11話「わ」

俺の学校生活2日目、帰りのホームルーム。


「何回も言うけど、明日の5限目に文化祭の企画決めるからね~!2年生は5組以外決まってるから!」

 と三輪先生が呼びかけた。


「瀬菜ちゃん号令!」


「起立!礼!」


『さようなら~』


 各々が部活に行く準備をしたり、帰りの準備をしている。


「翔太郎、俺ら部活行ってくるから!終わったら連絡するね!」

 テニスラケットを背負いながら怜雄が俺に呼びかけた。


「うん!頑張ってね!」


「おうよ!」


 俺は怜雄とツユの部活が終わるまで、図書館でテスト勉強をする予定だ。

この時期からテスト勉強をするのは早いかもしれないが、英語と数学が本当に分からないので今の内から手を打っておく。


放課後の掃除をしている生徒の間を縫い、俺は3階の図書館へ向かった。

図書館も掃除中だったが、窓際の隅の席が空いていたので、そこに決めた。


 窓際に向かうために本棚を通り過ぎた時、死角から人が出て来てぶつかってしまった。


 相手はほうきを持っていたらしく、カタンと音を立ててその箒が床に落ちた。


「ごめんなさい、大丈夫?」

と、ぶつかった相手に謝ろうと顔を上げた。


「!」

 綺麗に整えられた前髪に、顎の少し下までの長さの触角がこめかみ付近から伸びている。


大きな丸い瞳に吸い寄せられて、彼女の瞳の中の俺とも目が合った。


「志渡さん?」

ぶつかった彼女は、俺がこの世界にやって来た時に駆けつけてくれた志渡 美音奏だった。


「え、あ、うん」

 彼女は戸惑いながら返事をしてくれた。


「あ!翔太郎じゃん!中身変わっても図書館には来るんだね~」

 奥の方から志渡さんと似た髪型の女の子がもう1人やって来た。



「あ!私は水早みずはだよ~。虎六とらろく 水早みずは!よろしくね?」

 ふわふわと掴みどころがない話し方の女の子だ。


「よろしく。同じクラスだよね?」

 俺は彼女のことを教室で見たことがあった。というか、見ざる負えなかった。

5組の中でも特に明るい性格で、誰でも分け隔てなく接していた。


そして、確かツユと付き合っている。


「そだよ~。翔太郎が戻って来てからは話すの初だね~」


「はい、みんな手も動かして!」

 司書の先生がそう言いながら手を叩いた。


「は~い」

 水早はそう言うと落ちた箒を拾って、志渡さんと共に掃除に戻った。


俺はそのまま図書室の隅で、数学と英語の勉強を続けた。


数時間後、陽が傾いて周囲が暗くなり出した頃。


『部活終わった!』

 ツユが制服に着替えている写真と共に怜雄から連絡が来た。


俺は教材と筆箱をリュックに仕舞って部室棟へ向かった。


「お疲れ様!」

 体育教官室に部室の鍵を返却している二人に俺は呼びかけた。


「ずっと図書館で勉強してたの?」

ツユが尋ねる。


「うん!数学と英語をちょっとやってた」


「数時間がちょっとの判定なのか~。前の翔太郎から変わってない」


「実際進んだのは数問だったよ……」


「ういただいま。帰りますか~」

 鍵の返却を終えた怜雄がリュックとテニスラケットを背負いながら言った。


夕日が照らす帰り路を、3人で横に並んで歩いていく。


「1か月後に中間があるっしょ?んですぐ文化祭と修学旅行があって、修学旅行の翌週からテスト期間ですよ!!どうなってるんこのスケジュールは!」

 と怜雄が訴えた。


「芸能人ばりのスケジュールだよなほんと」

 とツユが共感する。


「事務所通して欲しいっすわ」


「どこの事務所だよ」

 俺が突っ込む。


学校から少し歩くと、コンビニがあった。


「なあ翔太郎」

 怜雄が俺に熱い視線を向けた。


「男子高校生には……否!漢字の漢と書いておとこの中のおとこにはな、じゃん勝ち全奢りっていう文化があるんだよ」

 怜雄は腕まくりをして右の拳を前に出した。



「?」


「じゃんけんして勝った人が、このコンビニでみんなが買うものを奢るの」

 そう言うとツユも拳を前に出した。


