14-03 常識知らずな外交
アリシア達がイスペイへ行く日がやって来た。
その日は朝早くからイデアルで集合する事になる。
今回イスペイへ向かうメンバーはアリシア、フィリス、ルミナス、ミルファのいつもの四人とネージュとリオンを加えた計六人だ。
イデアルへアリシアの転移魔法によってやって来た四人は、リオンの重装備に驚く。
「リオン⋯⋯あなたもずいぶん厚着ね」
「ええフィリス様、そこはとても寒いらしいので⋯⋯耳が凍っちゃうと大変だし⋯⋯」
「私もリオンほどじゃないけどやっぱりつらいわよね、耳が⋯⋯」
リオンはエルフ族特有の長くて尖った耳が極寒の環境だと、大変な事になるのだ。
そしてエルフの先祖返りのフィリスもリオンほどではないが普通の人よりは耳が尖っているため、寒さには弱かった。
「あんた達は大変ね」
毛皮の帽子を目深にかぶって耳を守る二人に同情するルミナスだった。
「みんなここだと辛そうな厚着だし、すぐに行こうか?」
そう言うアリシアは普段通りの伝統的魔女スタイルである。
自分だけ魔法によって外気温とは無縁なアリシアはズルいと、普段より厚着のみんなは思ったのだった。
「しっかりやって来い」
そう言ってセレナが見送る。
「行ってきます」
こうしてアリシアは転移魔法を発動したのだった。
転移によって降り立ったのは、アクエリア共和国北の都イスペイの大きな港だった。
前回の船旅で立ち寄ったばかりの場所だ。
事前にこの日時に来ると通達しておいたおかげで、目の前には歓迎の準備が出来ていた。
その人達の中央から真紅のドレスを着た女性が歩いてくる。
「銀の魔女様、そして皆さまもようこそイスペイへ」
そう礼を取る赤い髪の女性がこの国の領主マリリン・タートランだ。
「歓迎ありがとう、タートランさん」
「マリリンで構わないわよ、銀の魔女様」
「なら私もアリシアでいいですよ」
「あらそう、ならそう呼ばせてもらうわアリシア殿」
「はいよろしく、マリリンさん」
短い時間であっさりとアリシアとの距離を詰めるマリリンの手腕に感心する一同だった。
やはりアリシアと同性というのは打ち解けやすいのかもしれない⋯⋯なかなか
「さて⋯⋯では我が屋敷に案内させてもらう」
しかしアリシアは⋯⋯
「マリリンさん、もう現地に準備は出来てると聞いているのですが先に転移門の設置を終わらせてもいいですか? 大して時間はかからないので」
「それは構わないが⋯⋯先に休んでからでも」
「別に疲れてないし面倒な事は先に終わらせて、後はゆっくりこの国を楽しみたいから」
「まあ⋯⋯そう言うなら⋯⋯」
結局アリシアの提案にマリリンが折れる形になり、屋敷ではなく転移門の設置場所へ先に向かう事になった。
そんな交渉を見ていたリオンは⋯⋯
「ネージュ⋯⋯あんな交渉でいいの?」
自身が教え込まれた交渉術とは全く違うアリシアの外交に疑問を感じる。
「⋯⋯リオン、あれは真似しては駄目な⋯⋯いえ、わたくし達には真似のできない外交の仕方よ」
現在転移門を創れる唯一の魔女だからこそ許されるパワープレイだと、ネージュは思った。
だが慣れれば楽な相手だとも思う、何故なら交渉の余地がない事はあれこれ悩まずに済むからだ。
将来アレクに仕えて王家の一員としてアリシアと交渉する際は、あのままのアリシアで居てくれた方が楽だなと思えるネージュだった。
そして堂々と強気な外交が出来るアリシアに、ちょっとだけ羨ましいと思うリオンだった。
馬車に乗った一同は目的地を変更して街はずれの更地に着いた。
そこには石くれが高く積まれていた。
「事前に聞いておいたから用意していたが⋯⋯本当にあんなゴミでいいのかい?」
そのマリリンの疑問にあっさりとアリシアは答える。
「ええ、あれで十分です」
マリリンが事前に頼まれて用意していたこの石くれは鉱山から出た物だ、本来ならばゴミとして処分に困る物である。
そして建物を創る場所を確認するとアリシアは、その石くれに魔法をかける。
細かい石くれが溶けて混ざり合い、手ごろなサイズのブロックに変わっていく。
