8話「ば」

 俺の学校生活が始まった。

 朝のホームルームでは提出物の確認や時間割変更について触れられた。


「水曜日の5限目の総探の時間に文化祭の出し物について話し合うから、みんな考えといて~」


 と先生が最後に大きい声で言ってホームルームの時間は終わった。


「しょーたろー。なんか分かんないことあったら、遠慮なく私にも聞いてね」


 後ろのロッカーから教科書を取って戻って来た瀬菜がそう言ってくれた。


「うん、ありがとう」


(隣の席の子が良い人で良かった……)


 それから1限目開始のチャイムが鳴った。


 1限目の授業は英語表現。長文読解を通して文法の解説が行われていく。


簡単な文章なら読めるけど、知らない単語が入っていると急に難易度が跳ね上がる。


 A問題などの基礎的な問題は何とか解けた。


 2限目の授業は数学B。何を言っているのか、さっぱり分からない。


日付から生徒を当てていく方式だったが、運よく俺は当たらなかった。


ベクトルとか言うあの矢印はいつかへし折ってやろうと思う。


 3限目は世界史。学期の始めということもあり、新しい時代に入ったばかりだったので、そこそこ着いていけた。


 ひとつの物語を読んでいるような感覚で、かなり面白かった。


 4限の地学も意外と理解できた。世界の自然現象に関して、レムリアでは魔物の能力や魔力が主な原因だった。


 しかしこの世界では現象の一つ一つを分析して、事細かく捉えている。

魔力が存在しない世界が故の魅力があった。



 4限を終えた後の俺の脳味噌は既に限界を迎え、机の上で顔を伏せていた。


「しょーたろー、飯行くぞ」

 俺の頬を人差し指でぷにぷにする怜雄の声が聞こえた。


「うん!」

 俺はお弁当という単語を聞いて身体を即座に起こし、リュックの中から弁当を取り出した。


「うっす~。ご一緒してもよろしくて?」

 後ろのドアから弁当箱を持ったツユが入って来た。


「あれツユじゃん珍し」

 と怜雄が以外そうな顔をした。


「そんなレアキャラでもないでしょ。準レギュラーくらいはあるだろ」


「まあまあ」



「たまには屋上でもいこうよ」

 とツユが提案する。


「俺は良いけど、翔太郎は?」


「俺も、みんなに付いてくよ」


「おっけ~」


 俺、怜雄、ツユは階段を上って屋上へと向かった。


 転落防止のフェンスに囲まれているが、開放的な空間には、他の生徒が何人かいた。


 適当な場所に座り、弁当の蓋を開けた。

半分には白いご飯。もう半分には揚げ物やトマト、卵焼き、ブロッコリーなどが彩良く配置されている。


「いただきまーす」


 俺たちは各々自分の弁当を食べ進めた。


(ばあちゃんの弁当、冷たいのにすごく美味しいな)


「翔太郎、久しぶりの学校はどう?」

 と怜雄が尋ねた。


「教室入ったらみんなが一斉に俺を見るから、すっごい緊張した。でもみんな良い人ばっかりで、今はすごい安心してる」


「5組ってマジで仲良いもんな~」

 とツユが言う。


「それだと6組が仲悪いみたいだな」


「ウチも治安良いけどさ、5組が圧倒的すぎるんよ」


「5組はクソガキの集まりだからな。そんなキッズたちを落ち着かせてたのが、天下の翔太郎さんって訳ですよ」


「前の俺、そんな感じだったんだ」

(翔太郎、すごいな……)


「勉強の方はどう?」

 とツユが尋ねた。


「英語表現と数Bは微塵も分かんなかった。でも、世界史と地学はある程度着いて行けた」


「まあ英表と数Bは俺らもさっぱりだし、初日からここまで出来たら大丈夫っしょ!」


 そこから昔の翔太郎の話や、怜雄が先生の真似をしたりして楽しい昼休みを過ごした。


 5限目のコミュニケーション英語ではペアワークがあったが、瀬菜が俺に合わせてくれ何とか乗り切った。


 6限目は体育だった。


体育では競技選択を行っただけで、その後はレクリエーションをして終わった。


ちなみに俺は怜雄、ツユ、燐斗が居たという理由でソフトボールを選んだ。


 授業が全て終わり、帰りのホームルームの時間がやって来た。



「朝のホームルームでも言ったように、明後日水曜日の5限目に文化祭の企画会議するから、そのつもりでおってな~」

 と三輪先生が締めくくり、瀬菜が号令をかけて一日が終わった。


リュックに荷物を詰めていると、怜雄が話しかけて来た。


「俺とツユは部活行くから、来た時の道を逆に行けば大丈夫。でも電車のホームは違うからちゃんと掲示板見てから乗れよ」


「うん、ありがとう。部活頑張ってね」


「おうよ」


「怜雄~行くよ~」

 ツユが教室の後ろのドアから半身を出して呼んでいる。



「んじゃ」



  怜雄とツユと別れた後、俺は一人で駅まで向かった。


 問題なく電車にも乗り、無事に乗り換えも攻略して家に帰れた。


「はあ~。疲れた……」

 俺は制服のままベッドに倒れると、ベッドの安心感に身を委ねた。



_____________________

 怜雄視点


 夕日が傾いて、俺の視界が斜めから段々と眩しくなっていく。


 俺はコート内に広がっているテニスボールを集め終わり、備品を仕舞ってコートに礼をした。


 ラケット、水筒、タオルを持って部室棟へ向かう。


 今日から翔太郎が学校に復帰した。


 ツユや燐斗、瀬菜や奈良坂を始めとするクラスメイトの気遣いもあって、不安そうだった翔太郎も帰りには落ち着いた様子だった。


 今日の部活中もずっと頭が重かった。

 翔太郎との関係をと過去形で認識したことが頭から離れない。


 1か月後には部活の公式戦がある。部活のプレイにまで影響を出したくない。


 翔太郎の事故とは関係なく、俺は番手をツユに抜かされていた。完全に自分の実力不足が原因だと思う。


 俺はグラウンド近くの水道に向かい、顔を洗った。


 サッカー部、ハンドボール部、野球部がグラウンドの慣らしをしている。



  俺は、翔太郎の隣に居て良いんだろうか。

  あいつの友達で居て良いんだろうか。


 蛇口を必要以上に強く締めてしまう。


 今日だって、翔太郎の助けになって良い奴ぶって。


 許せない自分への罪滅ぼしがしたいだけだろ。


自分で付けた傷に自分で唾を塗って、自分で気持ちよくなってるだけの偽善野郎が。



 でもどうしたら良いんだよ。


 正解があるなら誰か教えてくれ。


 俺はふらつく足で部室へ向かおうとする。


 下しか見えない。


 解けた靴紐と覚束ない足取りだけが確かだ。


 俺は靴紐を直さずに歩き出した。


 俺は……どうしたら良いんだよ。



_________________________

奈良坂視点


 軽音部に所属している私は、部活の最後には曲の通しを合わせる。


 私はドラムを担当している。女の子でドラムは珍しいみたいだけど、自分がやりたい楽器だから満足している。


 部活のメンバーと解散すると、私は荷物を背負って駅に向かって歩き出した。


すると部室等の前のベンチに座ってスマホを弄っている怜雄を見かけた。


(今日はまだ一回も話してないな……)


 私は怜雄の下へゆっくり向かい……。


「わっ!」


「っびっくりしたあ!奈良坂か」

 怜雄は背筋をビクっとさせて驚いた。


「そんなに夢中になって何見てたんですか~」


「なんでもいいでしょ」


「ふ~ん?年頃だもんね」


「テニスのプレイ動画です。こう見えて意外と部活には真面目なんです」


「”部活には”ね」


(知ってるよ。テニスやってる時にしか見せない顔があるもん)


「なんか用でも?駅行きながら話すか」

 と、怜雄はスマホをポケットに入れて立ち上がった。


 私と怜雄は正門から校舎を出て徒歩10分ほどの駅に向かった。



「今日さ、久しぶりに翔太郎きたじゃん。怜雄的にはどうだったのかなと思って」


「奈良坂もだけど、みんなのお陰で良い雰囲気だったと思うよ」


「翔太郎の隣の席は瀬奈だしね。安心できるよ」


 私と怜雄は信号が赤になったので、歩道橋に向かう。


「怜雄も居てくれてるし」


「俺は何にもしてないよ。みんなが良い奴なだけ」


歩道橋の通路の真ん中くらいに差し掛かった。


(嘘つけ。怜雄が一番頑張ってるよ)


「私は怜雄が頑張ってるように見えて、その怜雄が心配だけどね」




「全然俺は大丈夫だよ。、シドちゃんは大丈夫そうなの?」



怜雄のこの一言が、私の心を深くえぐった。


 お肉に下味をつけるために切り込みを入れるように。


その切り込みに塗られる塩は、私の心に染みて、ずきずきと痛い。




「ねえ……」


「ん?」



「何でとか言うの!?」

 私は怜雄の顔を見れずに、怒号を地面へ履き散らかした。


 車のエンジン音だけが、沈黙の間を埋めている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る