩けば大丈夫」
奈良坂は志渡の頭をなでなでして
「ならしゃか~」
志渡はそう言いながら奈良坂の方へ脱力した自らの身体を委ねた。
「よし!完成した!」
俺はそう言いながら模造紙から切り取った絵を両手で見開いた。
「これを瀬菜に提出したら終わりか!」
と怜雄が満足げに言う。
「あんた作業増やしただけで何もしてないでしょ?」
奈良坂がツッコむ。
「ねえみんな!そうやってお化け屋敷に行くことが決定したような流れにすり替えないでよ~」
志渡はそう言いながら奈良坂の身体に抱き着いて離れない。
「瀬菜~完成したよ~」
俺はそう言いながら瀬菜の居る場所まで駆け寄った。
瀬菜からOKを貰った俺たちの班は、各々別グループの作業を手伝うことになった。
俺と怜雄は休憩として、ツユが居る6組のカジノを覗いた。
ブラックジャックやチンチロなどの簡単なものから、段ボールで作られたルーレットや木材と釘を用いてたパチンコ台がある。
「ツユさん、やっぱりこれ法的な何かに引っ掛かりませんか?」
と俺が頭にタオルを巻いてトンカチを持ったツユに尋ねた。
「ゲーセンのメダルゲームのパチンコは未青年でも遊べるじゃん。だからセーフだよ。生徒指導、生徒会、教務から許可貰ってるし職員会議でも通ったから合法賭博です!」
ツユはトンカチを持ってない方の手で親指を立てた。
「ど”お”し”て”だ”よ”お”!!」
パチンコ台の方から身ぐるみを剥がされた怜雄が、床を這いずりながらやって来た。
「地下に連れてけ!」
ツユが指示を出すと、サングラスを掛けた男子生徒が怜雄の両脇を抱えて連行していった。
「当日はおおきに」
と、ツユがニヤリと笑ってみせた。
「この一瞬で破産した怜雄はどうなってんだ……」
怜雄を回収した俺は、5組に戻って外装の装飾班を手伝った。
志渡と奈良坂は軽音部の部員と作業をしている。
時計の針が6時を指す頃には外が暗くなっていた。
その時間には教室と廊下を片付け終わり、教室の鍵はじゃんけんに負けた燐斗が返却してくれた。
志渡と奈良坂は軽音部員たちと一緒に帰ったみたい。
俺、怜雄、ツユは3人で横に並んで、昇降口から正門までの道のりを歩いている。
10月の後半。陽が落ちるのも早くなった。
いつのまにか制服もカーディガンやセーター、ブレザーを着ている生徒が多くなった。
真っ暗な空の下。正門を通り抜けて歩道に出ると、前から走ってくる車のフロントライトが眩しい。
「もう文化祭か~。早いな」
不意にツユが話し出した。
「高校生活の半分が終わるとか、信じらんねえわ」
苺ミルクをストローで飲んでいる怜雄が言う。
「俺からしたらまだ2か月だよ……」
テスト期間と文化祭制作で疲れが溜まり始めていた俺は、ため息交じりにそう言う。
「今日のシドちゃん、結構普通な感じだったよな」
ツユが言う。
(確かに、いつもより元気だったな……。普段見せないような表情もしてた)
「翔太郎さ、シドちゃんから昔のことについて何か言われた?」
と怜雄が尋ねた。
「いや、何も聞かれてない」
ここ1か月間の文化祭制作を通じて、確かに志渡とは仲良くなれた。
でも、例の事故以前の話は何もされていない。
「そっか~。まあ俺らから何か言うのも違うしな。翔太郎とシドちゃの問題だから」
と怜雄は空になった苺ミルクの容器をからからと振った。
それからみんなで別々の電車に乗って、それぞれ帰宅した。
志渡が奈良坂に抱き着いてた時の表情を見て、ちょっとびっくりした。
あんな顔もするんだ。
本人は真面目のつもりなんだろうけど、実際は天然なところがある。
横に並んで作業をしているとき、ふと隣を見ると彼女の輪郭は綺麗だと分かる。
ふと目が合うと優しく微笑んでくれる時が合って、その度に目元がくしゃってなる様子がたまらなく可愛くて。
やっぱり、俺は彼女のことが好きだ。
でも、どうやって伝えればよ良いんだ?
そもそも、伝えて良いのか?
俺は真神 翔太郎として彼女を好きになったんじゃない。
アセナ フェンリルとして彼女が好きになったんだ。
でも、翔太郎と彼女が付き合っていたのなら……。
ああ。
やっぱりだめだ。
俺は自分が真神 翔太郎だと嘘をついてるんだから、彼女が好きでも伝えて良いはずがない。
今更「私は翔太郎ではなく、アセナです」なんて、言えない。
翔太郎として生きていくことが間違いだったのかな。
魔法も無い、ドラゴンも居ないこの世界で、「異世界から来たアセナです」と言い張って生きれば良かったのか?
そしたら、彼女のことを好きにならずに済んだのに。
こんなに辛い気持ちにならずに済んだのに。
でも俺は、レムリア大陸での生活でまともに友達を作れなかった。
近寄ってきてくれた人の暖かさを、”温もり”ではなく”火傷するほどの熱”だと決めつけた。
そんな俺がこの世界で「アセナ」として生きても、友達は作れなかっただろうな。
翔太郎っていう仮面があったから、俺は少しづつみんなと触れ合えた。
怜雄もツユも、みんなが居てくれる。
だから、自分を翔太郎だと偽って生きることを後悔するのは違うはず。
ああもう。
どうしたらいいんだろう。
悩んでいても、変わらず明日はやってくる。
2日後。文化祭前日準備-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます