14-07 弱音と支え
突然アリシアが呼ばれて部屋の中に入っていった。
「何かあったのかしら?」
「ミルファが手に負えないと判断したくらいだし⋯⋯」
「だ⋯⋯大丈夫なのか!?」
男はパニックだった。
「大丈夫ですよ、貴方の奥さんと子供は」
「そうよ、こんな幸運はそうはないわよ、貴方父親になるんだからもっとしっかりしなさいよね!」
「は、はい!」
男は自分を叱咤する二人が大国の姫君だなど思いもしていない。
「ネージュ、大丈夫だよね⋯⋯」
「大丈夫よリオン」
そっとネージュとリオンも手を合わせる。
二人はいつか自分がそうなる時の事を、重ね合わせていたのかもしれない。
そして、産声があがった――
扉が開きおばあちゃんが出てきた。
「産まれたよ」
そして歓声が起こる。
「静かにおし! あんた達!」
ばあさんの怒りが炸裂した。
そして男が部屋の中に入り、入れ違いでアリシアとミルファが出てきた。
「お疲れ様、二人とも」
そうフィリスが声をかけるが⋯⋯
「あ⋯⋯うん⋯⋯」
アリシアは元気がない。
「どうしたのアリシアさま?」
「その⋯⋯手の中に血まみれの赤ん坊が現れたのがショックだったみたいで⋯⋯」
ミルファは血とか内臓を見てもわりと平気で慣れていた。
「⋯⋯私も生物の解体とかしょっちゅうしているけど、人間の赤ん坊が血まみれなのは想定してなかったから」
どうやらかなり凄惨な光景を見てしまったのだという事だけは、フィリス達も理解したのだった。
それからしばらくして産湯で綺麗に洗われ柔らかい布でくるまれた赤ん坊を抱く母親と、それに寄り添う父親がそこには居た。
「ありがとうございます、皆様!」
父親は頭を下げて感謝した。
「あ、うん、無事でよかったね」
まだショックから抜けきらないアリシアだった。
赤ん坊を抱きしめて寄り添い笑いあう夫婦を見て、ミルファは複雑な気分になる。
どうして祝福されて生まれてくる子供の中から、孤児が出来るのだろうかと⋯⋯
そんなミルファにおばあちゃんが話しかけた。
「ありがとうよ聖女様」
「いえ⋯⋯私はお役には⋯⋯」
結局アリシアの転移魔法で赤ん坊を取り出したため、ミルファが治癒魔術を使うような事態にはならなかったのだ。
「でもアンタの機転であの魔女様が動いてくれたんだ」
「⋯⋯」
大切な結果は母子共に無事である事だ、だがその為に主人のアリシアを働かせたことはミルファにとって悔やむ事なのだった。
「あんたたちが居なければ、あの子は母親を亡くしていたかもしれないからね⋯⋯」
確かにあのままだったら腹を切るしか方法がなかったのかもしれない、もしもそうなっていれば⋯⋯
「あの子が両親と一緒でよかったです」
ようやくミルファは心から笑う事が出来たのだった。
しかしアリシアは最後まで笑えなかった⋯⋯ずっと何かを考えながら。
マリリンの屋敷に戻り、顛末を報告をする。
「そうかい! それはよかったよ!」
そうマリリンも新たな命の誕生に喜びの声をあげる。
その事を報告したフィリス達も若干興奮気味だった。
やはり生命の誕生というものに触れたというのが大きいのだろう。
しかしアリシアは⋯⋯
「少し疲れました⋯⋯部屋で休みます」
そう言って部屋を出てしまった。
「魔女様はどうしたんだい?」
「ちょっと様子を見てきますね」
そしてフィリスはアリシアの後を追う。
一緒について行こうとしたミルファをルミナスは止めた。
「どうして止めるのですか、ルミナス様?」
「今はフィリス
そのルミナスの行動にミルファは⋯⋯
「私はアリシア様のお力にはなれない、という事ですか?」
「ミルファ、あんたも欲張りになったわね」
そう言ってルミナスはミルファに優しく笑いかけた。
「欲張り? ⋯⋯ですか?」
