14-04 突然の疑惑

 アリシアの提案によりこの場の全ての女性で一緒にお風呂に入る事になった。

 いつもの様に魔法で服を脱いで裸になるアリシアに比べて他のメンバーは少し着替えに時間がかかる。

 そしてこの状況に心理的な抵抗を感じるネージュが一番服を脱ぐのが遅かった。

 一方マリリンは覚悟を決めて即服を脱いでいた。

 服を脱いでサウナに入った一同⋯⋯その中でリオンはミルファをじっと見ていた。

「何でしょうかリオン様?」

「ミルファっておっきいね! ネージュくらいかな?」

「リオン!?」

 突然引き合いに出されたネージュは慌てて恥ずかしがる。

「⋯⋯そこまで大きくありませんよ、身体が小さいからそう見えるだけで⋯⋯ネージュ様やフィリス様の方が大きいです」

この中で一番身長が低いのがミルファだ。

「そっか⋯⋯」

 リオンも良く見比べてその言葉に納得する。

「クソッたれ⋯⋯」

 その後ろで呪詛を吐くルミナスが居た。

「あなただってあれから大きくなったじゃない」

「差がある事には変わらないでしょ!」

 そしてフィリスとルミナスは醜く争っていた。

 そんな一同を見ていたマリリンは思わず笑ってしまった。

「いやすまないねえ、お姫様たちと思っていたんだけど、まだまだそういう所は子供だと思ってね」

「ほら、皆さま笑われたじゃありませんか」

 恥ずかしそうにネージュが場をしめる。

 こうしてひとまずこの場は落ち着きサウナを堪能する事になったのである。


 十分ほど経った。

 それまでほとんど無言でみんなはこまめに水分を取りながら、汗を流していた。

「ねえ、少しは話さない?」

 最初に沈黙に耐え切れなくなったのはルミナスだった。

「そうね」

 フィリスもその提案には賛成だった。

 とはいえこの場でどんな話題が相応しいのか一同迷っている。

 何せ王族や魔女など様々な身分の者がこうして裸で向き合い、話す機会などそうはないからだ。

「明日からこの国の観光をしたいけどマリリンさん、何かオススメはあります?」

 ある意味空気を読まない話題を出したのはアリシアである。

 こうしてようやくこの場の雰囲気が和らぎ始めたのだった。

「そうだね⋯⋯この国の人々の生活を体験すると他国の人にとっては娯楽だと思うみたいだけどね」

「生活が娯楽?」

「ええ、ここは一年中雪が残っているような土地だから他の地域とは違った生活様式になるんだ、それが他国の人には物珍しいのさ」

 そしてマリリンは語る⋯⋯雪の中を移動する道具や凍った池での食料の取り方などを。

「確かに楽しそうだね」

「⋯⋯そうね」

 アリシアと違って寒さに弱いフィリスはちょっとだけ辛そうだなと思う。

 そんな話をしている時マリリンは葉っぱの束を取り出し身体を叩き始める。

 その奇行にアリシア達は驚くが⋯⋯

「あら、私もやろうかしら」

 そう言ってルミナスも真似をし始める。

「ルミナス何なのそれは?」

「これで叩く事で血行が良くなったり、身体の汚れを落としたりなんかの効果があるのよ」

 そのルミナスの言葉を聞きながらアリシアはマリリンの身体を魔法でて観察する。

「⋯⋯なるほど、確かに」

 そしてアリシアもそれに習って真似しようとした。

「あっ、私が取りますね」

 そう言って動いたのは葉っぱの束に一番近い所に居たミルファだった。

 ミルファは甲斐甲斐しく動き、みんなに葉っぱの束を渡した。

「ありがとうミルファ」

「いえ、どういたしまして」

 そんなミルファをじっとマリリンは見つめていた。

「あの⋯⋯何か?」

「いやすまない⋯⋯そなたはドワーフのハーフか?」

 そのマリリンの質問にミルファは答える。

「いえハーフではないです、おそらく三・四世代前にドワーフの先祖が居たのだと思いますが、よくはわからないんです⋯⋯孤児なので」

 赤い髪、低身長、大きな胸⋯⋯それらがドワーフの女性の特徴だ。

 その血を引いていると思われるミルファにも、その身体的な特徴は受け継がれている。

 世代を重ねて色素が薄れた桃色の髪、低い身長、年齢に対して大きすぎる胸⋯⋯という風に。

「⋯⋯そうかい、悪いことを聞いたね。 私も祖母がドワーフでね、見ての通りこの真っ赤な髪とこの胸さ」

 そうマリリンはたゆんとした胸をはる。

「⋯⋯でも、それほど背は低くはないですよね、マリリン様は」

「まあその辺は幸運だったね、私は」

「私も、もう少し背が伸びて欲しいのですが⋯⋯」

「今いくつなの?」

「今年の五月で十四になります」

「五月⋯⋯か。 ならまだあわてずとも背が伸びる余地はあるんじゃないかい?」

「だといいのですが⋯⋯」

 そうミルファを慰めるマリリンの声と表情はとても優しかった、とても女傑と呼ばれるような人には見えない。

 その様子を見つめる一同が違和感を感じるほどに⋯⋯

 それからサウナを出て水風呂に浸かり、身体の疲れを癒すのだった。


 サウナと水風呂を出て着替えた後、アリシア達は歓迎の食事会までの休憩になった。

 あてがわれた部屋の中でネージュは疑問に感じていた。

 それはサウナの中でのマリリンの態度にだった。

 自分がマリリンの立場だったならもっとアリシアと話すべきだったはずだ、しかし実際にマリリンが一番話していたのはミルファだった。

「どうしたのネージュ?」

 考え込むネージュにリオンは心配になる。

「いえ何でもないわ⋯⋯ただリオンに外交のお手本を見せると意気込んでいたのに、予想外の事ばかりで⋯⋯」

「でも楽しいよ」

「⋯⋯そうね」

 外交の目的はお互いを知り親睦を深める事だ、そういう意味ならこの常識外れな内容でも目的は達成できていると言えるが⋯⋯

「わかったわ!」

 突然叫んで注目を集めたのはルミナスだった。

「どうしたのルミナス?」

 フィリスは親友の突然の奇行に平然と対応する。

 しかしルミナスは真剣な顔で周りを見渡し、最後にミルファを見た。

「何ですかルミナス様?」

 少し悩んだ後ルミナスは重い口を開き始める。

「いい、あくまでも可能性よ⋯⋯ただの空想で、根拠のない⋯⋯」

「ルミナスにしては珍しいね?」

 アリシアが知るルミナスは自信がなくても自信たっぷりに発言する人だ、こういう言い方は初めてだった。

「もしかしてマリリンさんがミルファのお母さんなんじゃ⋯⋯」

「え⋯⋯」

 小さく零れたミルファの声がやけに大きく響く⋯⋯

 一同ただ沈黙した。

 しかし馬鹿にしたりしなかった。

 その言葉の意味を咀嚼し、さっきの出来事を考えると腑に落ちてしまったからだ。

「⋯⋯たしかミルファが居た孤児院って、ここから近いわよね?」

「⋯⋯はい、その通りです」

 ミルファが捨てられて育てられた孤児院は西の都のローシャに在るが、だいぶ北の方で国境をまたいだここ北の都の首都の方が近い場所だった。

「母上から聞いたんだけどマリリンさんは今年三十ニ歳⋯⋯ミルファくらいの子がいてもおかしくはない年齢だし⋯⋯」

「だからといって⋯⋯」

「マリリンさんはドワーフの三代目でミルファは四代目じゃない!」

「⋯⋯」

 そんな情報を元に若い頃のマリリンが秘密の恋をして子供を産んだが手元には置けず孤児院にミルファを捨てた⋯⋯そして先ほど、そんなミルファを見て優しくなったのだと――

 そんなストーリーがアリシア達の中で生まれつつあった。

「あくまで状況証拠でしょルミナス⋯⋯間違っていたら大変な事になるわよ!」

 フィリスは強く非難する。

「そうね⋯⋯どうかしていたわ、ごめんなさい」

 そうルミナスも思い付きで軽はずみな発言を謝罪した。

 しかしミルファは⋯⋯

「⋯⋯前から考えていた事があります⋯⋯もしも私の本当の両親が居るとしたら、この北の都だろうと⋯⋯ここイスペイはドワーフの多い国ですし、私の居た孤児院も近かったし⋯⋯」

 ルミナスは後悔していた⋯⋯こんな事は軽はずみに言ってはならなかったと。

「⋯⋯確かめよう」

 アリシアは決意する。

 あのマリリンが本当にミルファの母なのかそうでないのか、はっきりさせるべきだと。

「アリシア⋯⋯それで国際問題になったら⋯⋯」

「⋯⋯最悪時間を巻き戻せば何とかなる⋯⋯ハズ」

 アリシアは全力を出せば一分くらいまでなら戻せる⋯⋯質問して間違っていたら即時間を巻き戻せばごまかせると考えた。

「なんて無茶苦茶な取り調べの仕方を⋯⋯」

 そんなアリシア達の相談も聞こえないほどミルファは動揺していた。

「マリリン様が私のお母さん?」

 事態は唐突に混迷を深めるのだった⋯⋯

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