7話「を」

 テレビで、朝の報道番組をやっている時間帯。


俺は朝ごはんを食べ終わって制服に身を包んだ。


 エンブレムが入ったシャツにズボンを履き、ベルトを締めてネクタイも巻いた。


リュックを背負う。教科書や筆記用具の重みを感じる。


「翔太郎、忘れ物はないかい?」


「うん。大丈夫だよばあちゃん。ありがとう」


 俺は怜雄から貰ったスマホをポケットに入れた。


愛唯、ばあちゃん、怜雄、ツユの連絡先をすでに持っている。


 愛唯は一足先に小学校に行ってしまった。


 俺は玄関で靴を履いて振り返る。


「いってきます」


「いってらっしゃい」



 ガラガラと玄関の引き戸を開けて、閉める。


 9月初旬。まだまだ夏を感じさせる日差しと暑さを尻目に俺は最寄りの駅まで歩き出した。


「翔太郎!」


 駅に到着すると改札の前で怜雄が手を振って俺を呼んでいる。


「怜雄!」


 初日から一人で登校するのも不安だろうと、怜雄が一緒に通学してくれるのだ。



登校だけでなく一人で電車に乗るのが怖かった俺にとって、怜雄の存在は救世主だ。


「やっぱり制服着てる方がしっくりくるな。んじゃ行くか」


 そう言うと怜雄は改札を通っていく。


その怜雄の後に続いて俺も進む。


 交通系ICをかざし、改札を通る。



(便利なシステムだな。レムリアにもあれば良いのに)



 電車はかなり混雑していて、スーツを着た会社員や、他校の制服を着た学生で埋め尽くされていた。


電車が出発してから10分くらい経つと、1つ目の駅に着いた。


 そこで俺と怜雄は降りて、歩道橋を渡って反対側のホームに行く。


少し待つとまた電車がやって来て、それに乗り込んだ。


今度は数分で目的の駅に到着した。


 電車を降りて階段を上り、改札でもう一度ICカードをかざした。


周囲には俺や怜雄と同じ制服の学生が沢山いる。


「そわそわしてんな、翔太郎」


 階段を降りる途中で怜雄が話しかけて来た。


「そりゃあね」


「あ、あいつもいるじゃん」

 怜雄は誰か見つけたのか、少し走って前を歩いていた一人の生徒に背中から飛び掛かった。


「うぃ~」

ずしん!


「んだよびっくりした。怜雄かよ」

 飛び掛かられた少年が後ろを見たので、それが誰か分かった。


「ツユ!」


「おお翔太郎じゃん!今日から復帰するんだな!」


「うん!お陰様で」


「ツユ君。今日は水早みずはと一緒じゃないんだ」



 怜雄はにやにやしながらツユを弄った。


「いいだろそっちは~」



「翔太郎も!行くぞ!」



 怜雄が俺を手招きして、俺は二人の下へ駆け寄った。


 駅から10分ほど歩いて、高校へ着いた。



 三重県立下灘高校。と書かれた門の前には、生徒指導担当であろう教員が、登校して来た生徒に挨拶をしている。



北門から校舎に入り、靴箱に向かう。


校舎は少し古く、通路と自転車小屋、フェンスを挟んですぐ隣に道路がある。


 北門から靴箱までの間で、沢山の生徒とすれ違う。


 元の翔太郎を知っていた生徒だろうか、驚いた表情で俺を見る生徒が何人か居る。


 でも俺の両隣をツユと怜雄が歩いてくれるおかげで、安心できる。


「おお!翔太郎じゃん!」


自転車小屋で荷物を背負っていた一人の男の子が俺を見て驚きながら近寄って来た。


「おはよう燐斗リント


「うい~おはよ~」


 燐斗と呼ばれた男子生徒は、怜雄とツユとハイタッチした。


「おはよう」

 俺も恐る恐る挨拶してみる。


「久しぶりだな!もう身体は大丈夫なの!?」


 燐斗はツユよりも身長が少し低く短髪で、幼い印象がある。


「うん。身体の方は大丈夫」


「そっか!なら良かった!てかさ、てかさ、記憶喪失ってマジ!?」


「うん。本当だよ」


「じゃあ俺は実質初対面か……」

 燐斗はそういうと少し悩んだ顔をした。


「学校来て初手で会うのがお燐斗とか、朝からステーキ食ってるようなもんだな」

 とツユが言う。


「同じく」

 と怜雄が同意する。


「おいおい、俺の扱い酷くない?」



「食べ物の中でもステーキに例えられれるんだぞ。むしろ優遇されてるし強キャラだろ」

 と怜雄が言う。


「タシカニ!」

 と燐斗は納得した。


「紹介するよ。木虎きとら 燐斗リント。こいつ、うるさいけどめっちゃ良い奴だから、仲良くしてやって」

 と俺はツユに紹介された。


「よろしくね燐斗」



「おう!」

 燐斗は白い歯をキラッと見せて笑った。


 俺たちは靴箱でスリッパに履き替えると、そのまま一階の教室に向かった。



 俺、怜雄、燐斗は2年5組だが、ツユは6組だったので途中で別れた。


 鼓動が早くなる。喧騒が鼓膜で振動し、さらに鼓動を早くさせる。


上部に大きなガラスが付いた入り口の引き戸を開けた。


 教室中の視線が俺に向けられる。



 俺の心拍数が最高値に達した瞬間。


「うおおお!翔太郎来た!マジか!」

 グループで固まっていた男子たちが俺の方にやってきた。


「なあなあ記憶喪失ってまじ!?」

「俺のこと分かる?」

「怪我は治ったみたいで良かったな」



「久しぶりに来たんだから、もうちょっと落ち着かせてやれよ~」


「おいおいみんな俺には興味ないの!?」


「現在進行形では皆勤賞のお前は、三日噛み続けたガムくらい味しない」


「は~?さっきはステーキに例えられたのに」


「どういうことだよ」



 ぞろぞろと押し寄せてくる人並みを、怜雄と燐斗が押し戻してくれた。


「三輪先生も言ってただろ。クラスメイトのことは覚えてないって」

 と怜雄が俺の肩に手を当てて、俺の席まで案内してくれる。


 俺の席は一番窓側の列で、後ろから二番目だ。


席に着くと机のフックにリュックを掛けた。


「だってさ~2か月振ぶりに会ったんだぜ?そりゃ嬉しくなるだろ」


「夏休みの花火も翔太郎抜きでやっちゃったしさ」


 とクラスメイトたちは各々言う。



(あれ?なんか、思ってたのと違うというか……)



俺は勇気を出してみんなと話してみることにした。


「おはよう。みんな」



「ああ~やっぱこの声っすわ」

「俺らの翔太郎が帰って来た」

「お帰りいい!」

「久しぶりに声聞いて安心したし、俺もう帰ろうかな~」


(こんな感じなのか……学校って……)



「なあ言っただろ翔太郎。俺らのクラスなら大丈夫だって」

 と怜雄が小声で俺に告げた。



「ほんとウチの男子って仲良いよね」

「ほんとにね~」


 教室の遠くの方で数人の女子が話している声が聞こえた。


「奈良坂だ」

 俺はその女子グループの中に、お見舞いに来てくれた奈良坂の姿を見つけて手を振った。


 すると奈良坂は無言微笑みながら俺に手を振り返してくれた。


「文化祭と修学旅行前に復帰できて良かったなあ!」

 燐斗が俺の前の席に座った。


「そういや、俺らのクラスって文化祭の企画何やるか決めないとな」

 と怜雄が言った。


「お化け屋敷とかどうよ」

「4組がやるらしいよ」

「4組と張り合ってボコボコにしようぜ」


「飲食系は?」「お前料理できんのかよ」

「全然」「タピオカとか原価安いし良さそうじゃね」


 クラスメイトが文化祭の企画について各々話始めた時、教室の前のドアが開いて誰かが入って来た。


「はい予鈴鳴るよ~座って~」

 入って来た女性は50代くらいで、買い物かごにプリントやファイルを入れている。


 ほっそりとしているが、声は教室中に響き渡り生徒が自分の席に戻り始めた。


 クラスメイトが全員席に着いたが、一席だけ空いている。


(そういえば、お見舞いの時に来てた志渡って子も同じクラスのはずなんだけど……)


 教室をもう一度見渡すが、志渡さんの姿は見当たらない。


「久しぶりだね。翔太郎」


 俺の隣の席の女の子が話しかけてきた。


「自己紹介からの方が良いか。私は木虎きとら 瀬菜せな。よろしくね」


 肩甲骨のあたりまで伸びたポニーテールの少女。


「よろしく瀬菜。木虎って……」


「そう。私、燐斗と双子なんだ」


「言われてみれば、似てる気がしなくもないな」


「私がお姉ちゃんで、燐斗よりも背が高いんだ」

 少し自慢げに瀬菜が言った。


チャイムが鳴った。やはり志渡さんの姿はない。


「起立!」

 瀬菜が号令をかける。ということは瀬菜が室長のようだ。


 こうして俺の高校生活が始まった。


 不安ばかりだけど、クラスのみんなは良い人そう。


なんとか、この世界では頑張っていかなければ。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る