 俺は翔太郎が残していたお金と、入院中に貯まったお小遣いがあった。

翔太郎のお金に手を付けるのは気が引けるが、今のみんなとの関係も壊したくない。


「よし」

 俺も前に拳を出した。


「男気じゃんけん、じゃんけん……」



 数分後、怜雄の財布から数百円がなくなり、みんなでアイスを食べながら帰り路を歩いていた。


____________________________________


志渡視点


 今日の掃除の時間。思いがけない形で翔太郎と話した。


 あの後パニックになりそうだってけど、水早が居てくれたから、なんとか家に帰れた。


 私を知らない翔太郎の顔を見るたび、その目から涙が湧き出そうになる。


 今までずっと見て来たあの輪郭と同じ曲線の奥には、私との思い出なんて残ってない。


 家に帰り、お風呂に入って、夕飯を食べた。


咀嚼する為に必要な最低限の力しか出てこない。


普段は残すことない夕飯を、今日は残してしまった。


 もう昔の翔太郎は居ないって分かってるでしょ。


いつまで引きづってるんだ。現実を見ろよ。


その内テスト期間が始まる。今までの私の成績は良くもないし、悪くも無い。


つまり、一度でもテストの点数が悪くなれば、”悪い”に傾くってこと。


 私がずっと夢見ていた水族館の飼育員になるためには、四大・短大卒が条件になる場合がある。


 就活でより有利になるために、学芸員の免許も取りたい。


 となれば、私は四年制大学を目指さないといけない。


 この時期からもう勉強を始めないといけない。


 いつまでも、過去に足を引っ張られてる暇は無いんだ。


だから、もう割り切らないと。



スマホが振動した。


『ならしゃかから新着のメッセージが1件あります』


 私はスマホの画面ロック解除パスワードを入力した。


4桁のパスワードは、翔太郎が私に告白してくれた日の日付。


ああ。このパスワードも……。



『水早から聞いたよ。しょーたろーと話したんでしょ?』

 奈良坂からのメッセージ。



『うん。掃除の時間に、図書館の本棚が死角になってぶつかりそうになった』


『話せた?』


『話したけど、話せた訳じゃない』


『どゆこと』


自分でも、表現が難しい。


『話したんだけど、とっさに反応して返事しただけだから』


『英語の"can”の感じじゃない」


 水早が気を遣って仲介をしてくれたけど、あのまま会話を続けれたかは分からない。


『そっか』


『あのさ』


『もう今までの翔太郎は居ないけどさ、私はこれからも志渡ちゃんの隣に居るつもり』


『もし昔の翔太郎のことを思い出したら、いつでも私に聞かせてよ。その昔話を』


『未来で何が起きるか分かんない。だから、未来で何が支えになるかも分かんない』


『もしかしたら、昔の翔太郎との思い出が支えになるかもしれない』


『思い出は無限に生まれるのに、一つ持つだけでも重すぎる』


『それでも、一個でも多く持てるように、私たちがいるんだから』


『志渡ちゃんは一人じゃないよ』



奈良坂からメッセージが送られてくるごとに、スマホの画面は一粒一粒濡れた。


『ありがとう』


『ほんとうにありがとう』


 私は泣きながら、覚束ない指先でフリック入力した。


『うん』



 私は枕に顔を沈めた。


 奈良坂や皆に頼ってなかりじゃいけないんだ。


 奈良坂は、怜雄のことが好きなんだ。

本人が言ってた。


 怜雄と一緒に居る時の奈良坂は声が高くなってるし、顔が少し赤くなってる。


私が大丈夫になれば、奈良坂は自分の恋に集中できるはず。


 怜雄も少し雰囲気が変わった。

なにか吹っ切れたみたいに、前の怜雄に戻ってた。


 多分、今の翔太郎との関り方も、自分との関り方も、自分なりに答えを見つけたんだろうな。


私も、それが出来るくらいの心が欲しい。





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