10話「も」

「もしもし~」

 俺は怜雄から電話を受け取った。


『急に時間作って貰って悪い』


「全然。ベッドでごろごろしてたとこだし」


『そっか』


「うん」 


電話越しに聞く怜雄の声はいつもより少し元気がない。


『久しぶりに行った初めての学校はどうだった?』


「みんな優しくて過ごしやすかったよ。燐斗や瀬菜さんとも仲良くなれたし」


『あの双子と仲良くなれたらもう安心だよ。瀬菜が室長で、燐斗が副室長だから』


「副室長は燐斗なのか。なんか意外だな」


『瀬菜が室長に推薦された後、弟だからって理由で燐斗が副室長になったんだ。翔太郎も候補に挙がってたんだぜ』


「元の俺が候補?今なら絶対無理だ」


『まあクラスは瀬菜が居れば大丈夫だから、何かあったらあいつにも頼りな』


「うん。ありがと」



 俺はごろりと寝返りを打った。

 離れていて顔も見えないのに、声は聞こえて連絡が出来るなんて便利な道具だと感心する。


『あのさ』


「ん?」


『ちょっと真面目な話するよ』


『ん、うん』


(なんだろう急に改まって)


『翔太郎が記憶を無くす前から、俺は翔太郎の友達だった』


『でも、翔太郎が俺のことを覚えてないって分かったときに一瞬、もう友達じゃない他人だと思ってしまった』


いつもの怜雄からは想像できない震えた声。

選ばれる言葉の数々に怜雄の思いがいつも以上に乗っている。


(いいんだ。実際に俺はアセナっていう他人なんだから)

(自分の素性を隠しながら周りを騙して生きている俺よりも、怜雄はずっと立派だ)



「怜雄が悪いんじゃないよ。むしろ、ずっと俺のことを気にかけてくれて感謝してる」



『俺は過去の翔太郎との思い出を大事にしたまま、新しい翔太郎と友達で居たい』


『上手にできるか分からないけど、翔太郎とならできる気がする』


「もう十分できてるよ。大丈夫だから。これからも友達で居て欲しい」



『ああ。よろしくな』


「……」

『……』


『どうしよう、この空気』


「わかんないよ」


『……』

「……」


『なんかある?』

「なにも」


『じゃあ、切るね』

「うん」


『また明日』

「また明日」



 俺は通話終了の赤いボタンを押した。

そしてもう一度枕に顔を沈める。



 怜雄はありのままの自分を俺に伝えてくれた。

その上でこれからも友達で居て欲しいと言ってくれた。


 俺も怜雄みたいに自分をさらけ出すべきなのか?

本当は記憶を失った翔太郎じゃなくて、異世界から来たアセナっていう他人だと。

そう伝えたうえで生きるべきなのか?


 もし伝えたら、家族も友達もみんなが混乱するだろう。

そもそも理解すらされない可能性もある。


 俺の為に気持ちを伝えてくれるみんなに、俺は嘘をつきながら生きないといけない。


 今更中身は別人ですとは言えない。

嘘をついてしまうけど、その分俺はみんなの気持ちに向き合う。


 俺は充電用のケーブルにスマホを差し込み、部屋の電気をリモコンで消した。


怜雄は覚悟して前を向いた。


 俺も、斜め前かもしれないけど前を向かないと。


割り切るべきだ。


不器用だけど、俺なりの生き方だ。


___________________________________


志渡視点


 私と付き合っていた翔太郎はもういない。


病院で会った時の一瞬で、もうあの日々は戻らないのだと確信した。


 あれから、奈良坂や瀬菜のフォローがあって、なんとか学校には行けた。

抜け殻になってしまたような感覚で学校に行っても、授業の内容は何一つ理解できない。


 翔太郎が今日学校に復帰すると、事前に三輪先生から告げられていた。

今の翔太郎に会ったら、また泣き崩れてしまうかもしれない。

今の翔太郎と再会する心の準備がまだできていない。


 だから今日は学校を休んだ。


 だけど、いつまでも学校を休むわけにはいかない。

高校生活の半分は終わってしまった。

受験だって控えてる。


このまま学校に行かなければ、ドミノ倒しのように授業が分からなくなる。


 分かってる。


 前を向いて、今の翔太郎とも向き合わないといけないことも。


スマホの通知音が鳴った。


『志渡ちゃん、大丈夫?』


奈良坂からだ。



『ありがとう。大丈夫だよ』


『そっか』


『今日配られたプリントとか、私が預かってるから今度会うときに渡すね』

『あとこれ、来週の時間割変更』

メッセージと共に時間割の変更を伝える掲示物の写真が送られてきた。


『ありがとう。いつも助けてもらって、ごめんね』



『うん。学校には来れそう?』


 私は返信を少し躊躇った。


『明日は授業も少ないし、行ってみるよ』

 送信を押した。


『分かった。駅で待ってるね』


『うん』


奈良坂から、アシカのキャラクターのスタンプが帰って来た。



 明日学校に行けば、必ず翔太郎と会うことになる。


 もし翔太郎と話すとなったら、ちゃんと会話をしないといけない。


 もう分かったはずでしょ。


 私を好きだった翔太郎はもう居ないって。


 今の翔太郎は何も悪くない。


 だから、今の翔太郎とは普通に話さないといけないんだ。


 私は机にスマホを置いた。


 ヒビが入ってボロボロのスマホケースを。


あの日からずっとボロボロのスマホケースを。

__________________________


翌日 火曜日


翔太郎視点。



 今日は学校の最寄り駅である下灘駅まで一人で通学した。

駅から外に出る階段付近で暫く待っていると、ツユ、怜雄と合流した。


「よっす」

「うい~」

2人ともテニスラケットをたすき掛けにしている。


「んじゃ行きますか~」


「そいうやさ、6組は文化祭の企画は何すんの?」

 と怜雄がツユに尋ねた。


「ウチはカジノに決まったよ」


「カジノ?」

 俺が尋ねる。


「うん。ルーレット、ブラックジャックとか。あとチンチロもやるよ」


「生徒会の許可出んのかそれ?」

 怜雄が聞く。


「ガチの金を掛けなかったら目を瞑るだってさ。入室時にオリジナルの通貨配って、それで賭けてもらう」


「いいんだ……」


「んで目玉として、理系組が頑張ってパチンコ作るらしい」


『もっとダメだろ』

 俺と怜雄の声が重なって互いに笑い合う。


「負けたら地下に連れてくからね~。圧倒的豪遊とかしちゃだめだよ」

 とツユがパチンコのハンドルを捻る真似をした。


そんな会話をしていると、学校に着いた。


「お”お”お”お”お”!!」

自転車小屋の隣を歩いていると、リントが怜雄に突撃してきた。


「ういおはよう」

怜雄はそれを片手で止めると、俺はツユと別れて教室に向かった。


 後ろの扉から教室に入り、席に着く。

リュックを降ろして机のサイドにあるフックにかけた。


ポケットからハンカチを取り出して、うなじの汗を拭いた。


「おはよう翔太郎」

隣の席に座った子が話しかけてきた。


「おはよう瀬菜さん」


瀬菜さんに挨拶をするために顔を上げた時、視界の右奥に人影が写った。


 俺がこの世界に来た時、俺を見て泣いていた志渡 美音奏さんだ。

昨日は欠席していたけど、今日は来ている。


志渡さんの隣には奈良坂がいて、何かを話している。


予鈴が鳴って担任の三輪先生が入って来た。


それに合わせて俺の学校生活二日目が始まった。






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