13話「ち」

3節 「きせき」


 鐘が鳴り、授業が終わった。


 俺、怜雄、奈良坂、志渡さんの4人のグループで、教室の装飾を担当することになった。


 自分の席に戻って、ホームルームの話を聞いていたが、何も頭に入ってこない。


熱くて速い鼓動が酸素を回して、思考が何度も駆け巡った。


 瀬菜が号令をかけて、ホームルームが終わる。


「しょーたろー、じゃあな」


「うん。ばいばい」


 テニスラケットを掛けた怜雄に別れを告げて、俺は図書館に向かう準備へ向かった。


 文化祭制作も大事だが、その前にある中間テストを乗り切らないといけない。


 今日も図書館でテスト勉強をしよう。

階段を上る。


 もしかしたら、掃除当番の志渡さんがいるかもしれない。


会えたら、話しかけてみよう。


 図書館に着いて周りを見渡したが、志渡さんの姿は無かった。


(そっか……。今日は水曜日だから掃除が無いのか)


 俺は陽が当たる端の席に座り、数学の教科書とプリントを広げた。


 そこから暫く問題を解き続けたが、頭の片隅でもやもやとするノイズが俺の意識にちょっかいをかけてくる。


(可愛かったな……)


 俺は両腕を枕にして顔を伏せた。


左の頬が日光に照らされてぽかぽかと暖かい。



レムリアに居た時は、人に恋をしたことが無かった。

自分は恋路とは繋がらないレールの上を歩いているのだと、思い込んでいたから。


 その深い思い込みを掘り出して、空いた容量を埋め尽くすほどの彼女の瞳。


 俺はこの世界で嘘をついている人間だ。


真神 翔太郎の振りをする、アセナだ。


 嘘つきで狼男の俺が、周りを騙している俺が、恋をしていいのか?


 多分、それは許されないだろうな。


 俺はもう一度シャーペンを握り、数学の問題を解き始めた。


太陽の光がオレンジ色になり始めた頃、俺は家に帰ることにした。



___________________________________

奈良坂視点


「志渡ちゃん」

 帰りのホームルームが終わった後、私は教室で帰りの準備をしている志渡ちゃんを呼んだ。


志渡ちゃんは襟足を靡かせながら振り向いた。


「さっきの授業、翔太郎と話してみてどうだった?」


「緊張したけど、名前は呼べた」


「良かったじゃん。怜雄もフォローしてくれたしさ」


「うん。少しずつ、普通の会話ができるように慣れてくよ」


「奈良坂は文化祭を通して怜雄とお近づきになれるね」

 志渡が小声でささやいた。


「うん……」

私ははっきりしない返事をしてしまう。


「自身ないの?」


「だって、怜雄だよ」


 私と志渡ちゃんは、教室の後ろで丸まった模造紙を使って燐斗と戦っている怜雄を見た。

 

「さぞかし純粋無垢なようで」

 とシドちゃんが笑いながら言う。


「全然恋愛とか興味無さそうだし、ちょーぜつ鈍感だよお」

 と、私はため息を漏らす。


「奈良坂は頑張り屋さんだから、不器用な所とか見せてみたら?」


「不器用なとこねえ……」


「燐斗~怜雄~?その模造紙経費で買ったんだからね~」

 後ろのドアから入って来た瀬菜が笑顔で圧を掛けながら言った。


「メスライオン来たあ!」

「肉持ってこい肉!」


「あ”あ”?」



 燐斗と怜雄は模造紙を片付けて、鬼の形相で詰めてくる瀬菜から逃げ回る。


「ちょっと子供すぎるかもね……」



「まじ蛙化……」


 私とシドちゃんはそう言いながらも笑っていた。


その後、シドちゃんはそのまま帰宅し、私は部活に行った。


 私が所属している軽音部は文化祭1日目のトリを飾る。


夏から練習を重ねているけど、もっとドラムの精度を高めないと。


恋愛、テスト、部活、人間関係、進路。


 本当に忙しくて、時々吐き出さないと頭の容量キャパが一杯になる。


青春と呼ばれる高校生活は、3年間じゃ足りたもんじゃないな。


もう、高校生活の半分が終わる。


あっという間に部活終わって、私はバンドメンバーとファミレスに行くことになった。


 ほんの少し薄暗い校舎の間を、4人で横に並んで歩いていく。


高校生活は短いけど、まあ、長すぎ得て飽きるよりかは良いか。



―――――――――――――――――――――――――――――――

怜雄視点。

 部活終わり、俺とツユは部室の鍵を閉めると体育教官室にそれを返却した。


その後、ツユと一緒に駅まで歩いていた。


「今日5組の文化祭のテーマ決まった」


「何になったの?」


「メリーゴーランド的なアトラクション」


「マジで創造できないんだけど、大丈夫そ?」


「まあ瀬菜とか水早とかが居るから、大丈夫でしょ」


「どうやって作るの?」


「脚がローラーの椅子あるじゃん。あれの背もたれにパイプくっつけて、そのパイプを人力で回す」


「人力なんだ……」


「5組の野郎どもが居ればそっちも大丈夫だよ」


「よっと」

 俺は積み上げられたレンガの上に乗り、バランスを取りながら歩く。


「そーいやさ、ツユは水早と良い感じなの?」


「まあね」


「もうそろ1か月記念日とかじゃない?」


「うん。今度デート行きます」


「どこ行くん?」


湯森座ゆもりざっていう温泉」


「混浴?」


「ちゃうわ」


「なーんだ」


「そういう怜雄君は彼女作らないんですか~?」


「今はあんまり恋愛に興味ないんよね」


「そなの?」


「自分から行くためのエネルギーが無いっていうか……」

「部活、勉強、進路、人間関係、友達……。そんだけやることあるのにさ、恋愛に割けるカロリーがない」

「体力、お金、時間の3点セットが揃ってないのに付き合のは、相手に申し訳ないかなって」


「その3点セットを相手に使う前提で考えてるの素敵じゃんか」


「そりゃどうも」


「恋愛するのって消費だけじゃなくてさ、何かを蓄えることもできると思うんだよね」


「ポエマー出てますよ」


「うるせえ」


(まあ、それも一理あるわな)




駅に着くと、俺とツユは別々のホームに向かった。


(恋愛ね……)

(今は部活に集中したいのもあるしな~)


(そりゃ、恋愛しない高校生活は何か寂しい気もするけどさ……)



俺は電車に乗りながら、ワイヤレスイヤホンを耳にはめた。







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