14-05 別の人生への憧れ

「はあ⋯⋯⋯⋯」

 別室でアリシア達が騒いでいた頃、マリリンは一人で落ち込んでいた。

 さっきのお風呂はアリシアと親睦を深める絶好のチャンスだったのに、それを生かせなくて。

 その代わりにした事はミルファと交流を持ったくらいだった。

 彼女は銀の魔女の巫女で仲良くなること自体は決して無駄ではない、しかし目の前にアリシア本人が居るのにミルファの方を優先してしまったのだ。

「⋯⋯かわいい子だったねえ」

 これまでずっと独身で三十歳を超えたマリリンは、あのくらいの歳の子供がいたかもしれない別の人生を夢想する。

 今まさにアリシア達が自分の事をミルファの母だと疑惑を持っているなど想像すらせずに⋯⋯


 そして食事会が始まった。

「それでは転移門の完成と世界の平和に⋯⋯乾杯」

 その食前酒はノンアルコールのシャンパンだった為アリシアでも飲む事が出来た。

 そしてアリシアは目の前の不思議な料理に目を回す。

「これはどう食べるの?」

 ルミナスは知っていたが他国では馴染みのないこの国の郷土料理だった。

「これはこの串にさしている食材を、この溶かしたチーズに漬けて食べるんですよ」

 そう言いながらルミナスはみんなが見ている前で食べて見せた。

「んー美味しい! やはりこの国のチーズの味は素晴らしいわね」

 チーズを始めとする乳製品はこの国の主要産業だった。

 それを見てアリシア達も同じようにして食べ始めるのだった。

 この不思議な料理はチーズにばかり目が行きがちだが、串に刺した様々な食材はこの国のならではの物が多かった。

 それを食べながら時に質問を交えてアリシアはこの国の事を少しずつ知っていくのだった。

 一方ネージュは貴族の席には相応しくない料理だと感じていた。

 何故ならあまり行儀のよい食べ方だとは思えないからだ。

 もしネージュがこの食事会を主催したならもっと無難なコース料理になっていただろう。

 そしてこの団欒の様な雰囲気は作りだせなかっただろうとも思った。

 マリリンがアリシアが喜びそうなものを選び、それを臆すことなく振舞ったその決断や行動力にただ感心するのだった。

「キノコもこうして食べると美味しいね!」

「そうね、リオン⋯⋯」

 リオンは食べなれたキノコの新しい食べ方に喜んでいる。

 一方ネージュは、だんだん自分の常識に自信が持てなくなってきた。

 食事も終わり歓談の時間になった時、周囲が不穏な空気に変わった。

 マリリンは自分が注目を浴びている事に気づいたがそれを受け流す。

 よもや自分がミルファの母だという疑惑を持たれているなど想像すらしてはいなかった。

 たんにこの料理は少し攻めすぎたか⋯⋯くらいの認識だったのだ。

 そんなマリリンにアリシアは問う。

「マリリンさんはミルファのお母さんなの?」

 ド直球だった。

「はあ?」

 そのマリリンの反応を見て一同は「あっ、違った!」といった認識だった。

 アリシア自身も「あ⋯⋯これは違う」と思い、念のため勘のいいフィリスの反応も確認するがそちらも同様だった。

 そのみんなの反応を確認して即座にアリシアは時間を巻き戻した。


 約一分の時間が巻き戻った。

 食事が終わり歓談の時間になった。

 すぐにアリシアはフィリス達に「たぶん違う」とサインを送る。

 フィリス達は本当に時間を巻き戻したんだ⋯⋯とドン引きだった。

 一方ミルファはどこか安心していた。

 マリリンの様な裕福で暖かい人が母でなくて本当に良かったと。

 自分を捨てた両親はもっと貧しくて悪い人でなければ納得がいかないからだ。

 そして流れる不穏な空気をマリリンは敏感に察知する。

「なんだい? 何かあったのかい?」

「マリリンさんはミルファの事どう思っているのかな⋯⋯と」

「はあ⋯⋯ミルファさんの事を?」

 やや形を変えた唐突なアリシアの質問にマリリンは、さっきのサウナでのミルファへの接し方が露骨だったからだと思った。