そしてそのブロックを積み上げて、時には混ざり合って建物がみるみる出来上がっていくのだった。
アリシアが作業を始めて十分ほどで建物は完成した。
その雪国特有の尖った屋根をアリシアは指差しながら訊ねた。
「屋根はあんな感じでいいんですよね?」
「あ⋯⋯ああ、あんな感じでいいわ」
マリリンは驚きで放心している。
「なんかアリシア、ずいぶん手際良くなったわね」
「同じ建物は三つ目だからね、そりゃ慣れるよ」
これまでに創った転移門の外観はその国ごとに多少の意匠違いはあるが、内装はまったく一緒である。
何故なら転移する部屋同士の空間を入れ替えるから、まったく同じ方が安全なのである。
そんな気楽そうに話すアリシア達を呆れながら見つめるマリリンだった。
「あ、マリリンさん、これ⋯⋯」
そう言ってアリシアが差し出したのは数本のインゴットだった。
「⋯⋯これは?」
「さっきの石ころの中にまだ金属が混ざっていたので、分けておきました」
「⋯⋯いや、それはアリシア殿に差し上げよう」
「本当ですか、ありがとうございます」
そう言って素直にアリシアはそのインゴットを受け取り収納魔法へと仕舞った。
それを見てマリリンは思った。
あの建物を作るまともな石材を用意する費用に比べれば、あの程度の鉄など惜しくないな⋯⋯と。
その後アリシアは建物に魔石を取り付けて、転移門の設定を終えるのであった。
思わぬ寄り道があったがようやく一同はマリリンの屋敷に向かう事になる。
この時点でアリシアは完全に観光気分に切り替えている。
一方マリリンも、いかになだめすかして転移門を作ってもらうかという最大の難題から解放されてほっとはしていた。
そしてそんなマリリンと交渉をしやすくなったネージュは内心笑みを浮かべていたのである。
そんな一同はマリリンの屋敷に辿り着いた。
「うー、寒いわね⋯⋯」
思わずフィリスが弱音を吐く。
「ふむ⋯⋯なら先に皆さまをサウナに案内しようか?」
ちょっとしたマリリンの気遣いだった。
本来なら来客を真っ先にサウナや風呂を進めるのどうなのか、なのだが何となくアリシアの緩い雰囲気に流されてしまったのだ。
「サウナって何?」
アリシアはサウナを知らなかった。
「サウナってのは、汗をかくためのお風呂みたいなものですよ」
「汗をかく⋯⋯だけ?」
「その後普通のお風呂も使ったり水風呂に入ったりしますから、出る時はさっぱりしますよ」
帝国の大浴場にもサウナはある為、それをよく利用するルミナスがアリシアに説明した。
「⋯⋯ふーん、面白そうだね」
「なら皆様でまずは温まってきてください」
そうマリリンは薦めた。
そしてアリシア達はそのサウナへと案内されマリリンはその場を立ち去ろうとした。
「あれ? マリリンさんは一緒に入らないんですか?」
この質問はアリシアの常識知らずから出たものだった。
普通、貴族家の当主が来客と一緒に風呂に入る事などまずありえないからだ。
しかしマリリンはこの千載一遇の機会を逃しはしなかった、フィリス達が余計な事を言ってアリシアの気が変わらない内に返事をする。
「おお⋯⋯そうだな、ならご一緒にさせてもらいましょうか」
もちろんマリリンはこの後個人用の風呂に入るつもりだったが、そんな予定は変更だ。
単にアリシアはそんな事を知らなかったから、マリリンだけ凍えたままでかわいそうだと思っただけなのだった。
そしてこのメンバーでは余程のことがない限り、アリシアの意思決定が優先される⋯⋯
アリシアが望めば常識外れな事態になっていく⋯⋯そんな出来事を見てネージュの今まで培われた常識にヒビが入り始めた。
「みんなでお風呂楽しみだね、ネージュ」
「⋯⋯そうね、リオン」
のんきそうなリオンがこの時のネージュには羨ましかった。
それ以外の一同はとくに反対もなく浴室へと入っていく。
それを見つめながらマリリンは人知れずその拳を握り締めていた。
彼女が領主になって早十年⋯⋯今まで女であることが苦労の種にはなっても、女である事に感謝したのは初めてだったのだ。
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