「そうよ⋯⋯アリシアさまが本当に落ち込んだ時に力になれる存在なんて、この世界には一人しか居ないのよ」
「それがフィリス様なんですか?」
ミルファはアリシアを追っていったフィリスの事を考えていた。
「そうよ」
「じゃあ私達は、何のために居るのでしょう?」
「いつも支えになっているじゃない」
「支え?」
「私にとってはミハエルかしら? 私が挫けそうな時、あの子がいるから頑張れる⋯⋯そういうものよ」
「それは重荷では、ないのですか?」
「難しいところね、受け取り方は人それぞれだから⋯⋯もしもあの子が何でも私に頼るような子だったら重荷だったかもしれないけど、そうじゃないからね」
「では頼らなければいいのでしょうか?」
ミルファはさっきアリシアに頼った事が間違いだったのかと思う。
「でも頼って欲しい時もあるのよね」
「身勝手ですね⋯⋯」
「そう⋯⋯身勝手なのよ、
「私はちゃんとアリシア様の支えになれているのでしょうか?」
「ミルファはちゃんとアリシアさまの役に立っているわよ。 でもアリシアさまが本当に迷った時、その弱さを見せられるのは一人しかいないってだけなのよ」
ルミナスは全てを見抜いていた。
その上で自分たちとフィリスが違う役割なのだと、言っているのだった。
一人になろうとしたアリシアだったが追って来たのがフィリスだった為、アリシアは拒まなかった。
「どうしたのアリシア?」
「いや⋯⋯ああして産まれてくる命を見たら、自由に命を造る⋯⋯ってことはやっぱり、冒涜じゃないかなと思ってね⋯⋯」
「そっか⋯⋯」
フィリスは知っていた。
いつかアリシアが、アリスティアと同じ事が出来るようになりたいと思っている事を。
それはアリシアなりの証明なのだろう。
アリスティアが間違っていたのは生き方であり考え方だ、その力そのものは善も悪もない
だからアリシアが彼女のように命を自在に造り育てる⋯⋯それでいて間違わない生き方をすれば、それでいいと。
そう思っているアリシアをフィリスは黙って見守るつもりだったのだ。
「じゃあ、もう一人でも子供を造れるってのは、もうやらないの?」
「その方がいいかな⋯⋯と」
その答えはアリシアにとって身を切る想いだった。
自分自身で魔女の力が要らない、間違っていると認めるようなものだからだ。
そんなアリシアにフィリスは話す――
「ちょっと思ってたんだ⋯⋯最近のアリシアは頑張りすぎかな⋯⋯って」
「そうかな?」
「出来る事はやらなきゃいけない事じゃないよ、アリシア」
「え?」
「もちろんわかってる、アリシアがいっぱい頑張って出来る事を増やしたくって、誰かの役に立ちたがっているってことは⋯⋯それはいい事なんだけど問題は、そんなアリシアに私達は付け込んでいる」
「付け込む?」
「アリシアが何でも聞いてくれるからすぐ頼っちゃう⋯⋯それをアリシアは試練だと思って引き受けている⋯⋯でしょ?」
「試練か⋯⋯そうかもね」
「アリシアにしか出来ない事を頼んでやってもらう事が当たり前の世界は間違っているよ⋯⋯アリシアがもし居なくなったらすぐに破綻するからね、そんな世界は」
「もしそうなったらかえって迷惑⋯⋯か。 でも一度始めたことは最後までやるよ」
それでもアリシアは転移門作りやリオン達の事を途中で投げ出す気にはならなかった。
でも、それが終わったらあらためてアリシアは、自分の在り方を考え直す事にした。
「⋯⋯さっきこの手の中に現れた赤ん坊がさ、意外と重かったんだ⋯⋯でも、すぐ死にそうなほど頼りなくって⋯⋯」
「そうなんだ」
そう話し始めたアリシアは自然と気持ちが軽くなっていった。
それから暫くして戻って来たアリシアとフィリスは、いつも通りに戻っていたのだった。
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