「⋯⋯ミルファさんが今十三歳でドワーフの血筋だと知って、自分にもこんな年くらいの子がいてもおかしくなかったのに⋯⋯なんて考えてしまっただけさ」

 どうやら完全に勘違いだったとルミナスは思い、いたたまれない気分になる。

「しかしマリリン様は立派に領主として充実した人生を歩まれたはずでは?」

 ネージュにとってそんなマリリンのような人生はある意味憧れだった。

「ああ確かにそうさ、楽しかったさ。 でもね、今こうして振り返ると後悔が募る⋯⋯これから先もずっと一人なのかな⋯⋯てね」

 たしかに三十歳を超えた女傑のマリリンは再婚ならともかく、初婚は厳しいかもしれない。

「あんたたちの倍近く生きた人生の先輩として言っておく、どれだけ楽しい人生でもそのあと孤独じゃ何の意味もないのさ、恋をして子供を作ってそれを育てる⋯⋯そんな当たり前の日々がとても眩しいのだと気づいたときにはもう遅いんだよ」

 アレクと結婚する事が決まっているネージュとリオンはともかく、他の四人は身に刺さる言葉だった。

 今アリシア達四人は楽しい人生を謳歌している真っ最中だ、とくにフィリスやルミナスは国の為の婚姻の義務よりもアリシアと一緒にいる事が望まれているおかげで。

 ミルファにしても孤児という存在が身近だったために、結婚という物はどこか距離をおきたいものだった。

 そしてアリシアは⋯⋯

「恋とか結婚とか考えたことないけど、やっぱり子供は産んでおいた方がいいのかな?」

 とんでもないことを言い出す。

「どういう意味、アリシア!」

 フィリスはあわてる。

 アリシアが子供を作る事は容易くこの世界のバランスを崩す事に繋がりかねない一大事だ。

「今は弟子を取る気はないけどいつか弟子を取りたいな⋯⋯って思う日が来るかもしれないから、その時に自分の孫かひ孫辺りが居なかったら、手遅れかな⋯⋯ってね」

 単純に考えてアリシアの子供はアリシアの資質の半分を受け継ぐだけだ。

 しかし孫やひ孫辺りになるともっと血は薄まるが隔世遺伝で半分以上の資質を持つ子孫が出てくる可能性があるのだ、フィリスが良い例である。

 その頃はアリシアも百から百五十歳くらいだろう、たぶん魔女として完成していて弟子を取る気になっているかもしれないし、世の中もどう変わっているか予想できない。

「確かにそういう可能性もあるけど⋯⋯アリシアが誰か男の人と結婚するのが想像できない⋯⋯」

「魔女の秘術をもってすれば女性同士とか一人でも子供は作れるけど?」

「⋯⋯本当にそんな事が?」

「うん⋯⋯まあやったことないから、これから覚えるけどね」

 なぜかフィリスの食いつきに怖さを感じるアリシアだった。

「うーん、自分に子供ができるなんて想像できないわね⋯⋯」

「まったくです⋯⋯」

 ルミナスやミルファは自分が母になる事が想像できないらしい。

 一方リオンはアレクとの子供が欲しいと感じ、ネージュは最初は長男で次に次男と長女を⋯⋯なんて具体的な構想を持っていた。

 そしておかしな話になった空気をマリリンが締める。

「まああんたたちが子供を作ろうとそうでなかろうと、その後の人生が充実していればそれでいいのさ、ただ私は出来れば子供が欲しかったなと今更少し後悔しているだけなんだからね」

 そんなマリリンの悩みは全ての女性の考えではないだろうが、そう思う人生もあるのだとアリシア達は知った。

 そしてマリリンはミルファをじっと見つめる。

「その試しにミルファ⋯⋯ 私をママと呼んでみてくれないかい?」

「え?」

 ミルファの表情はやや引いていた。

 こんなにもそぐわない話題に花を咲かせる事になるとは想像もしていなかったネージュは、いかにこの空間が異質で今までの常識が通じない面子なのだと、思い知るのだった。

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