14-08 未来への贈り物

 翌日、吹雪もおさまり快晴だった。

 こうしてようやくアリシア達はこの国を見て回り、楽しむ事になったのである。

 アリシア達六人にマリリンも加えた一行は、大きな湖を目指した。

 その湖は完全に凍り付いていた。

「すごいわね⋯⋯」

 フィリスはその圧倒的な自然現象にただ驚くのみである。

 その凍った湖では他にも遊んでいる子供たちが居た。

「あれ、何してるんだろう?」

 アリシアが疑問に思っているとマリリンが説明する。

「あれはスケートさ、ああやって氷の上を滑って楽しんでいるのさ」

 元は氷の上を移動する必須の技術だったのだが、ああして現代では娯楽としても楽しまれているのだと解説した。

「あんた達もやってみるかい?」

 そう言ってマリリンは用意しておいたスケート道具を出して、アリシア達に勧めるのだった。

「あらそうね、久しぶりにやってみようかしら」

 ルミナスは率先してスケートを始める。

 ルミナスが住む帝国でも氷に覆われた地域はある為、スケートの経験はあるのだ。

 一方アリシア達にとっては未知の体験である。

「これ⋯⋯意外と難しい!」

 運動神経のあるフィリスでさえ立つことがやっとである。

 ミルファに至っては立つことさえままならない。

「ふむ⋯⋯」

 普通に立って滑り始めるアリシア⋯⋯しかしその不自然な動きに不正は誰の目にも明らかだった。

「アリシア! 魔法を使うのは卑怯よ!」

 尻もちをついたフィリスが大声で非難するが⋯⋯

「魔女の私が魔法を使って何が悪いの?」

 そう開き直る。

「そう⋯⋯そっちがその気なら⋯⋯」

 そこからフィリスは執念を燃やし、きわめて短時間で滑れるようになったのだった。

「アリシア様がお元気になられたようで、一安心です」

 そう言いながらミルファはルミナスに手を引いてもらいながらの練習の傍ら、アリシアとフィリスの追っかけっこを見ていた。

「アリシアさまは結構カッコつけだしね⋯⋯なかなかフィリス以外には弱みは見せたがらない訳よ」

 そうルミナスはアリシアの本質を見抜いている。

「私たちでは無理⋯⋯なのでしょうか?」

「まあこればっかりは出会った順番ってやつね⋯⋯でも私達は私たちなりの支え方があるわよ」

「⋯⋯はい」

 こうしてアリシア達はしばらくスケートを楽しんでいた。

 一方ネージュとリオンはスケートはせずマリリンと一緒に釣りをしていた。

「こんな釣りの仕方なんて⋯⋯」

 その方法はネージュの知る常識とは異なる方法だった。

 氷に小さな穴を開けてそこから糸を垂らす⋯⋯竿すら使わない。

「あ⋯⋯釣れたよネージュ!」

 そうリオンが指摘する、ネージュの糸に魚がかかった。

 しかしネージュは魚を手繰り寄せるも素手で触るのに抵抗があり、代わりにリオンが取った。

 そんなリオンも楽しそうに何度も魚を釣り上げていた。

 自分の何倍も釣っているリオンには釣りの才能があるのだろうかと、ネージュは思った。

「なかなかの大漁だね」

 そういうマリリンは釣りを早々に止めて、料理の支度を始めていた。

 釣ったばかりの魚をこの場で油で揚げて食べようという事らしい。

 貴族として淑女としてあるまじき行いではあるが、ここにはそれを指摘する者は誰も居ない⋯⋯

 なのでネージュも楽しむことにしたのだ⋯⋯開き直って。

 そのうちスケートを切り上げたミルファと釣りを切り上げたネージュが、マリリンの料理を手伝い始めた。

「おや? 手伝ってくれるのかい?」

「ええスケートはあまり向いていないようなので⋯⋯」

「お魚釣りはリオンに任せて大丈夫そうなので」

 そしてミルファは遠くを見つめる、そこには氷の上を追っかけっこするアリシア達の姿があった。

「なら小麦粉を溶いておくれ」

「はい」

 それからミルファが意外に思うほどマリリンは手際よく料理の支度を進めていったのだった。

 ――もしマリリンさんが本当のお母さんだったら⋯⋯

 一瞬そんな想像をミルファはしてしまった、そしてそれは案外悪くはなかった。

 なおネージュは料理がまったく出来ず、最終的にお皿を並べる事しか出来なかった。


 スケートを切り上げたアリシア達が戻って来た。

