9話「お」
「何でそんなこととか言うの!?」
「……」
急に大声を出して憤慨する私を見て、怜雄は驚いているだろう。
「いっつもそうだよね!?自分のことは後回しばっかりで!」
「翔太郎の意識が戻った日もそうだった!!自分の気持ちを押し殺してばっかりで……!!」
「自分は後回して良いとか、そういう自己犠牲をするのは結構だよ……。でもそれを理由に自分への心配を雑に扱うのは違う!!」
「……」
怜雄は黙って私の言葉を受け止めてくれる。
「少しくらい……。私にくらい、本音を言ってくれても良いのに……」
私は、知らぬ間に流していた涙を両手で拭った。
歩道橋の真ん中で立ちすくむ私と怜雄を、沈みかけの夕日が儚く照らしている。
「ごめん。確かに、今の言葉はダメだった。奈良坂の気持ちを考えてなかった。本当にごめん」
怜雄は真っすぐ誠実な眼差しで私を見つめてそう言った。
「私も……、ごめん。急に怒っちゃって」
「ううん。良いんだ。奈良坂が怒ってくれないと、多分ずっとこのままだった」
「ありがとう。俺を直してくれて」
私は、私が怜雄に抱いた心配という気持ちが”そんなこと”で片付けられたことが嫌だった。
それと同じくらい、怜雄が自分を大事にしないことが不安だった。
怜雄のことが好きだから、怜雄が不安だった。
「奈良坂」
「ん?」
「頼っても良い?」
「うん」
怜雄と私はしゃがんで靴紐を結び直し、夕日が照らす歩道橋を歩き出した。
「翔太郎の意識が戻ってから、一瞬だけ、翔太郎のことを”友達だった”って過去形で思った時があって」
「うん」
「俺のことを覚えていない翔太郎は友達じゃないって思ってるみたいで」
「そんな気持ちを一瞬でも抱いてしまったのに、俺はあいつの友達で居ても良いのかなって、今でも迷ってる」
「そっか……」
ようやく、初めて、私に本音を話してくれた。
「自分のことを忘れてしまった友達を、友達と思えなくても、それは悪いことじゃないと思うよ」
「人間関係って、気持ちのキャッチボールみたいなものでさ、相手が居て初めて成り立つと思う」
「怜雄と前の翔太郎との関係が野球のキャッチボールだとすれば、記憶が戻ってからの翔太郎はサッカーボールを返してきたって感じ」
「ずっと野球をしてた怜雄は、いきなりサッカーボールを返してきた翔太郎に驚いてしまって、まだ野球したいんだけどなあって思うのは自然なことだよ」
「そこから野球もサッカーもしない道を選ぶのも、サッカーボールを蹴る道を選ぶのも、全部怜雄が決めて良いこと」
歩道橋を降りて、駅まで向かう。
「グローブを付けたままサッカーボールを蹴ることもできると思う」
「見た目は不格好かもしれないけど、大事なのはちゃんとパスを出すことなんだから」
言葉を選びながら、私の思いを伝えた。
少しでも怜雄の心が楽になることを祈って。
「ありがとう、奈良坂」
怜雄は歩きながらも私の瞳をちゃんと見た。
いつも遠くから見ていた横顔が、今はこうして私のことを正面から見ている。
「うん。話してくれてありがと」
ドクドクと速くなる鼓動を感じる。胸がキュッとして、苦しいのか嬉しいのか分からない。
私と怜雄は友達という関係で、さっきの私の例えを使うならテニスのラリーをしているようなものだ。
私は、本当は、今にでもラケットを置きたい。
その代わりに、怜雄の手を握りたい。
でも、それは今じゃない。
今はまだ、ラリーを続ける時だ。
駅に着いた。改札を通って、ホームの分かれ道に立つ。
「奈良坂、ありがとな」
「うん。またなんかあったら言ってね」
「おう」
「志渡ちゃんのことだけど、私に任せな!怜雄は翔太郎との関係に時間を使って」
「分かった。じゃあな」
階段を降りて、電車に乗り込んだ。
ワイヤレスイヤホンを付けて音楽を聞く。
今日の夕方は、片思いの曲を聴くのにちょうどいい。
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怜雄視点
電車に揺られながら、奈良坂の言葉を思い出す。
”グローブを付けたままサッカーボールを蹴ってもいい”
それは、過去の翔太郎への気持ちを持ちながら、今の翔太郎と向き合っても良いということ。
それが許されるなら、俺はその選択肢を取りたい。
今の翔太郎も、前の翔太郎も、俺にとっては両方大切な友達だ。
前を向こう。今度は罪滅ぼしの為じゃない。
俺が”そうしたい”って思うから、進むんだ。
電車を降りる。
俺はホームの階段を駆け上がった。
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翔太郎視点
学校から帰宅して即寝落ちした俺は、愛唯に叩き起こされた。
それからお風呂に入って夕食を食べ、愛唯と一緒に食器の片づけをした。
それからもう一度自分の部屋に戻り、俺はベッドに横たわった。
”スマホ”はとても便利で、映像を見たり写真を調べたりできる。この手中に図書館が入ってるようなものだ。
寝返りを打ち、枕に顔を沈める。
パジャマの柔軟剤の甘い匂いを感じる。
怜雄、奈良坂、ツユ、燐斗、瀬菜、愛唯、ばあちゃん、クラスのみんな。
みんな俺のことを”記憶喪失”だと思ってる。
でも実際はレムリア大陸という異世界からやって来たのだ。
今の俺は、周囲の人間を騙して生きている。
このまま嘘を吐きながら生きて良いのだろうか。
かと言って、「俺は異世界から来た人間で、真神 翔太郎ではありません」なんて今更言える訳がない。
この世界には魔法も、魔物も存在しない。仮に打ち明けたとしても、信じてもらえないだろう。
「んん~」
俺はもう一度枕に顔を沈めた。
「どうしたらいいの……」
俺が独り言を漏らした時、スマホから通知音が聞こえた。
『しょーたろー、今電話できる?』
怜雄からのメッセージだった。
俺はうつ伏せのままスマホを手に取り返信した。
『できるよ~』
既読が付いた。
『かけるよ』
『うん』
電話の着信音がなる。
俺は応答の文字をタップした。
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