14-06 吹雪の中の交渉
「ああーーーー! あんな事言うんじゃなかった!」
食事会が終わり部屋に戻ったルミナスがいきなり叫ぶ。
「本当にごめん! ミルファ!」
そう言って頭を下げる。
「いえ、別にいいんですよルミナス様」
とりあえずミルファは気にはしていないようだった。
「⋯⋯ホントに?」
「ええ⋯⋯でも本当にマリリン様が私のお母さんだったらと思うと色々と面倒なので、そうでなくてホッとしています」
とくに機嫌を損ねたふうでもないミルファを見て一同はホッとすると同時に悲しくもなる。
「ミルファちゃんはご両親に会いたくはないの?」
「⋯⋯孤児院にいた頃はそう思っていましたが教会に入ってからは、どんどん扱いや生活が上がっていってそんな事は考えなくなりました。 いまさら両親が名乗り出て来ても私の力やアリシア様目当ての悪意としか思えないですし⋯⋯」
そんな風に思うミルファは自分を冷たいと思うが、悪いのは元々自分を捨てた両親の方だと割り切ってもいる。
「まあ、確かにそうよね⋯⋯」
ルミナスも納得のいく話だった。
「ミルファはそれでいいの?」
アリシアは両親と再会できてよかったと思っているのでやや疑問だった。
「ええ、いいんです。 今は皆様とご一緒出来て楽しい日々ですから」
そのミルファの言葉に嘘はなかった。
その後、アリシア達は明日からのこの国の観光の予定を立てて、ネージュとリオンは明日からのマリリンとの交渉に備えて計画を練るのだった。
翌朝⋯⋯屋敷の外は猛吹雪だった。
「すごい吹雪だね⋯⋯」
「そうねアリシア⋯⋯」
この時点でアリシア達の今日の観光の予定は破綻していた。
なのでアリシア達はボードゲームやカードで遊ぶ事にする。
一方ネージュ達はマリリンと化粧液に関する交渉を行う予定だった。
マリリンはそのネージュとの交渉の席を準備する。
マリリンは女性だからというのもあるが、やはり化粧液には関心があったのだ。
そしてアリシア達が遊んでいる頃、ネージュ達の外交が始まったのだ。
「こうしてお話を受けて頂き誠にありがとうございます、マリリン様」
「ああ構わないさ、こちらにも益のある話だからね」
どうやらマリリンは最初から乗り気のようだった。
そう察したネージュは始めから話の主導権を握っていた。
そして始まる交渉を間近でリオンは見て、聞いて、学ぶ。
自分たちが売りつける商品がいかに魅力的かという事、そしてそのメリットを最大限に提示する。
相手はそれを欲しかったとしても大きな関心は見せない、そうしなければ足元を見られて吹っ掛けられるからだ。
今回ネージュは過度な儲けには走らないつもりだ、何故なら『プリマヴェーラ』は利益が出れば良いというものではないからだ。
今後末永く『プリマヴェーラ』は利益を上げ続けて、背後にある『聖魔銀会』の資金源になり続ける必要があるのだ。
極端な話、寄付や従業員たちの給料を払って赤字にならなければ、それでいいとさえネージュは考えている。
だがアリシアから教わった美容液は優れた商品だった。
だからそれなりの金額設定になってしまう、それが市場経済というものだった。
そんなネージュとマリリンの交渉は続く⋯⋯リオンが辛くなるほどに。
どこで強気に出てどこは引くのか事前に打ち合わせで決めたとおりだったり、今ここで柔軟に変化させたり、ネージュとマリリンの交渉は長時間粘り強く続くのだった。
その後いったん休憩を挟んだ後、正式な契約書を交わす。
少し時間を置くのは頭を冷やす時間を取る為だ。
これが騙す目的なら勢いのままに契約書にサインをさせる事もあるが、今回は末永く良好な関係を築かなくてはならない為の配慮だ。
ネージュとマリリン二人の間で決まった事が事細かに書かれた契約書を、お互いに何度も見て確認してそれぞれサインをするのだった。
リオンにとってこの体験が今後役立つのかはわからないが、本物の交渉がいかに大変かという事を思い知る。
本当に適当にやっているアリシアが羨ましいと、リオンは心底実感したのだった。
そんな時だった、マリリンの屋敷の扉を叩く訪問者が現れたのは。