「フィリス、上達が早すぎる⋯⋯」

「でも捕まえられなかった」

 短時間のうちにアリシアも魔法の補助なしでも滑れるようになってきてはいたがフィリスの上達はもっと早かった、基本の運動神経の差だろう。

 だんだんアリシアも意地になってそんなフィリスから逃げ続けたのだった。

「けっこう楽しいでしょ?」

 最初っから滑れていたルミナスはわりとマイペースで滑り、時折華麗なジャンプを決めていた。

「お疲れ様です」

 そう言ってミルファは揚げたばかりの魚のフライを差し出す。

「あら美味しそうね」

「確かに⋯⋯」

 ただ衣をつけて揚げただけの魚が意外と美味しいのだ。

「余計な事をしたらいいってものじゃない、いい例よね」

 そう言いながらルミナスは塩だけふって魚を食べた。

 遠くを見ると同じように氷の上を滑ったり、魚を食べる人々が居た。

「こうやって私達はこの極寒の地で生きている⋯⋯どうだい? 楽しいかい?」

「ええ」

「そいつは良かったよ」

 とりあえずアリシアを楽しませる事が出来て一安心するマリリンだった。

「でも私達は楽しいでいいけど、皆さんにとってはこうしなければ生きていけない土地なんですよね?」

「まあね⋯⋯でもそれは何処でも一緒さ、そうだろ?」

「⋯⋯そうですね」

 アリシアはこうやって他国の文化を知ることが楽しくなってきていたのだった。


 食事が終わりフィリスはルミナスの真似をして氷の上でジャンプをする練習を始めたが、あまり上手くいかないようだった。

「うーん? どうしてもルミナスくらいの回転ができない⋯⋯」

「あんたは体幹はいいんだから、もっと練習したら出来るようになるわよ」

 そう親身になって教えるルミナスはフィリスが上手く飛べない原因には気づいていなかった、おかげで平和は保たれていたのである。

 ミルファやリオンとネージュもまたスケートの練習を始めたようだった。

 リオンは意外と早く滑れるようになってよく転ぶ二人の面倒を見ていた。

 そんな光景を眺めながらアリシアはマリリンと話していた。

「マリリンさんは私に頼み事とか、しないんですね」

「頼みたい事が無いわけじゃないさ、でもそういう事はずっとし続けて欲しいこの国の問題が大半で、それはこの国の⋯⋯私達が解決すべき問題だからさ」

「確かにそういう事には私は協力できませんね」

 アリシアは自身が持つ魔女の在り方の中で〝契約はその時だけの事しかしない〟としている。

 ずっと何かをし続ける⋯⋯といった契約は決してしないのだ。

 それは契約に縛られる魔女なりの性質ゆえである。

「こうして楽しませてくれたお礼に何か一つくらいはしてもいいですよ?」

「なら、この国の事も好きになっておくれよ、いつか何かあった時にこの国を元に戻したいと思ってくれるくらいでいいからさ」

「マリリンさんが生きている間とは限りませんよ、それ」

「いいのさ、それならそれで⋯⋯私の役目は次の時代に託すことなんだからさ、あの子たちにね」

「フィリス達は他国の人だけど?」

「よその国と仲良くする事も重要だろ? この国じゃさ」

「そうですね」

 マリリンとの話の中でアリシアは思う。

 自分も誰かに何かを託して生きていくのだろうかと。

 そもそも託すべきものがあるのだろうか⋯⋯とも。

 今アリシアは世界中を繋ぐ転移門を作ろうとしている。

 これはアリシアが勝手に考えた〝夢の世界〟の実現の為に必要だと思うからしている事だ。

 それによって未来の人々がどう変わるのか、本気で考えたことはあまりなかった。

 きっといい事もあれば悪いことも起こるだろう。

 そんな世界にアリシアは変えようとしている、ただの自己満足だ。

 それは何かを託すことなのだろうか?

 今のアリシアにはよくわからなかった。

 ただ今のところ自分がやろうとしている事で喜んでくれる人しかいないから、間違った事はしていないとは思う⋯⋯たぶん。

「マリリンさん、私⋯⋯この国が好きですよ」

「そうかい⋯⋯それはよかったよ」


 こうしてアリシアの始めての北の国の訪問は終わったのだった。

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