14話「か」

翌日 翔太郎視点


 授業中、俺は持っているシャーペンを外殻ごと粉砕してしまいそうなほど、何度も手に力が入っていた。


 数学Bのベクトルの問題。英語表現の過去完了形の問題。

この二つが目の前に立ちはだかって前に進めない。


 昼休み、俺はどろどろの脳みそを回復させるための糖分を買うべく、菓子パンの自動販売機に向かった。


「怜雄……」


「どしたん?パチ屋で生活費にまで手を出して負けた人のテンション感じゃん」


「マジで勉強分からん」


「俺も!」


「俺も!」


 怜雄だけでなく、教室に入って来たツユまでもが手を挙げた。


「マジであのベクトルとか言う矢印を9等分くらいに折ってやりたいよな」

 怜雄がお弁当の蓋を開けながら言った。


5組の俺の席の周りに集まって、3人でご飯を食べている。


「俺は英表(英語表現の略称)の方がやばいわ……」

とツユが手を合わせながら言う。


「文化祭制作どころじゃないよホント……」

 俺はばあちゃんが作ってくれたお弁当の蓋と、菓子パンの封を開ける。


「空いてる日に勉強会とかする?」

 と怜雄が提案した。


『アリ!』

 俺とツユの声が重なった。


「テニス部は今週の日曜オフだから、その日に喫茶店集まるか」

 と怜雄が言う。


「そだね。まだテストまで時間はあるけど、早いに越したことは無いよ。俺と怜雄は部活の新人戦もあるし」

 とツユが言う。


「そっか。新人戦と中間テストの時期被ってるって言ってたね。俺は部活行かないし、その分文化祭の制作手伝おうかな」

 俺は菓子パンのチョコレートの甘さに感動しながら言った。


「女子たちは今日の放課後から作業始めるって言ってたよ」


「そうなんだ。じゃあ俺も何か手伝いに行こうかな」

 俺は卵焼きに箸を伸ばす。


「じゃあ、俺らの班の分の仕事を少し任せるわ」


「うん!」


 昼休みが終わると、体育の授業を挟んで現代文の授業を受けた。


 帰りのホームルームが終わると、俺は隣の瀬菜に話しかけた。


「今日の放課後、文化祭の作業始めるって聞いたんだけど、俺も手伝うよ」


「ありがと。今日は今後のスケジュール立てて、残りの時間で作業を進めるから、     翔太郎は内装の作業をお願いするね」


「うん。分かった」


「文化祭の作業手伝ってくれる子~!教卓の周り集まって~」

 瀬菜がそう言うと、俺を含めて10人ほどが集まった。


(あっ。志渡さんも居る……)

 俺は後ろの方にポツンと立っている志渡さんを見つけた。



「スケジュールについて、三輪先生と昼休みに話してたんだけどさ、何が問題かって文化祭の1週間前に中間テストが終わることなんだよ」

 瀬菜はチョークを手に取って話し出した。


「ラスト1週間でアトラクション本体の設置と装飾を行いたいだけど、その為には文化祭の1週間前には本体も装飾する物も完成している必要がある」


「テスト期間が近づくにつれて作業量は減るから、その分を9月中に回して進めることになる」


 瀬菜は黒板に数直線を書いて、きょう、てすときかん、ぶんかさい!とメモを付け足した。


「外装、内装に関しては全体的に動物園っぽいイメージで進めて欲しい。本体に関しては私と水早を中心に進めていく。今日は水早が居ないから、何か質問とか案があったら私に質問してほしい」


「今からはみんなの時間が許す限り、自分の班が担当してる仕事を進めて欲しい」


「じゃあ、そんなとこでお願いします!」


『は~い』


(じゃあ今日俺は内装の仕事に取り掛かれば良いのか……)


 俺はそう思いながら、とある人を探した。


「志渡さん!」


「!?」


「俺たち同じ班だしさ……一緒に作業進めない?」

 俺は少し緊張しつつ、そう提案してみた。



「うん……。あと、志渡さんじゃなくて、”志渡”が良いな……」

 そう言う志渡さんと、目が合った。


「分かった。じゃあ、志渡って呼ぶね」


「うん」


「瀬菜は動物園的なイメージって言ってたけど、どんな感じで進めようか」

 俺と志渡は教室の後ろの方にある、段ボールや模造紙が置かれたスペースにやって来た。


「内装って言っても、壁とか天井にする装飾と、本体の装飾に別れるって瀬菜ちゃんが言ってた……」

「黒板には美術部の子が絵を描くらしいからノータッチにしよう。本体は物だ出来上がらないと採寸できないし、天井の装飾も人数が足りないから今日はパスかな……」

 と志渡が落ち着いた声で言った。



「じゃあ今日は壁用の装飾を始めよっか」

 俺は色紙を何枚か手に取った。


「どんな感じでやる?」


「う~ん。各々で動物の絵を描いて、それを壁に貼るのが無難っぽい?でもそれだと普通すぎるかな……?」

 俺は白の模造紙を両手で広げて悩む。


「じゃあ絵の他にギミックを付け足してみる?」

 と志渡が提案した。


「例えば……?」


「例えば、天井から鳥が吊るされてるとか、蔦が垂れてるとか?」


「それ天井の装飾じゃん!」


「タシカニ……」


「でも鳥の方は二人でも進めれそうだし、そっちを始めようか」


「うん」


(おしとやかな子だと思ってたけど、意外と天然なのかな……)


「模造紙に絵を描いて、それに紐を付けて垂らす感じで良いかな?」

 俺は筆箱から鉛筆を取り出しながら言った。


「そんな感じで」


「おっけい」


 俺はスマホで鳥を検索して、丁度良さそうな画像をスクリーンショットした。

その画像の鳥を模造紙に書き始めた。


絵は上手い方じゃないけど、特別下手なわけでもない。


一目見れば「鳥」と分かるような絵が完成した。


「こんな感じ?」

俺は完成した鳥を志渡に見せる。


「おお。上手い」


「ありがと。志渡のは?」


「どう?」

志渡は自分が書いた鳥の絵を俺に見せた。


「ペンギン……?」

 鳥を想像して思いつく要素はくちばししか分からないが、全貌を総合的に加味すれば、恐れくペンギンだろう。


「そう」


「ペンギン好きなの?」


「うん」

 志渡は満足そうに口角を少し上げて言った。


「可愛いでしょ?」

 そう言いながら志渡が俺に顔を向けた。


「うん。可愛い」


「可愛いんだけど……」


「ん?」


「ペンギンって空飛ぶ?」


「トバナイ……」

 志渡は口と目を少し大きく開いて、呆然とした。


「天井じゃなくて、壁の装飾にすればいいよ」


「たしかに」


 志渡は納得すると、筆箱から小さめのハサミを取り出してペンギンの絵を切り始めた。


 俺は道具の貸出スペースからハサミを持ってきて、鳥の絵を切り取り始めた。


 志渡の髪の毛には艶があって、声は細いけど一本の芯が通ってて聞き取りやすい。


 滲み出る上品さを感じ取らずにはいられなかったけど、実際に話してみたら怜雄たちと同じ高校生って感じだ。


 「どう?」って絵を見せてくれるとことか、ちょっとあざとい。


(だめだ……。すっごいタイプかも)


「みんな~今日の作業はここまで~」

 瀬菜の掛け声に合わせて、作業各々進めていた人たちは片付けを始めた。


「俺たちも終ろっか」


「うん」


 俺と志渡も切りくずをまとめて捨て、まだ使える箇所がある模造紙やハサミを指定された場所に片付けた。



「私、奈良坂が部活終わるまで待つから」

 と志渡がリュックを背負いながら俺に言った。


「わかった。じゃあ、また明日」


「うん」



俺は教室を出て、靴箱でスリッパから靴に履き替える。


 翔太郎の部屋に置いてあったを使って、ツユがおすすめしてくれた音楽を聞き始めた。



『君の見る景色を全部 僕のものにしてみたかったんだ』


 曲の歌詞が脳裏に張り付いた。


(嘘つきの俺が、あの子を好きになっていいなら……)


 俺は忘れちゃいけない。


 俺がこの世界にやってきて、怜雄たちがお見舞いに来てくれた時


 志渡は、志渡を知らない俺を見て泣き出してしまったことを。






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