ネージュとの交渉を終えたマリリンの元に爺やがやって来て、その訪問者の話をした。
「ふむ⋯⋯なるほど。 わかった、魔女様方を呼んでくれ」
爺やは頭を下げた後アリシア達を呼びに行くのだった。
ゲームも一段落した頃のアリシア達の所に、爺やがやって来た。
「お客様方、御館様がお呼びです。 どうかお越しくださいませ」
やや退屈しかけていたアリシア達はすぐにマリリンの所へと移動したのだった。
その場には交渉の終わったネージュとリオンも居た。
そしてマリリンは申し訳なさそうにアリシア達を見ていた。
「皆様、退屈させて申し訳ありません」
「それは天候のせいだから仕方がないけど、どうかしたんですかマリリンさん?」
そしてマリリンは事の経緯を説明し始めた。
「この近くで今、子供が産まれそうになっているのだ」
マリリンの説明によると、この吹雪の中産気づいた人が居るので念のために治癒魔道士を呼びたいが、この吹雪で道が塞がり難しいとの事。
そしてこの街をあげてアリシア達の歓迎を行う予定であったため、アリシアの⋯⋯というか、そのお付きの聖女が来ている事は知れ渡っていた。
その魔道士を無理に呼ぶことに比べれば近くの屋敷にいるミルファを呼ぶ方が早くて安全だ、という事になったらしい。
その為、急遽ミルファに来て欲しいとの嘆願があったのだ。
「私でよければすぐに向かいます!」
ミルファは迷わずそう返事をした。
「ありがとう、ミルファ」
マリリンは深く感謝し、頭を下げたのだった。
とりあえず現場にはミルファだけ行けばいいのだが、退屈を持て余していたアリシア達も一緒に行く事になった。
アリシアが周りの吹雪を遮断しながら一同はその妊婦の家まで移動する。
そのあまりにも大仰な一行の到着に、その家の主人は驚き恐縮することになる。
「すみません、皆様本当にありがとうございます」
そう言って主人は何度も頭を下げた。
「いえ構いません、これも何かの巡り合わせなのですから」
そうフィリスはこの家の主人を気遣う。
「あの私は回復魔術は使えますが、出産には立ち会った事はなくて⋯⋯」
「ああ、それならうちの母は昔産婆をしていたので大丈夫です、聖女様はもしもの時にお願いします」
「それなら」
とりあえずミルファはホッとした。
ミルファが入った部屋にはお腹の大きな妊婦と産婆をしていたというおばあさんがいた。
「あんたが聖女かい?」
「はい、聖女のミルファです」
「よろしく頼むよ」
「はい、お任せください!」
こうしてミルファにとって未知の戦いが始まった。
「時間かかるね⋯⋯」
「まあこればっかりは自然の営みだしね」
アリシア達がこの家に到着して一時間くらいした頃、ようやく出産が始まった。
「お湯を用意しといてくれ!」
おばあちゃんの指示が飛びアリシアがお湯を出す。
アリシアに出来るのはそれくらいで後はこの家の主人の男と一緒に祈るくらいしか出来なかった。
そして出産が始まった。
だが予想外の事態が起こる。
「こりゃいかん! へその緒が首に絡まっとる!」
「ええ!?」
この事態にミルファに出来る事は何もない。
「どうしたら⋯⋯」
「最悪腹を切るしかないが⋯⋯アンタ治療は出来るんだね?」
「出来ますが、お腹を切るんですか?」
「そうするしかない場合もあるという事さね」
ふとミルファは自分が持っている怪我が治るナイフを出そうかと思ったが、もっといい方法を思いついた。
「そうだ! アリシア様なら⋯⋯」
この前自分一人でやろうとして失敗しかけた経験が、ミルファに人に頼る事を思い出させる。
そしてアリシアが呼ばれた。
「で⋯⋯私に何しろと?」
ミルファは現状をアリシアに説明して⋯⋯
「アリシア様の転移魔法で赤ん坊を取り出せませんか?」
「⋯⋯やったことないけど、いいの?」
「あんたそんな事が出来るのかい!?」
おばあちゃんは驚く。
とりあえずアリシアは妊婦を見つめて言った。
「じゃあやってみるけど⋯⋯やっていいんだね?」
こうしてアリシアにとっても未知の挑戦が始まったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます